2000年度東京都立大学附属高等学校卒業式祝辞
本日東京都立大学附属高等学校を卒業する皆さんに心よりお祝いを申し上げます。皆さんは21世紀最初の卒業生としてこの附属高校を巣立っていくことになります。今日まで3年間通ったこの校舎、毎日顔を合わせ慣れ親しんだ仲間達や先生方、この立派な体育館などに別れを告げ、それぞれ新たな世界へと飛び立っていくことになります。記念祭や修学旅行、様々な学校行事や普段の授業で得たことなどが智恵となり思い出となって生涯の支えとなり、やがてかけがえのない宝物となって行くことでしょう。皆さんの大切な思い出のひとつとして、2年生のときに修学旅行で北海道へ行ったときの資料を見せてもらいました。それによると、皆さんは北海道の歴史や自然、物産など、屯田兵からラーメンまで実に綿密に調べ予習をして出かけたことが分かりました。レポートによると興奮して寝不足の人が多かったようですが、北海道の寒さに驚いたり、北海道の人たちの親切さに感激したりしながら北海道の風土を実感していく様子が書かれていて、楽しくも実り多い旅行が目に浮かぶようでした。
皆さんはこの先長い人生を歩んで行く中で、この八雲が丘の「自由と自治」を校風とする素晴らしい学校で学んだことを懐かしくかつ誇らしく思い出すことでしょう。附属高校は都立大学より長い歴史と伝統を持つ立派な学校です。都立大学は一昨年開学50周年を迎えましたがそのとき附属高校は創立70周年でした。附属高校の方が親の大学よりも20年も年長という不思議な関係ですが、旧制の府立高校から都立大附属高校へと受け継がれてきた輝かしい伝統と、その間に本校を卒業した先輩達が綺羅星の如く様々な分野で活躍していることは皆さんもよく御存知だと思います。大勢の先輩達が70年間かけて都立大附属高校の名を高めて下さったお陰で、皆さんは胸を張って「私は都立大附属の出身です」ということができます。皆さんが母校の名前を言って下されば、ついでに都立大学の宣伝にもなりますから、機会ある毎に「都立大附属高校」の自慢話をして下さい。
しかし、近い将来この学校は6年制の中等教育学校に生まれ変わることになっています。同時に輝かしい伝統も新しく生まれる学校へと引き継がれていくことになりますが、母校の形が変わっても、八雲が丘で学んだ3年間が皆さんの生涯に大きな意味を持つことは間違いありません。誇りを持って力強く一歩一歩着実に歩んでいって下さい。
ところで、ここ目黒区八雲の「八雲」という地名の由来を御存知ですか。去年の卒業式でもお話ししましたが、八雲が丘で学んだ皆さんには是非このことを知っておいて頂きたいと思いますので、今年もまた同じことを言います。学校の西側の道を駅に向かって下りていくと氷川神社がありますが、そこには素戔嗚尊が祀られています。その素戔嗚尊は和歌の元祖だと言われていますが、初めて詠んだ歌が「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を」という歌だったことから、「八雲」という言葉は「和歌」の意味をもつようになり、氷川神社があるこの地も「八雲」という名で呼ばれるようになったということです。
一方、学校の東側の坂道は天神坂と呼ばれ、坂の途中には天満宮があります。皆さん御存知のように天満宮は「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花主なしとて春をわするな」で知られる菅原道真を祀る神社です。菅原道真は学問の神様といわれ、「天神様」ともいわれます。多くの受験生達が湯島天神などに合格祈願に行くようですが、皆さんの中にも行った人がいるのではないでしょうか。御利益はありましたか。皆さんは3年間八雲が丘の天神様に守られていたことになりますから、わざわざ遠くまで出かけて行かなくても大丈夫です。菅原道真は平安時代の大秀才でしたが、左遷された九州の地で無念の死を遂げました。道真の死後、疫病が流行ったり、左遷に関わった人々が雷に打たれて亡くなったりしました。皆さんも学問の神様を粗略にすると祟りがあるかも知れません。
21世紀は益々「グローバル化」が進むと言われています。しかしグローバル化の名の下に自国の伝統文化が忘れられることがあってはならないと思っています。皆さんは3年間「八雲」の地で学び天神様に守られていたことを何かの縁として、和歌や俳句など日本の文化に親しんで下さい。国境を越えて人や物が行き来するボーダーレスの時代だからこそ、自分の立っている場所を大切にしてほしいと思います。皆さんの中には、将来海外に住んだり働いたりする人も少なからず出てくることでしょうが、国際化は自国の文化を土台にしてこそ成り立つものです。根ざす文化のない「根無し草」にならないように、いろいろな機会をとらえて自国の伝統文化を吸収することを積極的に行って下さい。
一方、自分の国を知ると同時に外国を知ることも重要です。「百聞は一見に如かず」といいますが、外国のことを知るには外国を訪問したり外国人と接したりするのが一番です。私自身の経験では、グランドキャニオンの大自然やモンゴルの大草原などを訪れたときの感激は人生観を変えるほどのものがありました。地球上には様々なところに様々な自然があり、様々なところで様々な人々が様々な生活をしています。それらに触れることによって、随分視野が広がるものだと思います。
それからもう一つ、提言したいことがあります。それは、科学に強くなって欲しい、ということです。21世紀は生命科学と情報科学が中心的な役割を演じることになるのは明らかです。既に遺伝子組み替え食品やインターネットによる買い物など、日常生活にどんどん最新の科学技術が入り込んできています。科学や技術の急速な進歩は、我々の生活を大きく変えるのみならず、人生観や世界観を大きく変えることがあります。例えば、先日ノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士の業績は、「導電性ポリマー」すなわち電気を通すプラスチックの研究でした。プラスチックは普通電気を通さないと考えられがちですが、電気を通すプラスチックも作られていて、今ではタッチパネルや皆さんが持っている携帯電話にも使われています。科学技術は日進月歩、いや分刻みで進歩していると言ってよいでしょう。「ヒトゲノム」「ナノテクノロジー」「複雑系」「ニュートリノ」・・・何のことか分かりますか? 詳しいことや専門的なことまで知らなければならない、ということではありませんが、正確な科学知識と情報機器を使いこなす技術を身につけていなければ、これからの時代に生き生きと暮らしていくことはできません。仕事の面でも、21世紀の社会の第一線で活躍するためには文系の人でも科学にどれだけ強いか、ということがカギになります。どうか皆さんこのことを肝に銘じて科学技術に関心をもって下さい。
皆さんがこの附属高校で得たものは世界に通用する素晴らしいものです。卒業生の皆さんはこれからどのような道に進むにしても、附属高校在学中に培った人間性と素養をもとに、新しい時代に相応しい知性と行動力を身につけて自分の可能性に挑戦し、明日からの人生を力強く生き抜いていって欲しいと思います。21世紀を切り開いて行くのは皆さんです。期待しています。
[2001年3月9日 都立大学附属高校]