2001年度東京都立大学附属高等学校定時制卒業式祝辞

 皆さん、卒業おめでとうございます。数年にわたる奮闘努力の結果、本日ここに晴れの卒業式を迎えられたことを、父母並びに附属高校教職員の皆様とともに心から喜び祝福の言葉を贈りたいと思います。
 皆さんはそれぞれの事情と希望を持ってこの学校に入学されたことと思います。中には転・編入学して定時制に来た方や、高校をいったん中退して、定時制に入り直した方もいらっしゃるでしょう。働きながら通学した方もいらっしゃいます。様々な道を経て、或いは色々な悩みをくぐり抜けて、今日見事ここに辿り着いた15名の皆さんに、心から拍手を送ります。
 皆さんの高校生活は、辛いことや憂鬱なことも多かったかも知れません。しかし、先日教頭先生から送って頂いた皆さんの「卒業文集」を読んで、私が今まで抱いていた「辛く厳しい高校時代」というイメージは間違っていたと感じました。なぜならば、文集には皆さんの生き生きとした若者らしい感性が楽しそうに躍動していたからです。
 私も俳句や和歌を趣味にしていますが、皆さんの作品があまりにも良く出来ているので驚きました。「風鈴とともに聞こえる蝉時雨」「透明な水面に映る冬霞」などはなかなかの名句だと思います。「正露丸兵どもが夢の跡」「オキザリス買って二分で置き去りす」などは俳句というより川柳の傑作です。心に余裕がなければこのような軽妙な作品はできません。また「寒椿けなげで強く美しくその散る様はまた潔し」「夕映えに沈む景色の寂しさは我が心さえ映す鏡か」などはプロ級の出来映えだと思います。「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」「古池や蛙飛び込む水の音」は御存じのように芭蕉の代表的な名句ですが、虫の鳴く声を聞いて「もののあはれ」を感じ、蛙の水音に「いとをかし」と感動するのが日本人の感性であり日本文化の特質です。文明の進歩が自然を破壊し、若者の日本語の乱れなどが問題にされている中で、日本の文化が危うくなりかけているのではないかと心配していましたが、皆さんが素晴らしい俳句や和歌を作っているのを見て安心しました。これからも俳句や和歌を作る風流の心を忘れないで下さい。
 文集の最後にある「ひとこと」の欄に書かれている皆さんの言葉に心を打たれました。「バイトしながらの学校生活は、辛いこともあったがなかなか楽しかった」と書いた岡本君、「4年間頑張った自分を褒めたい」と書いた塚平君、「この学校は、勉強だけでなく、僕にとって大事なものをたくさん学ばせてくれました」と書いた山本君、「年々クラスの人数が減っていくのを見て、4年間通うってことはとても難しいものだなと感じました。だから、卒業できることがとても嬉しいです」と書いた大野さん、「かけがえのない大切な友人に出会えてとても楽しい学校生活でした」と書いた大力さん、「一生懸命やってみれば世界が広がることを学んだのは最高の収穫」という山本さん、「みんな卒業しても友達でいられるかな?」と心配する藤巻君、「これからもっと女をみがこうと思います」という雨貝さん、・・・。本当に素晴らしい言葉です。この気持ちをいつまでも忘れないで下さい。また中学の先生方にこの学校に入ることを反対され、「必ず通ってみせる」と決意して頑張り、見事卒業の日を迎えた春山さん。中学の先生方にアルバムと卒業証書を見せに行って下さい。
 担任の加々本先生の文章を読むと、皆さんの学校生活が生き生きと浮かんできます。「定時制なんだからもっと甘くしてよ」「どうせ定時制なんだから」というクラスの生徒に対し、「定時制に通うことは昼間の何倍も大変で、卒業できたら本当に胸を張れる」と叱咤激励し、多くの人が家路に急ぐのを横目で見ながら木枯らしの吹きつける坂道を登って学校に通うことがどれだけしんどいか、バイトで疲れて眠っている背中を強く叩いて起こすべきか、・・いろいろな事を抱えている生徒の事情を思いやりつつも、「今言わなければ、きっと卒業するときの充実感が少なくなってしまう」とあえて生徒たちに「小言」を言い続けた加々本先生。そして今日、晴れて卒業の日を迎えた皆さんに加々本先生は「定時制を卒業した自分を褒めてあげて下さい。胸を張って都立大附属高校を卒業して行って下さい」と言っています。
 この「卒業文集」を読んで、私は感動しました。加々本先生をはじめとする先生方、ほんとうにお疲れ様でした。そして15人の卒業生の皆さん、本当に卒業おめでとう!
[2002年3月8日 都立大学附属高校]