歌舞伎役者が描かれている浮世絵のことを役者絵という。役者絵には見立と中見の2種類があって、見立は芝居が始まる前に、中見は芝居が始まった後に描かれるものである。どちらも宣伝の意味もあり、芝居と浮世絵の関係は、現代の映画とテレビの関係に少し似ている。役者絵は役者の看板絵が元となっており、役者絵で有名な鳥居派も元は看板絵を手がけていた。始めのうちはどの役者も同じような顔に描かれており、絵の着物に描かれた役者の紋で誰が描かれているのかを判断した。勝川春章が役者に似せて描くようになってから、役者絵は似ているのが当たり前になった。
似てない役者絵なんて買って嬉しいんやろか、と写真に馴染んだ現代人は思うわけだが、私などもイラストを描いている、というと、それだけで似顔絵を描くように頼まれたことがあるし、どうやらファンの人には似ているかどうかよりも、その人が描かれていることの方が重要なようである。
役者絵は役者が役を演じている姿(女形役者なら女の顔に)を描くのが普通だが、勝川春章の作品には楽屋裏の役者を描いたものがあるし、東洲斎写楽の役者絵は役者がどんな役を演じていようとその役者の素顔を描いた。歌麿が晩年に描いた役者絵などはどうみても美人画にしか見えなくて、本人もそれに気づいたのか役者が演じている役を描いた、などと言い訳している。
国貞や英泉の時代になると、美人画でもほとんどが男顔で、女の顔に見えない。もともと歌舞伎というものは女歌舞伎が主流だった訳だから、美人画と役者絵の違いなんて現代人が考えるよりずっと曖昧なものかもしれない。