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外伝2 (題未定)


 物語はデロス帝国占領下のカルンから始まる。


 カルンの街に宵の帳が降りて、薄いドレスで艶めかしい身体を包んだ女たちや彼女たちを目当てに繰り出した男たちの嬌声が辺りを賑わせはじめたころ、街でも一番に危険とされる路地裏に、男は現れた。
 行き止まりの路地のその奥では、数人の男がひとりの女をなぶりつけている最中だった。
 この辺りではよく見る光景だ。現在、この街の路地の半分で同じような事が起きているだろう。
 残りの半分ではもっと酷い事が進行中のはずだ。
 そのような街であり、時刻であった。
 女は一人の男に後ろからはがい締めにされている。男の腰の動きを見れば、女のXXXに挿入しているのは明らかだ。
 別の男が前から突き入れている。男は荒々しく腰を動かしながら、両手で女の顔を押さえ、その口に舌を入れ吸い回す。
 運悪く順番待ちとなった男は、その憂さを晴らすかのように女の乳房を小根回し、乳首を音を立てて吸い上げる。
 声を出すことも許されず、女は男たちの荒々しい愛撫に身を任せていた。
 だが・・・
 奇妙なことに、大きく見開かれた女の瞳は一点を見つめていた。眉間に今己が感じている苦痛という感情を如実に現しながら、その瞳にまるで何事も起こってはいないかのような静かな光を湛えて。
 そこに、彼はいた。
 苦悶の呻きがいつの間にか艶をおび、悲鳴が歓声へと変わったとき、男たちもようやくその存在に気づいた。
 いつからそこに居たのか。
 振り向いた男たちの顔が惚けた表情を浮かべる。
 見てはならぬものを見てしまったときのように。
 だがそれも束の間
 男たちは気絶せんばかりの恐怖の表情を浮かべて、女から飛びのいた。
 獣の気配。それもとびきり危険な獣の。
 彼らの前に現れた男から発せられるのは、獰猛な肉食獣の気であった。辛うじて彼らが気絶しなかったのは、その気の向け先が彼らではなかったから。男の獲物は、彼らがなぶっていた女。
「お、おまえは、いったい」
 恐怖の切っ先から逃れた一人が、震える声で叫ぼうとした。
 次の瞬間、男たちは手に入れた幸運を手放したことに気づいた。
 口を開いた男の首が宙を舞う間に、残りの男たちは真っ二つに切り裂かれた。
 僅か3合。
 無抵抗とはいえ、すさまじい剣の腕であった。
 男たちの身体が崩れ落ち、最後に宙を舞っていた男の首が地面に転がった。自分の死を信じたくない、そんな表情を浮かべて。
 男は剣を仕舞うのももどかしげに、男たちに放り出されて地に座り込んだ女に歩み寄る。この街の女にとって、この程度の出来事など日常なのであろうか。女は目の前の惨劇にもまったく動ずることなく男を見つめていた。
 男は荒々しく女の髪を掴むと、片腕で女を宙吊りにした。
「てめえか、俺を呼んだのは」
 吠えるような男の問いに、女は苦しげに首を僅かに振る。
「いいえ、あなたが呼んだの。私が必要だと・・・」
 微かに微笑みを浮かべた女の震える声には、確かに恐怖とは違う色がついてた。
「ややこしい喋り方をする奴はむかつく。てめえの面は特に俺の癇にさわりやがる」
 自分を恐れていないらしい女の態度が気にくわないのか、男が空いている右手でか細い白い頸を鷲掴みにする。
「どういうことだか、ちゃんと喋ってもらおうか。俺にも判るようにな」
 無抵抗の女に対し、本気で喉を締め上げていた。これでは女は喋ろうにも声も出せない。
 女の顔から夜目にも判るほど血の気が引いていく。もとから白い肌がもはや宵闇の薄青と区別がつかない。
 男の口許に浮かぶ笑みからは、女から何かを聞き出そうという気は全く見えない。
 女の呼吸が止まるのも時間の問題だった。

 どさりと音がした。
 男が女を離したのだ。
 女が激しくむせかえり、酸素を求めて大きく喘いだ。
 手は離したものの男が女の話を聞く気になったわけでもなさそうだった。
 その理由は路地の更に奥から、声となってやって来た。
「ずいぶんと乱暴なひとね。あなた、そんな男とつきあっているとろくなことにならないわよ。あたしのところに来てみない?」
 首なし死体が転がる暗い路地裏には、もう少し相応しい口調があるだろうと、誰もが抗議したくなるような明るさが、その若い女の声には満ちていた。
 そこから何を感じ取ったのか、男は無言で声の方角を見ている。
 その足元では、荒い呼吸を繰り返していた女が、この場の状況から見てどう考えても救いの主としかとれないその声を聞いた途端、びくりと肩を震わせた。
「トーレス!?」
 しかし、叫んだ声はかすれた呼吸音になっただけだった。せき込んだようにしか聞こえなかった言葉を、二人ともが聞いた。

