2001年度入学式式辞

 新入生の皆さん、入学おめでとう。本日ここに1171名の若さと希望に溢れた新入生の皆さんを迎えることは、東京都立大学にとって大きな喜びであります。長年努力を積み重ね、様々な困難を克服して入学した皆さんは勿論、御家族のお喜びはいかばかりかと思い、先ず心よりお祝い申し上げます。皆さんは多くの大学の中から東京都立大学を選んで受験しましたから、この大学については大体御存知かと思いますが、今日からこの大学の一員になるにあたり、あらためてその沿革を簡単に紹介したいと思います。
 東京都立大学は終戦から4年後、いまだ戦争の爪痕の残る1949年に「首都東京の大学」として誕生しました。本学の設置目的は東京都立大学条例に「東京における学術研究の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学術を研究し、あわせて都民の生活及び文化の向上発展に寄与する」と述べられ、本学が首都東京の学問と文化の中心であることが謳われています。本学は旧制の6つの学校、即ち、都立高等学校・都立工業専門学校・都立理工専門学校・都立機械工業専門学校・都立化学工業専門学校及び都立女子専門学校を母体として、人文学部・理学部・工学部の3学部でスタートしました。その後1957年に人文学部から法経学部を分離し、更に1966年には法経学部を法学部と経済学部に分割して5学部になりました。長い間、目黒区八雲と世田谷区深沢のキャンパスで「昼夜開講制の勤労者に開かれた大学」として研究と教育に勤しんで来ましたが、10年前にここ八王子市南大沢のキャンパスに移転して、名実ともに我が国有数の大学としての内容を備え、今日に至っています。開学当初わずか400名だった入学定員はその後何回か定員増を行い、このキャンパスに移転したときから1000名になりました。本学は一昨年開学50周年を迎えたばかりの、若さと活気に満ちた、小規模ながら5つの学部を持つ総合大学です。開学以来50年間、少人数によるきめ細かい教育を特色にしながら、国際的に高く評価される研究成果を挙げ続けてきました。
 しかしながら、いま全国の大学では改革の嵐が吹き荒れています。本学もその例外ではなく、開学から50年を経過するうちに累積してきた様々な問題点を見直し、21世紀に相応しい大学を目指して改革を進めているところです。具体的には、教養教育の見直しを始めとする学部教育の再構築、大学院の改組・拡充、入試制度の改正、大学間連携や社会との連携強化などの案を検討しています。皆さんも今日からは本学の一員として、学業は勿論ですがサークルその他の活動で大いに実績を上げ、存在感をアピールすることによって、21世紀に相応しい都立大学づくりに貢献することを期待しています。
 大学の使命は言うまでもなく学術の研究と教育であります。教育は、長い歴史を通じて先人達が獲得してきた知的財産とその活用法を、次代を担う若い皆さんに伝達することであります。皆さんは伝達されるものを鵜呑みにするのではなく批判の目を持って受け止め、更に発展させて次の世代へと引き継がなければなりません。しかしながら、最近あちこちで「大学生の学力低下」が問題にされ、大学を卒業して社会に出た若者達の「教養」や「創造力」の不足が指摘されています。皆さんはこの大学に入学できた実力を持っていますが、まだまだ未開発の能力が眠っている筈です。古来「鉄は熱いうちに打て」と言います。人間の頭脳も若いうちに鍛えないといけません。幸いなことに、頭脳は鍛えれば鍛えるほど機能が高まる特性を持っていますから、都立大学在学中に徹底的に鍛えて下さい。
 頭脳の活動には記憶と検索と思考があります。皆さんは大学受験のために一所懸命勉強をしたと思いますが、主として記憶機能と検索機能に頼っていたのではないかと思われます。驚いたことに、最近は「数学は暗記科目だ」と言われることが珍しくなくなりました。意味は分からなくても、或いは意味などは考えずに、出来るだけ多くの解答のパターンを記憶しておき、問題を見たら素早く検索機能を働かせて必要なファイルを取り出して解答欄に転記する、というのが数学の勉強法であると言われているようです。つまり、数学では記憶機能と検索機能が重要であって思考は補助的な機能と位置付けられているということでしょうか。人間とコンピューターを比較すれば、記憶機能と検索機能ではコンピューターが勝り、思考機能では圧倒的に人間が勝っている筈です。ところが、受験勉強は皆さんをコンピューター化したと言わざるを得ません。皆さんは既に十分に優れた記憶機能と検索機能を備えていますから、本学在学中に思考機能を強化することに努めて下さい。今日、情報や知識はどこにでもあり、書物やインターネットにより様々な情報や知識がいとも簡単に得られますから、基本的な知識は必要ですが、ある程度以上の詳しい情報や知識は必要なときに取り出すことにすればよいのです。大切なことは、情報や知識をどのように使うかということです。溢れる知識や情報の中から必要なものを選択し、それをもとにして論理的な思考をする訓練をして下さい。
