2002年度東京都立大学附属高等学校定時制卒業式祝辞
皆さん、卒業おめでとうございます。数年にわたる奮闘努力の結果、本日ここに晴れの卒業式を迎えたことを、父母並びに附属高校教職員の皆様とともに心から喜び、祝福の言葉を贈りたいと思います。
皆さんはそれぞれの事情と希望を持ってこの学校に入学したことと思います。中には高校をいったん中退して定時制に入り直した人、他の高校から転入学して来た人、働きながら通学した人、奥さんやお子さんがある人もいると伺いました。様々な道を経て、或いは色々な悩みをくぐり抜けて、今日見事ゴールインを果たした16名の皆さんに、心から拍手を送ります。
皆さんの高校生活は、辛いことや憂鬱なことも多かったかも知れません。しかし、皆さんは勉強だけでなく、課外活動にも積極的に取り組み、東京都の定時制通信制芸術祭において、書道部門で銅賞に輝き、美術部門においても銅賞を獲得するなど見事な成績を残し、バスケットボール、バドミントン、ダンス、パソコン、写真などの活動が活発だったと伺いました。テレビに出演した人もいるそうですね。テレビといえば、俳優の尾美としのりさんを御存じでしょうか。寅さんシリーズや釣りバカ日誌をはじめ数々の映画やテレビ番組に出演していますが、最も有名なのは大林宣彦監督の「転校生」という作品の主役でしょう。尾道の神社の石段を転げ落ちた少年といえば思い出す人もいると思いますが、彼は本校定時制の第38回卒業生ですから、皆さんの先輩です。尾美さんもこの学校の給食を食べていましたから、皆さんとはいわば「同じ釜の飯」の仲です。俳優の仕事をしながら本校の定時制で勉強し、卒業後もずっと俳優の仕事を続けています。彼は俳優という仕事が好きで、自分の仕事に誇りを持って精一杯やってきたのだと思います。皆さんも自分の好きなこと、得意なことに力を注いで下さい。「好きこそものの上手なれ」といいます。仕事は一所懸命誠意を持ってやれば必ず報われます。
3月3日の朝日新聞に「84歳と72歳 定時制高校卒業」という記事が出ていました。皆さんの中にも読んだ人がいるでしょう。大田区の夜間中学で知り合った84歳の男性と72歳の女性が励まし合いながら勉強を続け、このたび都立羽田高校の定時制を卒業しました。2人はこのあと4月から揃って都立短大に進学して経営システムを勉強するそうです。この男性は小学校を出てすぐに働き始め、75歳まで会社に勤め、女性は永年コンビニエンスストアの店長を勤めていたそうです。仕事を退職した後に好きな勉強をする、そのような自分なりの生き方をするのが大切であり、人それぞれの道があるのだと思います。
「定時制を卒業した人それぞれの事情は千差万別ではあるが、例外なく共通するのは、パック旅行ではなくて途中で何が起きるかわからない冒険旅行に出て、大変な困難を乗り越えてきたということである。その旅の途中でいろいろな経験をして人生というか、人の心というか、世の中というか、そういったものが見えてくるから、人情の機微などもよく分り、人間的な強さの中に落ち着きと優しさを秘めている」これは先日、インターネットで見つけた定時制高校の先生の言葉です。まさに今日ここに並んでいる皆さんは人間としての落ち着きと魅力を備えています。入学した時の自分と比べて、どうでしょうか。「自分をほめてあげたい」と思っている人もいるのではないでしょうか。
大リーグのマリナーズで大活躍しているイチローはMVPに選ばれたときに「他人との比較ではなく、自分自身の力がどれだけ出せたかが重要なことだ」といいました。この「他人との比較ではなく、自分自身の力がどれだけ出せたかが重要である」という言葉をよく覚えておいて下さい。自ら目標を設定して自分の限界に挑戦することは、素晴らしいことであり、とても夢があることだと思いませんか。
皆さんの高校生活に思いを馳せると、多くの人が家に帰る頃、逆に坂を上って登校する日々は、辛いことや憂鬱なことも多かったかも知れません。しかし温かく見守り続けた先生方や仲間同士の絆を大切にするクラスメートに恵まれて、この4年間の高校時代を確かな手応えを感じつつ過ごしたことと思います。4年間通った学舎とも今日で別れ、明日からは社会に巣立って行くことになりますが、今日受け取る卒業証書は汗と涙と様々な思い出で、手にずっしりと重いことでしょう。一生の宝として大切にして下さい。「艱難汝を玉にす」といいます。人間は困難に出会うことによって成長します。皆さんはこの4年間に逞しく成長して今日の日を迎えたことを一生忘れずに、自信を持って明日からの人生を生きていって下さい。期待しています。
残念なことに、都立大学附属高校の定時制課程は、募集が停止されました。昼間の勤めが終わった後、仕事着のままで駆けつけた人、一度高校を中退したけれども再び学ぶために定時制に入り直した人、様々な人々がお互いに励まし合いながら人生の新たな進路を切り開いていったこの学舎は、本当に学校らしい学校として、数十年の歴史を重ねてきました。その歴史があと僅かで幕を下ろしてしまうのは、時流の変化とはいえ、大変寂しいことです。どうか皆さんの脳裏に、都立大附属高校定時制の記憶を刻みつけて下さい。
最後にもう一度万感の思いを込めて皆さんに「今日は本当におめでとうございます」と申し上げて私のお祝いの言葉と致します。
[2003年3月7日 都立大学附属高校]