「これは俺のだ!」
 唸るような声が路地に轟く。
「あら、そうなの?」
 鈴の音の声が答える。
 男の筋肉が異様に緊張する。そこから発する気は、まるで山のようだ。
「でも、彼女もそう思ってるのかしら」
「助けて!」
 掠れ声で叫んだ女が、男にしがみついた。
「お願いです、あたしを彼女に渡さないで!!」
 自分のものだと言った最前の言葉を翻すが如く、脚にまとわりつく女を男が蹴り飛ばす。
「うるせえ!だまってろ」
 容赦のない力が込められている。ただ、方向だけは路地の奥とは反対、入口の方向であった。
 そのまま、奥に向かってダッシュする。
「あらあら」
 まるで狂牛の突進を思わせる男の動きにもさしたる興味も示さず、トーレスというらしい女は困惑と呆れの混じった嘆息をつく。
 トーレスは右手を翳す。さりげない滑らかな動作だ。
 彼女がふっと息を吹きかけると、手の上に炎の固まりが生まれた。それを手渡しするかのように男に送りだす。
 親指大の炎が爆発的に拡がり、男の肉体を包み込み、すさまじい爆音とともに弾けた。
「ぐおおう!」
 男は路地の入口当たりまで、十数メートルは吹っ飛ばされた。
「なんて野蛮な所なのかしら」
 自分の行為はまるで棚に上げて、トーレスの口からため息が漏れた。
 男が生きているなどとは微塵も思っていないのであろう。路地口に倒れる男にはもうまるで関心を示さず、壁にもたれて不安気に視線を漂わせている女に近づく。
 端から見ても気の毒なほど体を震わせている女の、首筋から喉元まですうっと線を引くように人差し指を這わせる。
 女の身体がビクリと反応するのを楽しむように微笑みながら、トーレスはその指を持ち上げた。
 まるで質量がないかのように、女の身体はトーレスの指の動きに合わせて、壁を擦るようにせりあがる。
 トーレスは優しく女を抱擁すると操り人形のごとく立ち上がった女の耳元に、接吻するようにして囁く。
「面倒かけさせないで。あなたの身体は「虹」のものだからね。もし何かあったら私、「虹」に殺されてしまうわ」
 それにしても、トーレスはまだ16、7歳にしか見えない。服装こそ動きやすい軽めの防具などを着けているが、黒いお下げ髪の似合うその姿はどこかの美少女コンテストに入賞しての帰りと言っても通じそうな、可憐さと若さを発散していた。
 自分より背の高い女の身体を路地口の方に向かせると、ぽんと背中を押す。
「さ、行きましょうか。あなたの・・・」
 背中を押された女はふらふらと歩いていく。だが、トーレスは中断した言葉を続ける代わりに後ろへトンボを切っていた。
 いままで彼女が占めていた空間をすさまじい勢いで剣がないでいく。
 つい先程トーレスの術の直撃を受けたはずの男だった。
 男の2撃、3撃が連続する。いささかのダメージも感じさせない鋭さと荒々しさに満ちた剣だ。
 後方へと宙を舞いながらそれを避けるトーレスの体術も尋常の域を越えている。
 それでも、男の剣と彼女の身体の距離は段々小さくなっていく。
 新たな鮮血が吹き上がるのも時間の問題に見えた。
 だが、男は逃げ回る一方に見えるトーレスの口が小さく動くのを見逃してはいなかった。
 彼女の右手に力が集中していくのが判る。指先が薄く発光しはじめた。
「つおおぉ」
 男が気合を込めて振り下ろした剣が、髪の毛一筋の間合いで空をきる。
 トーレスの右手が光を引いた。
 人指し指と中指が男の左胸を貫くようにぴたりと指し示す。
 指先から放たれた光球が無防備となった男の身体を直撃する。
 しかし、光球が貫いたのは、その後ろの石壁だった。
「馬鹿にするな」
 男の息が、トーレスのすぐ耳元に感じられた。身を翻す間もなく、トーレスは自らの喉に当てられた白刃の冷たさを感じた。
「まあ、怖い人」
 だがその声に追い詰められたというような緊張感はまるでない。
 男が動くことを忘れるほど自然な動きで白刃を摘む。
 決して名のある剣ではないが、たっぷりと敵の血を吸ってきた彼の愛剣は、まるでガラスで出来ていたかのように女の手の中で砕けた。
 クルリと振り向いた女の顔が吐息のかかるほどの距離にある。
「お前は素敵だわ。殺すのが惜しいくらい」
 トーレスの白魚のような指が男の口を愛撫するように触れた。
 男は口が、いや全身が麻痺したように動けなくなっていることに気づいた。
「さっき唱えた魔法はね、「光矢」の呪文じゃないの。この路地全体に石化の魔法をかけたわけ。でもそこまでさせたお前、本当に素敵・・・」
 トーレスは動けなくなった男の腕のなかからするりと身をかわすと、やはり凍りついたように動かない女に近づいた。
 女の目の前で指を鳴らす。
 石化の魔法の解けた女がずるりと崩れ落ちようとするのを支えながら、トーレスは男に笑みを返した。
「私の悪い癖ね。あなたにチャンスをあげるわ。私たちはルコスカルアへ向かう。その間に彼女を奪えれば、あなたの勝ち。どう?」
 この光景にふさわしくない無垢な微笑みが、トーレスの顔に浮かんでいる。
「・・・ならず・・必ずてめえに・かりは・・かえす・・」
 瞬間トーレスの笑みが凍りついた。動けないはずの男の口から、言葉が紡がれたから。
「やっぱり、あなた凄いわ。追ってらっしゃい、私たちを」

 ルコスカルアまでの道のりは平坦ではない。北の魔都と呼ばれる城塞都市につながる街道は、二つの大河とシュバルツシルドの森と呼ばれる呪われた巨大な森林地帯を越えなければならない。
 シュバルツシルドの森は、その広大な版図にもかかわらずどこの国もその領権を主張していない。小さな国が丸ごと入るくらいの広さがあるにもかかわらず、どこの国にも属さない無国籍地帯である。
 森の中を、テレッケ街道と呼ばれる主街道と、幾つもの支線が走っている。

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