2000年度入学式式辞
新入生諸君、入学おめでとう。本日ここに1147名の若さと希望に溢れた新入生諸君を迎えることは、東京都立大学にとって大きな喜びであります。長年努力を積み重ね、様々な困難を克服して入学した諸君は勿論、御家族のお喜びはいかばかりかと思い、先ず心よりお祝い申し上げます。
東京都立大学は戦後間もない1949年に「首都東京の大学」として誕生しました。本学の設置目的は東京都立大学条例に「東京における学術研究の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学術を研究し、あわせて都民の生活及び文化の向上発展に寄与する」と述べられ、本学が首都東京の学問と文化の中心であることが謳われています。本学は旧制の6つの学校、即ち、都立高等学校・都立工業専門学校・都立理工専門学校・都立機械工業専門学校・都立化学工業専門学校及び都立女子専門学校を母体として、人文学部・理学部・工学部の3学部でスタートしました。その後1957年に人文学部から法経学部を分離し、更に1966年には法経学部を法学部と経済学部に分割して5学部になりました。長い間、目黒区八雲と世田谷区深沢のキャンパスで「昼夜開講制の勤労者に開かれた大学」として研究と教育に勤しんで来ましたが、9年前にここ八王子市南大沢のキャンパスに移転して、名実ともに我が国有数の大学としての内容を備え、今日に至っています。開学当初わずか400名だった入学定員はその後何回か定員増を行い、このキャンパスに移転したときから1000名になりました。本学は昨年開学50周年を迎えたばかりの、若さと活気に満ちた、小規模ながら5つの学部を持つ総合大学です。少人数によるきめ細かい教育を特色にしながら、研究と教育に高い実績を挙げてきました。
大学の使命は言うまでもなく学術の研究と教育であります。教育は、長い歴史を通じて先人達が獲得してきた知的財産とその活用法を、次代を担う若い諸君に伝達することであります。諸君は伝達されるものを鵜呑みにするのではなく批判の目を持って受け止め、更に発展させて次の世代へと引き継がなければなりません。しかしながら、最近あちこちで「大学生の学力低下」が問題にされ、大学を卒業して社会に出た若者達の「教養」や「創造力」の不足が指摘されています。諸君はこの大学に入学できた実力を持っていますが、まだまだ未開発の能力が眠っている筈です。幸い、本学には整った施設・設備と充実した教授陣が揃っています。これらの恵まれた環境をフルに活用して、自らの可能性を存分に引き出して下さい。
大学教育には教養教育と専門教育の2つの面があります。戦後、我が国ではアメリカの教育制度を取り入れましたが、お手本となったアメリカの大学では、学部の4年間を主としてリベラル・アーツ即ち教養教育に費やし、大学院へ行って初めて本格的に専門教育を受けます。専門教育を受けてスペシャリストになる前提として、先ず幅広く豊かな教養を身につけてジェネラリストになることが求められています。それは、専門知識を身につけても、豊かな教養がなければ的確な判断ができず、社会の第一線で活躍することはできないと考えられているからです。ところが、我が国では従来大学は最高学府とされ「専門を究める所」との考えが強かったせいか、これまで一般教養は軽視されがちであり、「教養科目は役に立たない、つまらない」と言われがちでした。
本学では、他大学に倍する幅広い教養科目を用意して教養教育を重視しているにも拘わらず、文系の学生は理系の科目をほとんど履修せず、理系の学生は文系の科目をほとんど履修しないという傾向が顕著に見られます。諸君には20世紀の社会秩序に代わる21世紀の新たな社会システムを構築するという役割が期待されています。在学中に「教養」と「見識」を養い、社会の新しい展開に多面的に対応していくための「大局的な視野に立って物事を判断できる能力や創造力」を身につけて卒業して下さい。そのためには所謂“楽勝科目”で単位数を揃えるのではなく、文系の人は理系の科目を、理系の人は文系の科目を積極的に履修し、教養の幅を広げるよう努めて下さい。現代社会は様々な情報が満ち溢れており、又若者達は情報を入手し交換する能力に長けています。しかし、「豊富な情報を持つ」ことは「豊かな教養を身に付ける」こととは別です。「豊富な情報を持っているが教養がない」といわれないように、在学中に教養を豊かにし人間性の涵養に勉めて下さい。
