2006.01.28

誤字等No.149

【成せば成る】(誤変科)

Google検索結果 2006/01/28 成せば成る:55,500件

今回は、「いかづちSqueak」さんからの投稿を元ネタにしています。

ひさびさ登場、格言シリーズ。
世の中には、どこかで聞いた格言を喜んで使う人たちがたくさんいます。
でもその格言、本当にそれで合っていますか?

成せば成る
成さねば成らぬ
何事も
成らぬは人の
成さぬなりけり

第九代米沢藩主、上杉鷹山の言葉とされる歌。
かなり、有名ですね。
「知識人」なる人たちは、この歌を使って「人生の心構え」とやらを滔々と語ります。

でもこの言葉、よくよく見れば何か変です。
成せば成る
成したのなら、成っているのは当然ではないでしょうか。
「前提」と「結論」で、同じことを言っているように見えます。

「犬が西向きゃ尾は東」
「雨の降る日は天気が悪い」
わかりきったことを繰り返すだけの「意味の無い文章」です。
これを専門用語で「同語反復」あるいは「トートロジー」といいます。
こんな言葉に、「格言」扱いされるほどの価値があるのでしょうか?

なせばなる」という言葉は、一般的に「やればできる」という意味で解釈されています。
どんな願いも、信じて貫けばいつかは叶う。
人間、本気になれば不可能はない。
…といった、「激励」の側面もあるでしょうか。

しかし、この言葉の本来の意味は、少し違います。
本当の表記は以下の通り。

為せば成る
為さねば成らぬ
何事も
成らぬは人の
為さぬなりけり

為せば」の部分は、人間の「意志」を持った行動。
そして「成る」が、結果として得られる状態です。

願いの成就というものは勝手に訪れてくるものではなく、自らの力で作り上げるものだ。
思い通りの結果が得られていないのは、自分自身が、実現に向けた努力をしていないからだ。

与えられた「現実」をただ受け止めるのではなく、自分の意志、判断、行動に関連付ける「主体的」な考え方。
それこそが、この歌の意味するところです。

このような解釈は、「成せば成る」のままでも不可能ではありません。
成す」を「達成させる」の意味と捉えず、「行動する」の意味とすればよいわけです。
そうすれば、行動の「成す」と結果の「成る」で意味が通ります。
このように主張すれば、「誤字ではない」と言い張ることもできるでしょう。

しかし、それは「自分勝手」な解釈です。
読み手が「単なるトートロジー」と受け取ったら、この言葉は「無価値」となります。
正しく意図が伝わる可能性の低い表記に、こだわる理由がどれほどあるのでしょうか。
為す」と「成る」で「行動」と「成果」を識別しているのには、理由があるのです。
そして何よりこれは「格言」ですから、ちゃんとした「由来」があります。
必然性のない改変は、ただの「身勝手」です。

ここでひとつ補足。
かの戦国武将「武田信玄」も、よく似た歌を残しています。

為せば成る
為さねば成らぬ
成る業を
成らぬと捨つる
人の儚き

出だしは、まったく一緒ですね。
現代に通用する「為せば成る」の由来をどちらにとるかは、難しいところです。
時代的には、信玄の方がずっと「先輩」です。
鷹山は、信玄の歌をアレンジしたのかもしれません。
あるいは、双方が参考にした「オリジナル」があるのかもしれませんね。

ではここで、誤字の「原因」を考えてみましょう。
」を「」と表記する誤字の原因は、簡単です。
この言葉を、「耳で聞いて」覚えたからです。
すべて「ひらがな」で表記した「なせばなる」の検索結果が非常に多いことが、その証拠になります。

なせばなる:56,800件

なせばなる」という「発音」しか知らないのなら、「」の漢字は出てきません。
前半と後半を「同じ言葉」として解釈すれば、両者に「」の字を使うのは自然なことです。
そこまでの知識しかない人には、「」と「」の使い分けなど、思いもよらないことでしょう。

そして、「為す」という表記自体を知らないという原因も考えられます。
その場合には、「なせばなる」を漢字表記して辿り着く先は「成せば成る」しかないわけですね。

さて、この言葉が実際にはどのように表記されているのか、検索結果の件数を比べてみましょう。

まずは、今回の表題と「正解」との比較。

成せば成る:55,500件
為せば成る:22,600件

ダブルスコアで誤字の勝ち。
誤字の「普及度」は、かなりのものです。

次に、ひらがな表記をまぜたものを見てみましょう。

成せばなる:26,900件
なせば成る:20,900件
為せばなる:719件

片方だけを漢字にした人も、結構います。
「同語反復」を避ける意図があったのでしょうか。
為す」の表記がいかに敬遠されているかも、この数字から読み取れます。

そして、後半を「為る」という妙な表記に変えてしまったパターン。

為せば為る:456件
成せば為る:226件
なせば為る:19件

仕入れた知識が、どこかで混乱してしまったようです。
難しい漢字を使ってみただけで満足してはいけません。
もう一歩、がんばりましょう。

「格言」とは、簡潔な言葉で「教訓」を授けてくれるものです。
多くは、歴史的な「重み」があります。
随所に「格言」をちりばめると、自分自身の言葉にも「重み」が出るような気がします。
言葉に「はったり」をきかせる必要のある人たちが格言を多用するのも、そのためです。

しかし、それは「自分の言葉」ではありません。
所詮は、「借り物」です。
借り物だけに頼る人間は、いかに外見を取り繕おうとも、底の浅さが簡単に露呈します。

有名な格言をそのまま流用する前に、自分自身の頭で「意味」を考えてみる。
それができる人なら、「成せば成る」などという表記を何の疑いもなく使うことはないでしょう。

格言は、誰にでも使える、とても便利な道具です。
しかし安易に使いすぎると、落とし穴が待っています。
中でも「誤字」は、知識の中途半端さを如実に物語ってしまいます。
「はったり」をきかせるのも簡単なことではないと、心得ておきたいものです。

[実例]

日本人とは、かくも「誤変換」に弱いのでしょうか。
このような「誤変換」が原因と思われる誤字等の品種を、「誤変科(ごへんか)」と命名しました。

[亜種]

生せば生る:4件
成れば成る:767件
成せば成らぬ:21件

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