2001年度東京都立大学附属高等学校入学式祝辞
新入生の皆さん、入学おめでとう。東京都立大学の教職員を代表して皆さんの附属高校入学を心からお祝いします。
東京都立大学はかつてはここの同じ敷地内にあって、日常的に高校生と大学生が顔を合わせていましたが、10年前に大学が八王子に移転したために、我々が皆さんと会う機会が少なくなってしまいました。しかし、場所は離れていても都立大学附属高校ですから、できるだけその特性を活かそうと考えて、皆さんが都立大学へ出かけていって体験学習をしたり、都立大学の先生による特別授業を聞いたりというような他の都立高校の生徒は経験できない特別メニューが用意されています。更に、今年からは理学部の特別授業に参加して単位を取ることも出来るようになりました。詳しいことは先生方に聞いて頂きたいと思いますが、都立大学としては多くの皆さんが積極的に特別授業に参加することを期待しています。
皆さんはこれから国語、英語、地理・歴史、公民、数学、理科、保健体育、芸術、・・・等いろいろな科目を勉強することになります。科目数は多いし、内容は中学校よりも格段に難しくて大変だと感じるかもしれません。しかし、それらの科目はどれも成長期の頭脳には不可欠な知的栄養素ですから、頑張って消化するようにして下さい。古来「鉄は熱いうちに打て」と言います。人間の頭脳も若くて柔らかいうちに鍛えないといけません。幸いなことに、頭脳は鍛えれば鍛えるほど機能が高まる特性を持っていますから、都立大学附属高校在学中に徹底的に鍛えて下さい。頭脳の活動には記憶と検索と思考があります。高校生の多くは大学受験のために一所懸命勉強をしていますが、主として記憶機能と検索機能に頼っているのではないかと思われます。驚いたことには、最近では「数学は暗記科目だ」と言われることが珍しくなくなりました。意味は分からなくても、或いは意味などは考えずに、出来るだけ多くの解答のパターンを記憶しておき、問題を見たら素早く検索機能を働かせて必要なファイルを取り出して解答欄に転記する、というのが数学の勉強法であると言われているようです。つまり、数学では記憶機能と検索機能が重要であって思考は補助的な機能と位置付けられているということでしょうか。このことは入学試験の答案を採点してみるとよく分かります。私は数学が専門ですが、以前は出題者が想定しなかったような答案があって、意表をつかれながらも採点するのが楽しみでもありました。しかし、最近は殆ど同じ解き方の答案ばかりになってしまいました。かといって、今までにない傾向の問題やひらめきを必要とする問題を出すと正解が極端に少なくなってしまうので、試験として意味をなさなくなってしまいます。人間とコンピューターを比較すれば、記憶機能と検索機能ではコンピューターが勝り、思考機能では圧倒的に人間が勝っている筈です。ところが、受験勉強は高校生をコンピューター化してしまう恐れがあると言わざるを得ません。パスカルは「人間は考える葦である」と言いました。確かに人間はか弱い、風にそよぐ1本の葦のような存在かも知れません。しかしそれは唯の葦ではなく「考える葦」です。皆さんには、是非コンピューターではなく「考える葦」として成長して欲しいと願っています。
これからは文系・理系の区別を超越した幅広い知識と教養が必要とされる時代になります。いわゆる理系の人も文学や歴史、法律や経済などの素養が必要となり、文系の人も科学や技術の知識が必須となります。ところが最近の日本は世界で最も「理科離れ」が顕著な国ということになっているようです。しかし、21世紀には生命科学や情報科学などを中心として科学と技術が益々発展します。日本も科学技術創造立国を目指しています。これからは「科学に関することは理系の人に任せておけばいい」といって済ませることはできません。将来どのような分野の仕事に就くにしろ、「科学」に対する知識が不可欠になります。科学に関心を持って下さい。科学を論じる際に論理的な思考が重要であることは言うまでもありませんが、それと同時に感性や美意識が不可欠であることを忘れてはなりません。論理的な思考だけならコンピューターにやらせることができるかも知れませんが、感性や美意識は人間の叡智であり、これがなければ科学は正しく発展することができないでしょう。数学の定理は美しくなければいけません。自然科学の理論も美しさが大切です。科学にとって感性や美意識が不可欠であることを指摘しておきたいと思います。そのために、理系を目指す人も文学や芸術などに積極的に親しんで下さい。
都立大学附属高校のあるこの場所は目黒区です。何故「目黒」というか知っていますか? 目黒不動があるからです。「そんなバカなことがあるか、目黒にある不動様だから目黒不動というに決まっている。まるで、馬の顔が長いのは飼葉桶が深いからだという話と同じじゃないか」と思うでしょう。さにあらず。徳川幕府の三代将軍家光が天海大僧正の進言により、江戸府内の名のある不動尊を指定し天下泰平、国家安穏を祈願しました。その中の一つが目黒不動です。他に、目白不動、目赤不動、目青不動、目黄不動があり、江戸の五色不動として知られています。ついでながら、目黒駅のある場所が目黒区でないということも知っておいて下さい。目黒駅は品川区にあります。
目黒で不動様と並んでよく知られているのは「秋刀魚」です。殿様が目黒に鷹狩りに来たとき、農家に寄って昼食を食べました。そのとき出された焼きたての秋刀魚が美味しかったので、何日か後にお城で秋刀魚を用意させました。ところがちっとも美味しくないので「この秋刀魚は美味しくない。秋刀魚は目黒に限る」と言ったという話です。この話は家光がモデルだと言われています。目黒の秋刀魚に関して
その昔秋刀魚獲れたか目黒川
という有名な句があります。覚えておいて下さい。目黒には不動様と秋刀魚以外にも色々なものがあります。皆さんはこれから3年間目黒区にある都立大学付属高校に通うことになりますから、是非目黒に関心を持って下さい。この学校のある場所は目黒区八雲です。何故ここが「八雲」であるか調べてみて下さい。昨今は、国際化だのグローバル化だのと言われていますが、先ず自分の国の歴史や文化を知り、自分達の町のことを知らなければなりません。幸いなことに、本校には山崎憲治先生という「目黒学」が専門の先生がいらっしゃいます。山崎先生から目黒の地理や歴史について勉強して下さい。
最後に都立大学の宣伝をします。都立大学は、恵まれた環境、自由な学風、優れた教授陣と充実した施設を持つ、東京でも有数の素晴らしい大学です。東京都民なら入学金も安くなっています。附属高校で一所懸命勉強して、都立大学の門をくぐって下さい。3年後の皆さんの入学を期待し、首を長くして待っています。
[2001年4月7日 都立大学附属高校]