namiko様よりの投稿3

 って生まれたとしか思えないトホホの才能と創作意欲を激しくスパークさせているnamiko様から早くも3度目の投稿を頂戴致しました。しかも今度は御自分自身の来し方行く末を客観的に見つめ直した流血と感動の一大叙事詩と申しますか、鮮紅色に染まった人生絵巻とでも申しましょうか…。

 通、鼻血ってどのくらいの頻度で出すものなんでしょう。鼻から血を吹き出すって、けっこう衝撃的な出来事ですよね。私は現在26歳ですが、過去に3回鼻血を出しました。そんな私の鼻血体験を、この場をお借りしてお話ししたいと思います。
題して、「
namikoのメモリアル鼻血ヒストリー

 

4〜5歳 <ハジメテの鼻血

 が最初に鼻血というものを出したのは、幼稚園児の頃でした。おそらく4〜5歳だったと思います。私は、知り合いの家にお呼ばれして、そこでお昼ご飯をご馳走になっていました。
 その家には、私と同い年の女の子と、その兄である2〜3歳年上の男の子がいました。そして、この兄妹が、ひっきりなしにちょっかいを出し合って、ギャーギャー言っていたので、私はおかしくてたまらず、ケタケタ笑い転げていました。

 のうち、兄の方が調子に乗って、妹のサイダーのコップに鮭の塩焼きを丸ごと突っ込みました。鮭の塩焼きは、ジュワジュワ音をたてて、コップに突き刺さっていました。小さかった私はそれがおかしくておかしくて、お箸を握り締めたまま、ゲラゲラ笑っていました。

 の時、私は両手に1本ずつお箸を握っていました。そして、笑いながら、勢い余って、両方の鼻の穴に、お箸を1本ずつ(軽く)刺してしまいました。そして、両の穴にキッチリ2本収めたまま、更に笑い続け、私が正気に戻った時には、その兄妹は火が付いたように泣いていました。    私の鼻の穴からが吹き出していたのです。兄妹の泣き声を聞きつけて、奥からおばあちゃんが飛んできて、水道で私の鼻をバシャバシャ洗ってティッシュを詰めてくれました。

 れが記念すべき初めての鼻血です。ちなみに痛かった記憶は全くなく、泣きもしませんでした。よかったよかった。(?!)

 

10〜11歳 <二度目の鼻血
 
の日私は、小学校の郊外学習で、プラネタリウムへ行きました。長い距離を歩いてやっとプラネタリウムに到着し、席に腰掛けました。場内の電気が消え、目の前に星座が現れたとき、とてもわくわくしたのを覚えています。

 かし、星の解説が始まって10分もしない内に、私は鼻水が出て止まらなくなりました。ごそごそとティッシュを探すのもナンだと思い、私は鼻水をすすりあげていましたが、後から後から流れてくるので、追いつかず手でぬぐいました。(今思うと汚ない子供ですね。)その後は、すすりあげたり、手でぬぐったり、ということを繰り返し、数十分たってやっとショーが終わりました。

 ッと電気がついて、隣の子に話し掛けようとすると、私の顔を見た隣の子の表情がみるみる崩れて、「う、うわぁぁぁぁ!」と叫び声をあげるではないですか。                  一体なんだ?・・・と思い、ふと手を見ると私の手はまみれでした。その手が当たった体操服もまみれ。私は茫然自失のまま、先生に洗面所へ連れて行かれました。そこで私が見たものは…鏡に写るまみれの顔でした。鼻だけでなく、手でぬぐった周辺が全部まみれでした。鼻水だと思ったのは、実は鼻血だったのです。

 は顔を洗って鼻にティッシュを詰め、クラスのみんなの元へ戻り、帰り道を歩き出しました。けれど少し歩いたところで、また鼻血が出てきてしまいました。それで、先生に「そこの石の上に座って休みなさい。」と指示されて、おとなしく座って休むことにしました。

 かし、その時私達一行は墓場の横を通っていたので、「そこの石の上」というのはお墓の前の石の上。私はを出しながらお墓の前に座り、よそのクラスの子達が私の前を通り過ぎて行くのを見送ることになったわけです。「墓場で血ぃ出すなよ!コッワ〜!!」と口々に言われました。

これが第二回目です。唯一良かったことは、この事件のあと「鼻血ブー」とかいうあだ名が付かなかったことです。

 

23歳 <感動のフィナーレ(にはならないでしょう。多分。)>
 
の時私は、母とシンガポールにいました。パッケージツアーだったので、さんざん免税店に連れて行かれ、あまりにも店員さんがしつこくマークしてくるので、私はうんざりしていました。

 る免税店で、うんざりしてそそくさと店から出ようとした時、女性の店員さんに呼び止められました。彼女が私の鼻の下を指差して、こう言うのです。「クチペニついてるよ」
 私は鼻の下を触わりました。
でした。でも、過去の2回に比べると、量的にも微々たるもので「ちょっと垂れちゃった。てへっ」ぐらいのものです。この時にはもう23歳になっていますし、たった2回ですがこれまでに鼻血のキャリアも積んできています。私は慌てずに彼女に言いました。

「口紅じゃないよ。鼻血です。」
「ハ、ハナチ・・・?ハナチはなんですか?クチペニですか?」

 から思えば、そんなことに構わず、鼻血の処置をしに行った方が良かったかもしれません。しかし私は彼女に正しく伝えたいと思い、英語で説明することにしました。が、鼻血を何というのか知りません。

そして、「No, not lipstick. ummmm... ummmm.... ノーズ・ブラッド!!!」と言いました。

通じませんでした。
彼女は首をひねりながら、私を見つめていました。
(注:鼻血はnosebleed:ノーズブリードで通じるようです)

これが私の鼻血ヒストリーです。

 はトホ妻にも鼻血武勇伝がございまして、中学時代のある朝、登校しようとしたトホ妻は突如鼻から大量出血したのでございます。この時はティッシュで押さえるといったカワイゲのある鼻血ではなく、まさにボタボタ血が流れ落ちて洗面器に少したまるほどだったそうで、トホ妻の父親は娘の鼻からあまりにも景気良く血が出てくるので、感嘆のあまり出勤を遅らせてしばし見物していたそうでございます。若い女性ってけっこう鼻血を出すものなのでございましょうか?

 かし、この投稿コーナーに「トホ自分ネタ」を投稿しようとして、よりによって「鼻血で綴る我が半生」を書こうなどと考える人がnamiko様以外に一体どこにおりましょうや?全くスゴい着眼点でございます。時の流れをタテ糸に、鼻血という流血の惨事をヨコ糸に織りなす女の人生模様…しかもかなり赤く染まった人生模様のようでございます。ワタクシ深く感動致しました。

 にワタクシが好きなのが第二話。プラネタリウムの暗闇という舞台設定、鏡に移った血まみれの自分という視覚的インパクト、鼻血を出しつつ墓地に座り込んでいる姿を他のクラスの連中から眺められる情けなさ…読者のトホホなイメージをこれでもかと言わんばかりに喚起させるようなお話でございます。こんな事件がトラウマになってグレることもなく、よくまぁ立派にお育ちになって…namiko様、このたびは投稿ありがとうございました。

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