★歌唱力について

 回の芸術対談は何か特定の作品に対象を絞った話ではございません。歌唱力という極めて抽象的なテーマについてワタクシが述べたある感想から発展して、あらぬ方向に話は進んで行ったわけでございますが、それに致しましても何とまぁ口の悪い夫婦でございましょうか…。

対談場所:いわんや家居間

いわんや「こないださ、日本のミュージシャンが大勢で参加してる曲のビデオを見たんだよ。たぶん曲は坂本龍一が書いたんじゃないかな?charaとかUAとかミスチルとかドリカムとかワンサカ一緒にレコーディングしてるやつなんだけど」

トホ妻 「坂本龍一だったら、それ地雷除去運動じゃない?あの人以前からそれやってるし…」

いわんや「うーん、かも知れん。曲自体はすげーつまんないんだよ。ただ、ああやって次々と入れ代わり立ち代わり歌手が唄うの聞くとさ、歌唱力とは何かってことについて深く考えちゃうね」

トホ妻 「あ、アタシもその問題に関しては以前深く考えたことがあるよ」

いわんや「とにかく、やっぱUAはすごい。他の歌手とは格段の差がある。UAが唄うほんのワンフレーズの間はガラッとムードが変わって、“雰囲気出る”んだよ。あとcharaもまぁまぁで…それに較べるとミスチルの桜井なんかヒドかったねー」

トホ妻 「ふーん…アタシはね、昔マライア・キャリーの歌を聞いた時に歌唱力というコトについて深く考えたよ」

いわんや「マライア・キャリー…でも一応、アイツは歌がすごくウマいってことに…」

トホ妻 「そうなのよ、ソコが問題。マライア・キャリーは歌唱力バツグンってことになってんだけどさ、彼女の歌聞いてると、ただただ歌が自分の前をスーッと通り過ぎて行くだけなのよね」

いわんや「うーん…考えてみたらアイツの歌ってマジメに聞いたことないな、オレ…」

トホ妻 「マジメに聞く必要ないよ。ああいうのは歌唱力のある歌手とは言わないよ。要するにマライア・キャリーってのは単に“声がよく出る歌手”ってだけで、聞き手の耳をとらえるチカラってもんが全然ないのよね」

いわんや「そうそう、チカラ。やっぱ最後はソコに行き着くんだよ。絵画でもそうじゃん。ゲインズボロの描いた少女とベラスケスが描いたマリガリータとじゃ雲泥の差があるだろ?同じようにウマくても、ベラスケスの絵にはあるチカラがゲインズボロにはねぇんだよ」

トホ妻 「あ〜あ…イギリスが世界に自慢出来る数少ない画家のゲインズボロにそんなこと言っちゃっていいのかい?」

いわんや「でもしょうがない。そう思うんだから。イギリスの画家だったらむしろターナーだな。ターナの絵をN.Y.のナンタラ・コレクションで他の絵に混じって見た時はカンドーしたぜぇ〜。ターナーの絵にはチカラがあるんだよ、うん」

トホ妻 「アタシもさ、以前『MOMA展』見に行った時につくづく思ったね。横の壁にはポール・デルヴォーの絵とかいっぱいあったんだけどさ、アタシがカンドーしたのはやっぱり正面にあった何の変哲もない果物の絵を描いたセザンヌだよ」

いわんや「おおおっ!セザンヌ!アイツの絵にはチカラがある、確かに」

トホ妻 「もうとにかく“絵である!”ってことだけでカンドーさせてくれんのよね」

いわんや「昔どっかの展覧会でさ、一通り展示室を見て階段昇りながらフと振り返ってさ、少し離れた所からモネの例の太鼓橋の絵を見た時も思ったなぁ…。やっぱ力のある絵ってさ、他の作品がいっぱい展示された中でも格段に目を引くんだよな」

トホ妻 「アタシ覚えてるよ。あの時アナタ、階段昇りながら『やっぱモネは偉ぇわ…』とかブツブツ言ってたじゃん(笑)」

いわんや「いやー、あの時はホント、モネは偉いと思った(笑)。ああいうチカラのある絵を描くヒトをオレは尊敬するよ」

トホ妻 「ポール・デルヴォーとかさ、ルネ・マグリットとかもいいんだけど、ハッキリ言って『画集で見れば十分』なのよ。単に『アイディアの絵』だから」

いわんや「要するに『今までにない、こういう新しい趣向でやってみました』っていうコトなんだよな。セザンヌとかゴッホなんかはその点、実物見た時に感じるチカラがすごい」

トホ妻 「ゴッホなんてさ、いわゆる『ウマい絵』かどうかっていう点で見れば、たぶんヘタなのよ、あのヒトは(笑)」

いわんや「しかしだ、どんなに上手な室内風景画でもゴッホの『アルルの寝室』の、あのミョーに歪んだ部屋の絵の持つチカラにはかなわねーぜ」

トホ妻 「そこが、ほら、アイディアを超越した、“絵である!”っていうことのチカラよ」

いわんや「ってことか・・・・」

トホ妻 「・・・・・・」

いわんや「・・・・・・」

トホ妻 「・・・・・何の話だっけ?」

いわんや「・・つまり・・マライア・キャリーは・・ポール・デルヴォーだって話だ・・・・」

 の対談をお読みになった方の中にミスチルのファンの方、マライア・キャリーのファンの方、それからえーと…ゲインズボロのファンの方…(以下省略)等々がいらっしゃいましたら、この場を借りてお詫び致します。申し訳ございません。しかしここに書かれた会話が我々夫婦の、少なくともいわんや自身のウソ偽りのない評価であるというのもまた事実なのでございます。特に絵画については「チカラの有無」というのは実物を見るとテキメンに感じられるものでございまして…え?今回は歌唱力の話じゃないのかって?…わ、ワタクシの脳は常に話題の飛躍を求めているのでございます。

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