今まで我が国では、大学の入学試験が非常に大きな意味を持って社会に君臨してきました。しかし、最近では大学は「入口」より「出口」で評価されることが多くなって来つつあります。即ち、入学時の偏差値ではなく卒業時の実力で評価される時代になってきました。言い換えれば、これからは「どこの大学を出たか」ではなく「何を学んで、何が出来るか」が問われる時代になるということです。各種の調査の結果によれば、入試の成績と入学後の成績との間には殆ど相関関係がないそうです。このことは、入学してからしっかり勉強することが大切であることを意味します。要するに、これからは「大学のブランド」ではなく各自の実力で勝負する時代になりますから、「入学してしまえばこっちのもの」とばかりに、本学を「卒業証書自動販売機を備えたレジャーランド」と思って学生生活を送ると一生後悔することになるでしょう。しかし、一方において諸君は、これまでの受験勉強の期間とは違って、精神的な余裕と自由な時間を持つことができます。「スクール」はギリシャ語で「ひま」のことを意味するそうですが、大学時代は一生のうちで最も考える時間がたくさんある時期です。この時間を有効に使うことは人間形成にとって極めて大切な意味を持ちます。古来「よく学び、よく遊べ」と言われています。大学生らしく学び、大学生らしく遊んで下さい。そしてその過程で人間として成長することを願っています。
もうすぐ21世紀が始まりますが、振り返ってみれば、20世紀は科学技術が飛躍的に進歩した時代でした。特に最近の遺伝子解析を始めとする生命科学の進歩は目を瞠るものがあり、生命現象のメカニズムが次々と解明されつつあります。それによると、生命は遺伝子によってコントロールされる巨大な情報系と捉えることができ、私達は生命観を大きく変えて行かざるを得ません。最新の遺伝子科学の研究成果は基本的にはダーウィンの進化論を支持するものであり、人間であれ細菌であれ生物は全て1つのファミリーに属していて、「人間は皆兄弟」どころか「生物は皆兄弟」であるということになります。従って、生物学的に見れば「人間は万物の霊長である」という考えは尊大であり、この地球上で40億年かけて5000万種もの生物が作り上げた見事な調和を、経済効率や人間の利益優先によって破壊することは許されません。遺伝子科学の進歩は医療や農業に大変革をもたらしつつありますが、倫理上の問題等が続出していることも事実です。このような状況を正しく認識するためには、一人ひとりが科学に関して正しい知識を持つ必要があります。「自分は文系だから関係ない」などと言っている場合ではありません。時代の要請に対して適切な対応ができるように務めて、21世紀を主体的に豊かに生きて下さい。
21世紀は国際化の時代でもあります。人もビジネスも文化も活発に国境を越えて往き来するようになり、諸君は好むと好まざるとに拘わらず国際社会の中で生きていくことになるでしょう。これまで日本人は自己表現しない「受信型」と言われていましたが、これからは「発信型」になることが求められます。昨今は「グローバル化時代に対応するために英語を第2公用語にしよう」というような動きがあります。日本が名実共に真の先進国になれば、世界の各国で日本語が必修科目になることでしょうが、現時点では英語が有力な国際的な発信手段であることは紛れもない事実です。しかし、発信手段以上に発信する内容が重要であることは言うまでもなく、「英語で何を話すか」が問題です。今後の国際社会において求められることは、異文化に対して自分を的確に表現し相手を正確に理解できることですが、そのためには先ず自国の歴史と文化をよく知り、世界の歴史や文化について基本的な知識をもつことが必要です。内外の文化についての幅広い教養と専攻分野の確かな専門知識を深めることによって発信する「内容」を豊かにし、世界に通用する人材としての能力を習得して下さい。本学には外国人教師と約200名の留学生がいます。外国人教師や留学生との交流によりグローバルな視点を磨き、国際人として成長して下さい。また、機会があったら、積極的に海外へ出かけて下さい。外国の風土や文化に触れることによって、自国のことが非常に良くわかるようになるでしょう。
21世紀は諸君が、新しい社会のシステムや新しい文化を創造して行かなければならない世紀です。「教養」と「国際」をキーワードに精一杯勉強して、自分自身のオリジナルな文化を持ち、異文化との交流も自在にできる、そんな人材がこの南大沢の地から輩出されることを願っています。諸君の奮闘を期待します。
[2000年4月5日 都立大学講堂大ホール]