★ルーベンスの絵(その2)

 回の対談で激しくルーベンスの絵を攻撃したトホ妻。いささか口が過ぎたと思ったのか、先日居酒屋でメシを食った時はルーベンスに対してやや態度を軟化させたような素振りも見せたのでございますが、話が盛り上がってくると結局は前回のルーベンス攻撃と大差ない話になってしまうようでございまして、ルーベンス氏の名誉回復への道は依然として険しそうでございます。

対談場所:府中駅前居酒屋

トホ妻 「アタシはね、別にルーベンスが嫌いって言ってるわけじゃないの。ただね、あまりにも作品が多すぎて有りがた味がないって言ってんのよ」

いわんや「でも、作品が多いってことで非難されちゃルーベンスの立つ瀬がないってもんだ。一生懸命描いたのにさぁ」

トホ妻 「プラド(注:スペインの有名な美術館)にまでいっぱいあったじゃない。プラドにベラスケスやゴヤを見に行く人はいるだろうけどさ、わざわざルーベンス見に行くかい?」

いわんや「そういや俺、プラドでルーベンスの“三美神”とか“我が子を食らうサトゥリュヌス”とか見たはずだけど、あんまり印象に残ってないなぁ、」

トホ妻 「だって、プラドにはゴヤの“我が子を食らうサトゥリュヌス”もあるんだもん。あれ、可哀相だよね。同じ題材なら誰だってゴヤの方が強烈に印象に残るじゃない」

いわんや「まぁな。確かにゴヤの“サトゥリュヌス”は一度見たら忘れられん。ところでルーベンスの方の“サトゥリュヌス”ってどんなんだっけ?」

トホ妻 「なんか明るい空の下でさぁ、サトゥリュヌスが走りながら子供を食ってるのよ。しかもその子供が例によって丸々太って美味しそうで、その背中のあたりにカプッ(笑)」

いわんや「(笑)ああ、見た記憶があるぞ。もう一度見たいとは思わねーけど…」

トホ妻 「我が子を食らう悲痛なんて、もう全然感じられないのよね、ゴヤとはエラい違いよ。顔は一応悲しそうなんけど、身体は楽しそうなの。(笑)」

いわんや「しかもその身体が異様にマッチョでお肌はピンクでツヤツヤなんだよな」

トホ妻 「ルーベンスも生まれた時代が悪かったよね…要するに王侯貴族がああいうド派手な神話だの宗教画だのばっかり描かせた時期に生まれちゃったからね」

いわんや「しかし、仮にだよ、ルーベンスが印象派の時代に生まれてたとしても…」

トホ妻 「ルーベンスがルノアールみたいにリボン付けた少女とかさぁ、ベビーシッターとか、そういう身近な題材の絵を描いてればもう少しいい絵を残したと思うよ」

いわんや「題材の問題ってことか?でもルーベンスのあのタッチで、ルノアールみたいにピアノを弾く少女とか描かれてもなぁ…ちょっと遠慮したいなぁ…」

トホ妻 「ルーベンスがそういう絵描いてれば、お菓子の缶のフタの絵くらいにはなったよ」

いわんや「か、缶のフタ!(笑)クッキーの缶とかのアレかよ」

トホ妻 「そうそうそう(笑)。普通に少女とか描いてれば、そのくらいにはなれたよ、きっと」

いわんや「“そのくらい”って…だって菓子缶のフタくらいってことだろ?…」

トホ妻 「それなりの絵じゃなきゃお菓子の缶のフタには採用されないよ」

いわんや「…そりゃぁ…そうかもしれないけどさ…」

 直申し上げて、ワタクシには「お菓子の缶のフタ」の絵に採用されることが画家としての喜ぶべき到達点であるとはどうしても思えないのでございます。いや、決して菓子缶のフタが卑しいものであると申すつもりは毛頭ございません。ございませんが、しかしゴーフルとかミルフィーユの缶のフタに自分の絵が採用されることが果たして画家にとって嬉しいことなのか…?画家の名誉と菓子缶のフタの地位について深く思いを巡らせずにはおれない対談でございました。

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