 これからは文系・理系の区別を超越した「総合的な知」が必要とされる時代になります。いわゆる理系の人も文学や歴史、法律や経済などの素養が必要となり、文系の人も科学や技術の知識が必須となります。ところが最近の日本は世界で最も「理科離れ」が顕著な国ということになっているようです。東京のような大都市では人工環境の中で生活しているというのが実態ではありますが、そもそも人間は宇宙の中の地球の上で自然に囲まれている存在ですから、自然に対して関心を抱くのはごく自然なことです。動物や植物、山や川、空の雲や星などに興味を惹かれない子供はいないでしょう。それが、中学生、高校生になる頃には「理科嫌い」になってしまうのは教育に問題があることは明らかです。受験に照準を合わせた理科の勉強は面白くなかったかも知れません。しかし、21世紀には「生命」「情報」「新物質」「環境」などを中心として科学と技術が益々発展します。日本も科学技術創造立国を目指しています。これからは「科学に関することは理系の人に任せておけばいい」といって済ませることはできません。将来どのような分野の仕事に就くにしろ、「科学」に関する知識が不可欠になります。科学を論じる際に論理的な思考が重要であることは言うまでもありませんが、それと同時に感性や美意識が不可欠であることを忘れてはなりません。論理的な思考だけならコンピューターにやらせることができるかも知れませんが、感性や美意識は人間の叡智であり、これがなければ科学は正しく発展することができないでしょう。数学の定理は美しくなければいけません。自然科学の理論も美しさが大切です。科学にとって感性や美意識が不可欠であることを指摘しておきたいと思います。そのために、理系の人も文学や芸術などに積極的に親しんで下さい。
 文化には伝統と創造の2種類がありますが、グローバル化が進行する中で、各地域が伝統を維持することが難しくなり、世界の均質化が進んでいます。日本だけに限ってみても、テレビの普及などによって方言が使われなくなり、地域の伝統が失なわれつつあることは惜しまれます。皆さんは全国から或いは世界各地域からここに集まってきましたが、それぞれ出身地域の文化や風土に培われて成長してきましたから、意識していなくてもその地域特有の香りを発散している筈です。皆さんの一人ひとりが持っている特有の文化が貴重であり、大切にして欲しいと思います。皆さんはこれから好むと好まざるとに拘わらず、国際化社会で生きて行かなければなりません。これまで日本人は自己表現しない「受信型」と言われていましたが、これからは「発信型」になることが求められます。日本の文化をよく理解し、それを背景にして世界に向けて活発に発信し、風格と存在感のある人になって欲しいと願っています。
 大学は人生の終着駅ではありません。今、皆さんは都立大学という電車に乗り込んでほっとしているところかも知れませんが、4年後か5年後、或いはもっとかかる人もいるかもしれませんが、いずれ数年後にはこの電車から下りることになります。そのときに自分が向かうべき目的地への地図をしっかりと手にしていなければなりません。当たり前のことですが、大学時代を漫然と過ごし、終点間近になってから慌てることのないよう、日頃からいろいろなものに積極的に挑戦し、自分の性格や能力を把握しておくことが大切です。皆さんは豊かな時代に生まれ育って、窮極の状態におかれたことがないかも知れませんが、その人の真の姿は窮地に立たされたときに現れます。いろいろなことに果敢に挑戦して失敗もたくさん経験して下さい。それが皆さんの血となり肉となるでしょう。世の中は日進月歩しています。「モラトリアム期間」などと言っている場合ではありません。幸い、本学には整った施設・設備と充実した教授陣が揃っています。これらの恵まれた環境をフルに活用して、自らの可能性を存分に引き出すとともに、これからのグローバル化時代に地球人として生きていくことを考えて、広い視野を持ち豊かな教養を身につけることを目指して貪欲に学んで下さい。皆さんの奮闘を期待し、大学生活が実り豊かなものになることを祈ります。
[2001年4月5日 都立大学講堂大ホール]