2002年度大学院入学式式辞
新入生の皆さん、入学おめでとうございます。本日入学する皆さんは、修士課程が407名、うち27名が留学生、博士課程が125名、うち13名が留学生です。合計532名の夢と希望に満ちた瑞々しい学究の徒を迎えることは、東京都立大学大学院にとって大きな喜びであります。
東京都立大学大学院は1953年に人文科学、社会科学、理学、工学の4つの研究科14専攻でスタートし、専攻の増設等を重ね1994年には我が国で初めての都市科学の研究と教育を目的とする独立研究科として都市科学研究科を設置し、5研究科26専攻となりました。1997年には定員増を行い、特に、理学研究科と工学研究科では定員を2倍以上に増やし、更に1999年には理学研究科に身体運動科学専攻を新設して5研究科27専攻となりました。
全国的な統計によりますと、大学生の約11%が大学院に進学する時代になりました。大学院の在籍者をみると、2001年度に全国で21万6322人と1985年当時に比べ3倍以上に急増しています。しかし、大学院在籍者数の人口比を欧米と比較すれば、アメリカの1/4.7以下、イギリスの1/4以下、フランスの1/2以下に留まっています。分野別に見ると、日本は工学系が非常に多いのに対して、アメリカやイギリスでは法律や経済が多いという違いがあります。欧米諸国に比べれば少ないとはいっても、学部から大学院への進学率が全国平均で見れば理学系で46%、工学系で32%ですから、理系においては大学院ですら普通の教育機関になりつつあるといえます。大学院はかつては専ら研究者の養成機関と位置づけられていて、大部分の人が研究職を目指しました。文系の多くの分野では現在でもこの状況が余り変わっていませんが、理系では研究者の養成とともに高度な専門家の育成も大学院の重要な機能となりました。科学や技術が急速に進歩した結果、理系諸分野においては、学部卒業の段階では「自分はこの分野の専門家です」といえるレベルに達しないことが多く、修士課程を修了して初めて社会から「専門家」として迎えられるのが実状です。しかし、これからは文系諸分野においても、ロースクール、ビジネススクール等を始めとする高度専門職業人養成のための大学院が続々と登場してくることになります。本学でも現在大学改革を推進する中で、このような機能を持つ大学院の新設を決め、ビジネススクールは来年度開設を目指し、ロースクールは再来年度開設を目指して準備を進めています。
修士課程に入学した皆さんは、学部で学んだ基礎を踏まえて、それぞれの分野で研究の最前線に触れることになります。学部では与えられた課題に取り組むことが多かったと思いますが、修士課程では自分が主体的に学問に関わっていくという立場で研究を行うことになります。最前線においては、進むべき方向は自分で模索しなければなりません。また、将来研究者になるにせよ高度専門職業人になるにせよ、自分の専門以外のことは何も分からないという知的視野狭窄症候群に罹らないように心掛けて下さい。学問の研究は先ず物事を疑うところから始まります。疑うことによって自分の進むべき方向が見つかり、推進力が生じてきます。自分の課題が設定できたらそれに関連した学問を積極的に学ぶとともに、様々な物の見方や研究の方法がある中から自分の課題に適した方法を選択し、困難を克服しながら研究を進め、問題を解決していくことになるでしょう。
一方、博士課程に進学して研究者を目指す皆さんは、これから本格的に学問の研究に取り組むことになります。大学の使命は言うまでもなく知の創造、知の継承、知の活用ですが、皆さんはこれから「知の創造」に積極的に取り組んでいくことになります。学問の研究は孤独で苦しいものですが、今まで誰も知らなかったことを自分が最初に知る喜びや、今まで誰も考えつかなかった見解を見出す喜びは、研究をする者しか味わうことのできない醍醐味です。私自身も数学の研究者として、新しい定理を証明できたときの興奮は今でも決して忘れることはありません。皆さんも自ら抱いた疑問を深く掘り下げて研究を進め、新たな「知」を創り出せるよう力の限りを尽くして下さい。
