2004.06.25

誤字等No.088

【汚名挽回】(取違科)

Google検索結果 2004/06/25 汚名挽回:4,770件

汚名挽回」は誤用。正しくは「汚名返上」か「名誉挽回」です。
汚名を取り戻しても価値はありません。取り戻すなら名誉にしましょう。

…と、これだけでは、他にいくらでもある「言葉の誤用指摘」サイトで終わってしまいますね。
いまさら誤字等の館で取り上げる必要は全くありません。
ということで、今回は、少し違った角度からアプローチしてみたいと思います。

汚名挽回」は、「日本語の誤用」を話題とする人たちにとって、非常に「人気のある」言葉です。
的を得る」や「役不足」などと並んで真っ先に取り上げられることが多く、「他人の間違い」を手っ取り早く指摘したいなら、格好の題材となります。
たくさんの人が指摘していることから、その指摘自体に出会う機会も多くなります。
当然、この言葉が「誤用」であることを知っている人も多いことでしょう。
いまどき「知らなかった」などと言っているようでは、情報収集能力が低いとみなされかねません。

なぜ、これほどに間違いが指摘されているにもかかわらず、いまだに使い続けられているのか。
その背景には、知識不足や、言葉に対する無神経さだけではない、何らかの「理由」があるはずです。
その「理由」を、考察してみましょう。

誤用指摘サイトのほとんどは、上記のように「汚名返上」や「名誉挽回」による置き換えを推奨しています。
でも、本当にそうでしょうか。
汚名挽回」を使ってしまった人たちの言いたいことは、本当に「汚名返上」や「名誉挽回」で置き換えが利くのでしょうか。
むしろ、そういった「置き換え」で済むと単純に言い切れる言語感覚の方が、私にとっては不思議です。

確かに、「汚名返上」と「名誉挽回」はよく似た意味の言葉です。
しかし、「同じ」ではありません。
その違いを意識せずに「置き換え」を示唆したところで、説得力は得られません。

汚名返上」は、汚名、すなわち不名誉な評判を手放すことです。
マイナスとなってしまった評価を元に戻すことであり、自らに貼り付けられた悪しきレッテルを剥がそうとする考え方を表します。
汚名を返上した結果、評価がゼロに戻るのか、プラスにまで上がるのかは問いません。

一方、「名誉挽回」とは、失ってしまった名誉を取り戻すことです。
かつて位置していた高みにまで評価を戻すことであり、自らの名誉に付けられた傷を払拭しようとする考え方を表します。
名誉を失ったことで、総量が目減りしただけなのか、ゼロになったのか、マイナスにまで落ちたのかは問いません。

どちらも、下がってしまった評価を元に戻そうとする動きは同じですが、現在自分のいる位置、および目指そうとする位置が異なっています。
汚名」を返上しただけで、「名誉」が手に入るはずもありません。
汚名返上」と「名誉挽回」を「同じ言葉」としてしか認識できない人は、「正義でなければ悪である」という二元論に支配されてしまっているのでしょうか。
だとすれば、「どちらでもない」中立の視点を持ち込むだけで、世の中は変わって見えるはずです。

さて、それでは「汚名挽回」という言葉で何が表現されようとしているのかを考えてみましょう。
無論、「汚名返上」あるいは「名誉挽回」の代わりとして使われているだけの場面もあります。
その場合は、ただの「間違い」で済んでしまう話となります。
ここでは、それだけでは済まない場面を想定してみましょう。
それは、上記の「二元論」の考え方にもつながります。

ヒントになるのは、類似の用例である「劣勢を挽回する」という言い回しです。
この言葉は、競合相手に遅れを取った状態から、一気に逆転を狙うようなときに使われることがあります。
互角の立場に「追い付く」だけでなく、さらに「追い越す」ことで優位に立とうと目論んでいる状態です。
挽回」したいもの、すなわち手に入れたいものは「劣勢」ではなく、劣勢をひっくり返した「優勢」となります。
この心境が、「汚名挽回」にも通じるのではないでしょうか。

私の解釈を端的に示すと、こうなります。
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汚名挽回」は、「汚名返上」と「名誉挽回」を合わせた言葉として、その意味までも併せ持った表現である。
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汚名を被る原因となった失態を帳消しにする活躍によって、一気にプラスの評価を得ようとする心の動き。
現在被せられている悪評を取り払い、かつては手に入れていたはずの名誉を取り戻そうとする試み。
このような心境は、「汚名返上」と「名誉挽回」の片方だけでは表現しきれません。
それらを一語で表す言葉として、「汚名挽回」はふさわしいものだったのではないでしょうか。
挽回」には「逆転」の意味を与え、「汚名」の状態からの復活であることをアピールする。
汚名挽回」以外の言葉では代替ができない、「納得して使える」言葉たり得るものだったのではないでしょうか。
これが、私が考えた「使われる理由」です。

もし、この考察が真実だとするのなら。
汚名挽回」は、望まれて生まれた言葉となります。
にもかかわらず、言語学を標榜する専門家たちによって「誤用」と判定されてしまいました。
もはや、この汚名を返上することは期待できそうにありません。
汚名挽回」とは、なんとも不憫な言葉ではありませんか。

念のため断っておきます。
ここで述べた仮説は、筆者の勝手な推論です。研究された学説ではありません。
どんな言い訳をしようと、「汚名挽回」は「誤用」として扱われるのが現状です。
誤字等の館としても、言葉の取り違えによる誤字等として「取違科」に分類することにしました。
変に理屈をこね回すことなく、素直に「汚名挽回」は使わないよう心掛けることをお勧めします。

なお、余談ですが、「汚名奪回」や「汚名復活」といった変種も見つかりました。
さすがにここまでくると、もはや弁護のしようもありません。

[実例]

日本人とは、かくも「別の言葉との取り違え」に弱いのでしょうか。
このような「取り違え」が原因と思われる誤字等の品種を、「取違科(とりいか)」と命名しました。

[亜種]

名誉返上:528件
汚名回復:66件
汚名奪回:9件
汚名復活:5件

※ 2004/07/17
とある読者様より、本当に「汚名を手に入れたい」人や「名誉を捨てたい」人にとっては、「汚名挽回」も「名誉返上」も「誤用」じゃない、という指摘を頂きました。
なるほど、それもそうですね。面白い観点です。少々屁理屈気味ではありますが。
ということで、そういう特殊事情は「例外」ということでお読みください。
さすがに、「成句」として認識されるほどに使用頻度が高いとは思えませんし。

「汚名挽回」以外の誤字等も、場面によっては「正しい」言葉となることもあるかもしれませんね。

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