2006.04.16

誤字等No.152

【危弱性】(取違科)

Google検索結果 2006/04/16 危弱性:372件

今回は、名無しさんからの投稿を元ネタにしています。

脆弱性 (ぜいじゃくせい)」という言葉があります。
コンピュータ、インターネット、セキュリティといったカテゴリの話題で、近年急激に登場回数の増えた言葉です。
セキュリティに関わるようなソフトウェアの障害や仕様上の欠陥といった「問題点」を示す言葉として使われています。
脆弱性」のあるシステムが「ウイルス」や「スパイウェア」といった「悪いプログラム」の攻撃を受けると非常に危険なため、早急に修正を施すことが必要です。

ところで、なぜこのような「セキュリティ上の問題」を「脆弱性」と呼ぶのでしょうか。
」は「脆い (もろい)」、「」は「弱い (よわい)」を意味する漢字ですから、「脆弱」とは単に「脆くて弱い」ことを示すだけの言葉です。
「コンピュータが脆弱だ」と言われたら、普通は「落としたら壊れる」くらいの解釈しかできません。

日本で「脆弱性」という言葉があまり正しく浸透していないのは、まさにこの「不可解さ」にあります。
悪意ある人間の攻撃にさらされたら危険な「システム上の弱点」という、きわめて「限定的」な意味は、どこから来たのでしょうか。

この言葉がコンピュータ関連で使われるようになったのは、日本が最初ではありません。
英語の文章中に登場した「vulnerability」という単語が出自です。
脆弱性」は、この「vulnerability」を日本語に「直訳」した言葉なのです。

コンピュータ関連の用語は英単語をカタカナ読みしたものがそのまま外来語として導入されるケースが多いのですが、この単語は違いました。
ヴァルネラビリティー」あるいは「バルネラビリティー」という表記で一部の人には使われていますが、ほとんど普及していません。
発音が難しく、覚えづらいのが原因でしょうか。

英単語としての「vulnerability」は、「傷つきやすい」「攻撃を受けやすい」などの意味を持つ「vulnerable」の名詞形です。
特に重要なのは、「攻撃に対して無防備な状態である」という意味合いを含んでいることです。
この意味合いがあるために、英語の文章では「vulnerability」という単語だけで「セキュリティ上の問題」を示すことができました。

しかし残念ながら、この「本当の意味」は、日本語には導入されませんでした。
どこかの誰かが、無思慮にも「vulnerability」を「脆弱性」と直訳してしまったためです。

英語と日本語は、1対1では対応しません。
英語に限らず、大抵の外国語はそうです。
ひとつひとつの言葉が包含する意味の範囲が異なるため、「直訳」では不十分なのです。
たったひとつの言葉に直訳してしまうと、もともとの単語が持っていた様々なニュアンスがすべて失われてしまいます。
一度でも外国語を学んだ経験のある人なら、常識でしょう。

興味深いことに、「vulnerability」が「脆弱性」と訳された結果、恩恵を受けた者がいます。
脆弱性」を抱えたソフトウェアを販売し、利用者を危険にさらした「作成元」の企業です。
発見された問題点を報道する際、「欠陥」や「障害」などのインパクトある言葉が使われていれば、騒ぎも大きくなったでしょう。
ところが、意味の良くわからない「脆弱性」なる言葉が使われた文章では、その「危険性」は強調されず、むしろ霞がかけられた状態になります。
報道の記事はそれほど注目されず、責任元であるはずの企業が強い非難を浴びることもありませんでした。
問題を「卑小」なものに見せかけるためにわざと選んだ言葉なのではないかと疑われるほど、「脆弱性」は意味不明な言葉だったのです。

近頃では、「脆弱性」という言葉自体の使われる頻度が急上昇したため、「コンピュータ関連の専門用語」として扱われるようになり、正確な意味も広まっています。
しかし、それでもまだ「勘違い」して覚えてしまっている人がたくさんいます。
脆弱性」という言葉の不可解さに翻弄された犠牲者と言えるでしょうか。
そんな人たちが使っている「勘違い言葉」の代表が、今回の表題である「危弱性」です。

