金剛三味院
源頼朝の妻政子は頼朝亡き後、入道して二位禅定如実となり
先に建てた禅定院を金剛三味院と改称し行勇禅師を住持とした
筑前粥田庄などの荘園を寄進してここに学問をおこした。
境内には勧学院を建て秋田城介泰盛などの尽力によって
高野板の密教経疏を刊行して密教学を興した。境内には
国宝多宝塔、重文経蔵、客殿等の指定建造物がある。
交通:高野山ケーブル高野山駅から南海りんかいバス小田原通下車後徒歩約10分
金剛三味院
金剛三味院
多宝塔
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