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義理の姉
お栄は北斎のことを親父ドノと呼ぶ。時々、他人のように鉄蔵と呼ぶこともあった。北斎はお栄のことを、おーい、だとか、アゴ、だとか呼んだ。お栄、と名前で呼ぶのは驚いた時だけだった。その他の者は、皆、お栄のことを、お栄さん、と呼んだ。お栄ちゃん、と呼ぶのは善次郎とお美与だけだった。
お美与はお栄の腹違いの姉である。北斎と前妻との間にできた娘だ。四人の姉妹のうちで一番綺麗な顔をしていた。というよりは、一番、親父ドノと似ていなかった。お栄はお美与と一緒にいるのが少し苦手だった。五歳くらいしか年が離れていないのに、お栄と一世代くらい年の離れた女性と一緒にいるように感じる。お栄はお美与に常に女を感じた。姉や母親というよりは、父の妾とでも接するかのようだった。お栄の母は前妻が亡くなった後で嫁いできたのだから、お栄は前妻の顔を知るよしもないが、なぜかこのお美与はその前妻にとても似ている、とお栄は思うのだった。
お美与と柳川重信のことは、御存知ではなかったんですか、というような口調で北渓から聞かされた。
(何だ、知らないのは俺だけか)
と思うと同時に急に嬉しいような恥ずかしいような気分になった。お美与のいつもの暗く沈んだ美しい顔を思い出したからだ。顔を合わせる度に、気まずく、何か悪いことでもしたかのような心地になるお美与の顔つきが少しでも明るくなることをお栄は願った。
「お栄さんはどうなんですか?」
北渓は少し照れくさそうに聞いた。
「そういった話はないんですか?」
「別に」
お栄はそっけなく答えた。
気がついたら、お栄とお美与、おこととお猶の四人で枕を並べることになっていた。
(まるで親子だ)
お栄は思った。お栄はいつも親父ドノのところで寝泊りしているので気がつかなかったが、もしかしたらお美与と枕を並べるのはこれが最後かもしれない。
(暑い)
蚊帳を抜けて下駄をつっかけると火事でもないのに闇が妙に明るい。よく見ると月が空に染みを作っていた。明日は雨かな、とお栄は思った。急に水の音がした。
「お栄ちゃん?」
「…ねえさん」
吃驚した。幽霊かと思った、とお栄は心の中で言った。
「暑かったので水を飲んでたの」
よく見ると右手に柄杓を持ったお美与の姿が浮かび上がってくる。
「俺ァ、鈍いからさ、」
「え」
「…重信さんのこと、全然知らなかった。…おめでと」
「ありがと、お栄ちゃん」
お美与が微笑んでいるのがわかった。寂しいだとかそういう言葉がお栄は大嫌いだったが、気がつくと無意識にそんな言葉を探している自分がいて、お栄は何だか気恥ずかしくなった。
「でもね、私は母さんに似たのかもしれない」
お栄の胸が急に苦しくなった。聞いてはいけない言葉のような気がする。
「私はたぶん、父さんの子じゃない。私がこれから産む子もたぶん、」
声は聞こえなかった。ただ、月明かりの下でお美与の唇が動いているのだけが、微かに見えた。
仕事部屋に戻ったお栄は、床に散らばった北斎が描き散らした美人画の下絵を手にとる。お栄は丁寧に
「ヘタクソ」
と言った。 |
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