脆弱性」が「危弱性」に変化する過程としては、いくつかの仮説を立てることができます。

まずは、「」と「」がよく似た文字であることに由来するもの。
」を「」と見間違えて、そのまま記憶してしまったパターンです。
手書きなら、書くときに「月」の部分を書き忘れたケースなども想定できるでしょう。
ただし、このパターンの発生する頻度はそれほど高くなさそうです。

もうひとつは、「読み間違い」に由来するもの。
脆弱性」を正しく「ぜいじゃくせい」と読むには、「知識」が必要です。
知らずに正しく読める人など、そうそういるものではないでしょう。
漢字の読みを苦手とし、かつ「自己流」の読み方で満足してしまう人は読み間違える可能性の高い言葉と言えます。
最も「有り得る」のが、漢字の中に「」を見つけたことから連想して、「」を「」と呼んでしまうこと。
そうなると、「脆弱性」は「きじゃくせい」と読まれることになります。

この言葉の読みを「きじゃくせい」として記憶してしまったら、もう「脆弱性」と変換することはできません。
なんとか漢字にしようと頑張った結果として得られる表記、それが「危弱性」です。
ここでもし、「」に似た漢字が得られたことで満足してしまった場合、間違いの訂正は難しくなります。

また、「」と読む漢字は他にもありますので、「」以外の漢字にたどり着いてしまうこともあります。
「気弱性」「機弱性」「期弱性」など、涙ぐましい努力の結果がいくつも見つかりました。
それらが「正しい表記」であると信じ込んでしまっている様が、なんとなく「いじらしく」見えます。

このようにして生まれてきたと考えられる、「危弱性」なる言葉。
セキュリティ関係に詳しい人間が書いたと思われるような、真面目な記事にも頻繁に登場します。
この場合、まさに話題の中心となる言葉ですから、そう簡単に「書き間違える」ことはありません。
何度も「危弱性」が登場するのなら、書いた人間は確実にそれで正しいと信じています。
自分の知識を、まったく疑っていません。
これらの実用例を見ていると、「危弱性」という言葉が本当に存在しているのではないかと錯覚してしまいそうです。

」で正しいと思い込んでいる実例があるように思われることから、ここ誤字等の館では「危弱性」を「取違科」に分類しました。
」と「」を取り違えたことが原因、という解釈です。

これほどに「危弱性」が支持されるのには、理由があります。
それは、「正解」であるはずの「脆弱性」よりも「わかりやすい」言葉になっているからです。
なにより、「」という漢字が入っていることが大きなポイントです。
「危険な弱点」であることが明確になり、本来の意味を想起しやすいという点で、「危弱性」は「脆弱性」より勝ると言えます。
危弱性」という言葉の存在さえ認めてしまえば、もはや「脆弱性」などという不可解な言葉を使う必要がないのです。
危弱性」を使う人たちの文章に「信念」が見えるのは、そのためでしょうか。

と、擁護はしてみましたが。
脆弱性」を使うべき場面で登場する「危弱性」が、「勘違い言葉」であることは事実です。
しかも、「読み間違い」に由来すると思われる「レベルの低い間違い」です。
「漢字を正しく読む能力」が欠けていることを証明してしまう、かなり「恥ずかしい」間違いです。

「本当の意味」をより正確にあらわす興味深い言葉ではありますが、間違いは間違い。
真面目一辺倒の文章中で使ってしまうと、その文章全体の信頼性に多大なダメージを与えることになるでしょう。

どうしても使いたいのなら、「脆弱性」の誤字ではなくて意図的な「造語」であることを強調しておくと良いかもしれません。
もっとも、下手をすると「苦しい言い訳」とみなされることを、覚悟する必要がありそうですが。

[実例]

日本人とは、かくも「別の言葉との取り違え」に弱いのでしょうか。
このような「取り違え」が原因と思われる誤字等の品種を、「取違科(とりいか)」と命名しました。

[亜種]

気弱性:15件
機弱性:1件
期弱性:8件
奇弱性:1件
胞弱性:17件

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