1999年度東京都立大学附属高等学校定時制卒業式祝辞
皆さん、卒業おめでとう。本日ここに卒業式を迎えられたことを心からお祝いします。
皆さんの多くは、この4年間、星を仰ぎまた月影を踏みつつこの学校に通われたことでしょう。そしてその通学も今日で終わり、明日からは社会に巣立って行くことになります。見渡しますと、いろいろな年齢の方がおられるようですが、職をもち、あるいは家庭をもって、この学校に学ばれた方もあろうかと思います。その方たちを含めて、もう一度、本当に御苦労様でした、卒業おめでとうと申し上げたいと思います。
この4年間を辛く困難な高校生活と感じた人もいたでしょう。あるいは楽しく勉強できたと思った人もいることでしょう。それぞれの人が、それぞれの思いを込めて、いつかこの学校で過ごした日々を懐かしく思い出すことでしょう。全日制と違って、年齢を越えたつきあいが出来ること、先生方が本当に身近な存在で気軽に話ができること等が定時制の良さだと、ある卒業生が話していました。皆さんはこの学校で教科書には書かれていないたくさんの貴重なことを学んだはずですから、今日受け取る卒業証書は一生の宝となるでしょう。
ところで、皆さんが本校に入学したときに入学式で当時の山住総長が歌川豊国さんのことをお話になったと思いますが、覚えていますか。93歳で大阪の定時制高校に入り、現在97歳で現役の大学生をしておられる方です。つい先日「96才の大学生」という本を出版されました。歌川さんは1903年生まれの浮世絵師で、浮世絵の代表的流派である歌川直系の子孫として代々「豊国」を襲名してきた6代目の家元です。3歳で始めた絵の修業のために尋常小学校卒業後、進学できなかったのですが、93歳のとき「自分がしてきたことを書き残すため高度な教育を身につけたい、そのためには学校に行って勉強する必要がある」と思い立ち、大阪府立桃谷高校の定時制に入学しました。昨年高校を無事卒業し、更に勉強をするため96歳で近畿大学法学部第二部に入学されました。この先予定通り行けば、100歳で大学を卒業されるはずです。そして無事卒業できたら、大学院に進み博士号を取得することを志しておられるそうです。歌川さんは百三十歳まで生きることを目標にしており、「若者よ、一応百歳までは生きて下さい」と言っておられます。また「健康・長寿」は漫然としていて得られるものではない、とも言っておられます。人生を計画的に一つの目標に向かって生きて行くという前向きの積極的な姿勢が肝心であり「十歳の老人あり、百歳の青年あり」とも言っています。若さの秘訣は「常にプラス思考で人生に前向きに立ち向かって行くこと」「自分の可能性を信じ、健康や長生き、幸福、人生の喜び、それらすべてに感謝の念をもって過ごせること」それが本当の意味での「生涯青春」であり、自分を信じてこれからも歩き続けようと思っているそうです。歌川さんは学業の傍ら本業である絵師の仕事も続け、更に3年半前からは痴呆症にかかった奥さんの介護もしながら学校に通いました。困難なことも多かったと思われますが、「難儀に立ち向かう、難儀から逃げない」の精神で克服して来られたそうです。何とも勇気が湧いて来る話だと思います。こんな大先輩がいるということを、皆さん覚えておいて下さい。
現代科学の力は凄いもので、もうすぐ遺伝子治療により多くの病気が駆逐され、歌川さんのような長寿者がたくさん現れるでしょう。その時に歌川さんのように目標を持ち、気迫ある人でいて下さい。期待しています。
[2000年3月2日 都立大学附属高校]