2002年度東京都立大学附属高等学校入学式祝辞

 新入生の皆さん、入学おめでとう。東京都立大学を代表して皆さんの附属高校入学を心から祝福します。
 東京都立大学はかつてはここの同じ敷地内にあって、校舎は別々でしたが、グランドなどを共用していました。通学路も共通でしたから、朝な夕なに駅から学校までの坂道を皆さんの先輩達と一緒に上り下りしていました。その時代を懐かしむ教職員が今でも大学には大勢います。11年前に大学が八王子に移転してからは、我々が皆さんと会う機会が少なくなってしまいましたが、場所は離れていても都立大学附属高校ですから、できるだけその特性を活かそうと考えて、皆さんが都立大学へ出かけていって体験学習をしたり、都立大学の先生による特別授業を聞いたりというような他の都立高校の生徒は経験できない特別メニューが用意されています。更に、昨年からは都立大学の特別授業に参加して単位を取ることも出来るようになりました。詳しいことは先生方に聞いて頂きたいと思いますが、都立大学としては多くの皆さんが積極的に特別授業に参加することを期待しています。
 どこの学校にもその学校特有の個性、つまり校風があります。都立大学には「自由でアカデミック」な学風があり、皆さんがこれから勉強するこの附属高校には「自由と自治」の校風があります。どちらも自由闊達な精神を基盤として、長い年月をかけ、多くの先輩達によって築き上げられ守り育てられてきた大切な伝統です。皆さんは先輩達が築き上げてきてきたこの学校の良さを十分に理解し、それを活用して大きく成長して下さい。
 皆さんはこれから3年間、都立大学附属高校に通うことになります。今日からこの学校の生徒になるに当たって、先ず学校やその周辺のことを知ることから始めましょう。授業の中ではこういう話は出てこないのではないかと思い、去年の入学式や卒業式でも話しましたが、新入生の皆さんにも是非知っておいてもらいたいと思いますので、もう一度同じ話をします。この学校のある場所は目黒区です。何故「目黒」というか知っていますか? 目黒不動があるからです。「そんなバカなことがあるか、目黒にある不動様だから目黒不動というに決まっている。まるで、馬の顔が長いのは飼葉桶が深いからだという話と同じじゃないか。落語のネタに違いない」と思うでしょう。さにあらず。徳川幕府の三代将軍家光が天海大僧正の進言により、江戸府内の名のある不動尊を指定し天下泰平、国家安穏を祈願しました。その中の一つが目黒不動です。他に、目白不動、目赤不動、目青不動、目黄不動があり、江戸の五色不動として知られています。ついでながら、目黒駅のある場所が目黒区でないということも知っておいて下さい。目黒駅は品川区にあります。
 この学校のある場所は目黒区八雲です。何故ここが「八雲」であるか分りますか。学校の西側の道を下りていくと氷川神社があり、そこには素戔嗚尊が祀られています。その素戔嗚尊は和歌の元祖だと言われていますが、初めて詠んだ歌が「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を」という歌だったことから、「八雲」という言葉は「和歌」の意味をもつようになり、氷川神社があるこの地も「八雲」という名で呼ばれるようになったということです。昨今は、国際化だのグローバル化だのと言われていますが、先ず自分の国の歴史や文化を知り、自分達の町のことを知らなければなりません。皆さんは折角この「八雲」の地でこれから3年間学ぶことになりましたから、是非和歌に関心を持って下さい。
 一方、皆さんが駅から上ってくる学校の東側の坂道は天神坂と呼ばれ、坂の途中には天満宮があります。皆さん御存知のように天満宮は「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花主なしとて春を忘るな」で知られる菅原道真を祀る神社です。菅原道真は学問の神様といわれ、「天神様」ともいわれます。多くの受験生達が湯島天神などに合格祈願に行くようですが、皆さんはこれから3年間八雲が丘の天神様に守られることになりますから、わざわざ遠くまで出かけて行かなくても大丈夫です。菅原道真は平安時代の大秀才でしたが、左遷された九州の地で無念の死を遂げました。道真の死後、疫病が流行ったり、左遷に関わった人々が雷に打たれて亡くなったりしました。皆さんも学問の神様を粗略にすると祟りがあるかも知れません。
 皆さんは今15歳ですね。孔子は「吾十有五而志于学 三十而立 四十而不惑」と言っています。つまり「15のときに勉強をしようと決意して学問に励み、30歳で人間として自立できるようになり、40歳で自信が持てるようになった」という意味です。あの孔子も15歳で勉強を始めました。皆さんも15歳の今「学」に志して、生涯の学習に向けたスタートを切って下さい。
 しかし、勉強をするということは簡単なことではありません。「少年易老学難成 一寸光陰不可軽 未覚池塘春草夢 階前梧葉已秋聲」という有名な漢詩があります。「月日が経つのは早く、自分はまだ若いと思っていてもすぐに年老いてしまう。それに反して学問はなかなか成し遂げ難い。だから、寸刻を惜しんで勉強しなければならない」という意味です。若い中に勉強しておかなければならないことが一杯あります。何年か経って「あのとき勉強しておけば良かった」と思ってももう遅いということです。この漢詩は皆さんもそのうちに、中国の有名な儒学者朱子の「偶成」と題する詩として漢文の時間に教わるかも知れませんが、実はこれは日本製です。
 アメリカ大リーグで今年もイチローが大活躍しています。昨年は首位打者、盗塁王、新人王、ゴールドグラブ賞などの賞を獲得し、MVPに選ばれました。凄いことです。イチローは勿論天才ですが、自分がもって生まれた才能をどうしたら最大限に発揮できるかをよく考えています。また、選手として優れているだけでなく、数々の名言を残しています。例えば、大リーグに入団した時に「自信はありますか」と聞かれて、「自信がなければこの場にいない。自分が一番期待している」といい、MVPに選ばれたときには「他人との比較ではなく、自分の力を出せたことに満足している」と発言しました。この「他人との比較ではなく、自分の力を出せたことに満足している」という言葉をよく覚えておいて下さい。自分の限界に挑戦しなければ、必ず後悔することになります。勿論野球の世界だけではありません。皆さんの挑戦を待っているフィールドは至るところに広がっています。常にチャレンジ精神をもって自分の人生を開拓していって下さい。皆さんがこの学校で逞しく成長することを期待しています。
 最後に都立大学の宣伝をします。都立大学は、恵まれた環境、自由でアカデミックな学風、優れた教授陣と充実した施設を持つ、東京でも有数の素晴らしい大学です。東京都民なら入学金も安くなっています。附属高校で一所懸命勉強して、都立大学の門をくぐって下さい。都立大学は3年後に都立の他の大学、即ち都立科学技術大学、都立保健科学大学及び都立短期大学と統合されて、新しい大きな大学になります。新しくなる都立大学は皆さんの入学を期待し、首を長くして待っています。
[2002年4月9日 都立大学附属高校]