グローバリゼーションが進む中で、大学間においても国際的な単位互換プロジェクトなどが実現しつつあります。日本とフランスの間ではそれぞれ30前後の大学が参加して、両国の大学間国際協力を積極的に推進していくための協議を重ねてきましたが、この度博士課程の学生を相手国に派遣して研究させるための制度として「日仏共同博士課程(COLLEGE DOCTORAL FRANCO-JAPONAIS)」がスタートすることになりました。博士課程に進学した皆さんは、希望すれば在学中の1年間フランスの大学で研究生活を送り単位を取得することことができる制度です。文部省がこのプロジェクトのための奨学金を用意することになっています。是非この新しいチャンスを活用すべく、指導教授と相談して積極的に検討してみて下さい。
かつて大学院は研究者の養成をその主たる機能としていました。そのために我が国では先進諸国と比較して、ビジネス・エリート層に大学院修了者が少ないというのが実情です。学問の世界ではこれまで知の細分化が進んできましたが、社会からは幅広い教養に裏付けられた総合的な判断力を持つ見識あるリーダーが求められています。例えば、環境問題を扱うには、工学、医学、生物学、化学、気象学、地理学、法律学、経済学、心理学、社会学等々多岐にわたる学問を動員する必要がありますが、各分野のスペシャリストを集めただけでは問題は解決しません。環境問題の全体像を把握して的確な判断ができる見識あるリーダー、即ち、スペシャリストの上に立つハイレベルなジェネラリストが必要であるということです。私は皆さんに将来それぞれの分野においてリーダーになって欲しいと願っています。つまり、ハイレベルなジェネラリスト又は広い視野を持つスペシャリストになってほしいということです。我が国は欧米諸国に比較して大学院の機能を研究者養成に特化し過ぎていたために、結果としてそのような人材の養成が極めて不十分でした。そのことを反省して、文部省では十年ほど前から大学院の規模と機能の拡大を推進してきましたが、残念ながら現状では期待される人材が養成できているとはいえません。更にその過程において、専門大学院、通信制大学院などの新しい制度が誕生してきたために、「大学院並びに学位の在るべき姿」を抜本的に見直さなければならなくなり、現在中央教育審議会大学分科会大学院部会において議論を進めているところです。東京都立大学でも、冒頭にお話ししたように、大学院の拡充を行い、更に現在推進中の改革においては、社会人の積極的な受入なども含め、抜本的な充実を計画しています。
大学で行われる研究は時代の進展と共に変化していかなければなりません。21世紀は、「もの」から「知」へ重心が移り、生命科学や情報科学等を始めとする先端科学が加速度的に発展することになるでしょう。同時に、このような先端科学を社会に調和的に融合させるには、人文・社会系の学問の進歩が不可欠です。屡々、人文・社会系の人々は「理・工系の人間は視野が狭い」といい、理・工系の人々は「人文・社会系の人間は実体について無知である」と嘆きます。しかし、地球の空間と資源に余裕が無くなってきた21世紀には様々な分野が相互に補い合い、協調を保ちながら前進しなければ、人類社会は健全に発展することができません。人文・社会系の人は理・工系分野を、理・工系の人は人文・社会系分野を積極的に学ぶことによって視野を広げ、21世紀に必要とされる学際的総合的な知を創り出して下さい。21世紀における学術・文化の創造は皆さんの双肩にかかっています。
文部省では今年度から、世界的教育研究拠点の形成のための重点的支援として博士課程を対象に「21世紀COEプログラム」を開始しました。これは、我が国の大学院の研究・教育水準を世界のトップレベルに引き上げるために、分野別にポテンシャルの高い大学院の専攻を選んで重点的に支援するというものです。本学でも幾つかの分野が支援を受けられるべく申請の準備を進めているところです。
「大学がしっかりしなければ国が滅びる」という悲鳴が聞こえてきます。言い換えれば大学は「知の拠点」として国を支えているということです。「知の拠点」としての大学の使命は「知の創造」「知の継承」「知の活用」が三位一体をなしています。大学院はその中心的な役割を担っており、大学院のポテンシャルの源は優れた教員と活気ある大学院生達です。
ニュートンは「果てしない真理の海が殆ど手つかずのまま目の前に広がっている」といっています。その海に知的冒険の船を漕ぎ出して未知の世界を探り、光り輝く真理の珠を一つ一つ手中に収めていくことを期待しています。
[2002年4月4日 都立大学講堂大ホール]