2001年度大学院入学式式辞
新入生の皆さん、入学おめでとうございます。本日ここに修士課程414名、博士課程140名の夢と希望に満ちた瑞々しい学究の徒を迎えることは、東京都立大学大学院にとって大きな喜びであります。
東京都立大学大学院は1953年に人文科学、社会科学、理学、工学の4つの研究科14専攻でスタートし、専攻の増設等を重ね1994年には我が国で初めての都市科学の研究と教育を目的とする独立研究科として都市科学研究科を設置し、5研究科26専攻となりました。1997年には定員増を行い、特に、理学研究科と工学研究科では定員を2倍以上に増やし、更に1999年には理学研究科に身体運動科学専攻を新設して5研究科27専攻となりました。
かつて、大学が「最高学府」といわれ、ほんの一握りのエリートだけが進学していた時代には、大学院は「象牙の塔」の一角として一般社会から隔絶した印象を与えるかなり特殊な存在でした。しかし、現在我が国では高校生の約45パーセントが大学に進学し、大学生の約10パーセントが大学院に進学する時代になりました。大学院の在籍者をみると、1999年度に全国で19万1125人と1985年当時に比べ約2.7倍以上に急増しています。これは主として理工系を中心とする量的拡大によるものですが、留学生も増加しています。しかし、大学院在学者数の人口比を欧米と比較すれば、アメリカの1/5以下、イギリスの1/4以下、フランスの1/2以下に留まっています。又、分野別に見ると、日本は工学系が非常に多いのに対して、アメリカやイギリスでは法律や経済が多いという特徴があります。更に、修士号の取得者数を日米で比較すれば、理学や工学が2〜3倍程度であるのに対して、人文・芸術の分野では10倍、法律・経済の分野では何と25倍です。博士号の取得者数を比較すれば更に差が拡大し、理学では8倍、法律・経済の分野では15倍、人文・芸術の分野では25倍です。欧米諸国に比べれば少ないとはいっても、大学院への進学率が理学系で44パーセント、工学系で30パーセントですから、理系においては大学院ですら普通の教育機関になりつつあるといえます。大学院はかつては専ら研究者の養成機関と位置づけられていて、大部分の人が研究職を目指し、本学大学院の出身者もその多くが全国の大学や研究機関において活躍しています。文系では現在でもこの状況が余り変わっていませんが、理系では研究者の養成とともに高度な専門家の育成も大学院の重要な機能となりました。科学や技術が急速に進歩した結果、理系諸分野においては、学部卒業の段階では「自分はこの分野の専門家です」といえるレベルに達しないことが多く、修士課程を修了して初めて社会から「専門家」として迎えられるのが実状です。しかし、これからは文系諸分野においても、ロースクール、ビジネススクール等を始めとする高度専門職業人養成のための大学院が続々と登場してくることになるでしょう。本学でも現在大学改革を推進する中で、このような機能を持つ大学院の新設を検討しているところです。
修士課程に入学した皆さんは、学部で学んだ基礎を踏まえて、それぞれの分野で研究の最前線に触れることになります。修士課程では自分が主体的に学問に関わっていくという立場で研究を行うことになります。将来研究者になるにせよ高度専門職業人になるにせよ、最前線においては、進むべき方向は自分で模索しなければなりません。自分の設定した課題に関連した学問・知識を積極的に学ぶとともに、様々な物の見方や研究の方法がある中から自分の課題に適した方法を選択し、困難を克服しながら研究を進め、問題を解決していくことになるでしょう。
一方、博士課程に進学して研究者を目指す皆さんは、これから本格的に学問の研究に取り組むことになります。学問の研究は孤独で苦しいものですが、今まで誰も知らなかったことを自分が最初に知る喜びや、今まで誰も考えつかなかった見解を見出す喜びは、研究をする者しか味わうことのできない醍醐味です。昨今、物質の究極の構造や生命のメカニズムなどが解明されていくのを見ていると、門外漢の私でも感動を覚えますから、当事者の感激はいかばかりかと思われます。昔、ギリシャのアルキメデスが入浴中に「アルキメデスの原理」を発見し、喜びの余りに風呂を飛び出して裸で街中を駆けたという逸話があります。風呂の中であの有名な原理を発見したら、アルキメデスならずとも裸で飛び出したくなるでしょう。最近では、大学院生が何気なく試したものがノーベル賞につながったという例もあります。発明、発見のタネは案外身近なところにあるようです。皆さんも小さな疑問を深く掘り下げて真理を追求し、立派な博士論文が書けるよう力の限りを尽くして下さい。
21世紀はつい3か月前に始まったばかりですが、早くも前世紀とは異なる文明の幕開けを感じさせ始めています。20世紀は物理学に代表されるハードな科学とそれに基づく「ものづくり」によって発展してきました。しかし、最近は情報科学や生命科学などソフトな分野に重心が移行しつつあり、また原子や分子を直接操作して新しい物質を創り出す「ナノテクノロジー」は情報技術、地球環境、エネルギー、医療などあらゆる分野に大きな変革をもたらすことが期待されており、21世紀における科学技術の基盤になると思われます。20世紀の大学院は、それぞれの分野が専門のテーマを掘り下げることに集中し、それが科学や技術の急速な進展を促しましたが、一方で、視野が狭く他分野に興味を示さない専門家を増やしたという指摘があります。情報科学や生命科学などの先端科学が主役を演じることになる21世紀の社会においては、人文科学や社会科学の進展が今まで以上に重要な役割を担うことになるでしょう。
21世紀の重要なテーマの一つに環境問題があげられます。環境問題は「地球」という複雑な「システム」が対象ですから、物理学、化学、生命科学、地理学、工学、医学、経済学、社会学、・・・等々の個別の科学の寄せ集めでは不十分であり、対象をシステムとして捉える視点が不可欠になります。150億年前に宇宙が誕生し、46億年前に地球が誕生し、40億年前に生命が誕生したといわれています。やがて人類が誕生し、農耕や牧畜などの文明が誕生したことによって地球環境は大きな変化を受けることになりました。しかし農業文明は基本的には太陽エネルギーに依存し、人間・生物圏内で閉じている循環型の文明ですから、養える人口はたかが知れています。それに対して工業文明は人間・生物圏以外の物質を利用して、この300年の間に飛躍的な発展を遂げ人口も急増しましたが、一方において、環境問題のように地球システムに乱れをもたらしています。その上、地球上の物質は有限ですから、地球外に手を伸ばさない限りこのまま発展し続けることは不可能でしょう。人間が生きていくために必要なエネルギーは一日に2000kcalあれば十分ですが、現在の文明生活はその10倍も消費しています。一方、地球上にある水の総量は一定ですが、利用可能な水は全体の0.01%に過ぎませんから、消費量の増大によって世界の各地で深刻な水不足が発生しています。かつて4大文明が栄えた地域は殆どが砂漠化してしまいました。人間・生物圏の中で人間が占める割合が急速に増大してきましたが、地球システムの中で考える限り限界があり、負のフィードバック作用がかかり始めているといえます。地球は「美しく」あり続けなければなりません。また、人間はただ生き延びるために生きているのではなく、生き甲斐のために生きているのであり、文明を長く存続させていくことが個人の生き甲斐でもあると思います。21世紀を担う皆さんに環境問題、資源・エネルギー問題、食糧問題を始めとする地球システムにおける人間圏の安定性に関する問題を、自分自身の問題として関心を抱いて欲しいと思います。
今、日本中の大学は生き残りをかけて改革に取り組んでいます。都立大学も例外ではなく、21世紀に相応しい総合大学として、世界に誇れる大学院大学として如何に発展すべきかを模索しているところです。東京都が所管する4つの大学の再編・統合によるアカデミック・パワーの強化、都市研究の充実、プロフェッショナルスクールの設置、21世紀をリードする新領域科学の研究・教育体制の構築、「飛び級修士」「飛び級博士」への積極的取り組みなどを実現していきたいと考えています。都立大学のシンボルは「光の塔」ですが、これまで大学、特に大学院は「象牙の塔」などといわれて世間から隔絶した存在であったと指摘されてもやむを得ない面がありました。しかし、これからはそれぞれが高く聳えることを目指すだけではなく、横の繋がり、即ちネットワークを大切にしなければならないと思います。人と人とのネットワーク、大学間のネットワーク、研究機関とのネットワーク、産業界や行政とのネットワーク、地域社会とのネットワークなど様々なネットワークを構築して、社会に開かれ、国際的に開かれた大学院として発展していかなければならないと考えています。
21世紀には、生命科学や情報科学等を始めとする先端科学が加速度的に発展することは間違いありません。同時に、このような先端科学を社会に調和的に融合させるには、人文・社会系の学問の進歩が不可欠です。様々な分野が相互に補い合い、協調を保ちながら前進することによって、人類社会は健全に発展することができます。人文・社会系の皆さんも、理工系の皆さんも広い視野に立って力の限りを尽くして下さい。21世紀における学術・文化の創造は皆さんの双肩にかかっています。「新たな知の構築」を目指す皆さんの奮闘を期待しています。
[2001年4月5日 都立大学講堂大ホール]