2012年度入学式式辞

 新入生の皆さん、入学おめでとうございます。本日ここに、学士課程1669名、短期大学士課程583名、修士課程24名、博士後期課程1名の新入生の皆さんを迎えることは、大妻女子大学にとって大きな喜びであります。長年努力を積み重ね、様々な困難を克服して入学した皆さんは勿論、皆さんを支え見守ってきた御家族のお喜びはいかばかりかと思い、先ず心よりお祝いを申し上げます。大妻女子大学は皆さんを心から歓迎するとともに、皆さんのこの大学における学生生活が有意義であることを願って已みません。今日からこの大学の一員になった皆さんに、本学で学ぶに当たっての基本的な心構えについてお話しするとともに、私が皆さんに何を期待しているかについて述べてみたいと思います。
 学士課程及び短期大学士課程に入学した皆さんの多くは、この間まで「生徒」だったと思いますが、今日からは「学生」です。近頃は、自分のことを「生徒」と呼ぶ大学生が目に付きますが、学校教育法という法律において、大学で学ぶ者は「学生」と呼ばれることになっています。「生徒」の間は先生に教えて貰うことが多かったと思いますが、「学生」は自ら主体的に学ぶことが基本です。皆さんが自ら学ぶ意志を持てば、教職員は協力を惜しみません。大学は、学生が主体的に学ぶ場ですから、自ら手を伸ばさなければ欲しいものを得ることはできません。聖書の言葉を借りるならば「求めよ、さらば与えられん」です。問題意識を持って自ら求めてみて下さい。必ずや手応えがあることでしょう。在学中に本学自慢の優秀な教授陣と恵まれた教育研究環境をフルに活用し、自ら持てる能力を開花させ、数年後には出来る限り大きな付加価値を付けて社会に巣立って下さい。
 「大学」とは何であるかを改めて確認しておきたいと思います。教育基本法という法律において「大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。」と定められています。この法律の趣旨に従って、大妻女子大学は、皆さんに対して「高い教養と専門的能力を培う」教育を提供します。現在は「高学歴無教養」の時代などと言われ、世を挙げて教養教育の重要性が叫ばれています。「教養」は英語では「culture」、ドイツ語では「Bildung」です。「culture」には「耕す」という意味があり、「Bildung」には「形成する」という意味があります。「教養」を身につけることは「知識」を増やすことと同義ではありません。「教養人」になるためには「知識」を獲得することが必要ですが、それだけでは十分ではありません。単に知識を獲得するだけならばコンピューターに記憶させておく方が、忘れてしまったり記憶違いをしたりすることがないだけに安心です。しかし、山ほど知識を詰め込んだコンピューターを持っていても「教養」が身についたことにはなりません。昨今は手っ取り早く役に立つ知識を欲しがる人が多く、インターネットで検索すれば簡単に知識が得られますが、単に知識を増やしただけでは、「物知り」「情報通」にはなれても「教養人」にはなれません。最近では、「人間力」「社会人基礎力」「学士力」「就業力」など様々な言葉が使われていますが、要するに「教養」のことです。皆さんは大妻女子大学在学中にそれぞれの専門を学んで卒業していくことになりますが、どんな専門を学ぶにしろ「教養」を身につけることにより頭の中の土壌をしっかりと耕しておかないと「専門の種」を蒔いても発芽しないでしょう。大学院生の皆さんは「今更教養など・・・」と思うかも知れませんが、高度な研究をするためには豊かな教養が不可欠です。自分の専門に閉じこもっていては、豊かな発想は生まれないでしょう。「教養が邪魔をする」という言い方があります。何か良からぬことをしようとしても「教養が邪魔をして」それができないという意味です。昨今、エリートと呼ばれる人達の不正行為が頻発するのを見ていると、彼等には「邪魔をする」教養が無かったということが分かります。困難に遭遇した時に力になってくれるのは単なる情報としての断片的な知識ではなく、歴史や古典等によって培われる教養です。時代が変わっても人間の本質は殆ど変わっていません。長い年月を生き続けてきたものにはそれなりの価値と力があります。人類の叡智の結晶とでもいうべき真理や道理は、いつの時代にも、どんな混沌の時代にも、皆さんの行く手に明るい光を投げかけてくれることでしょう。先ず「教養人」になることを目指して下さい。
 教育基本法に謳われている如く、大学の使命は知の創造、知の継承、知の活用であり、そのために学術の研究と教育を実践しています。教育は、長い歴史を通じて先人達が獲得してきた知的財産とその活用法を、次代を担う若い皆さんに伝達することであります。論語によれば「学而不思則罔、思而不学則殆」(学びて思わざれば則ち罔く、思いて学ばざれば則ち殆うし)です。皆さんは先生から伝達されるものを先ずは習い、しかし鵜呑みにするのではなく批判の目を持って受け止め、主体的に考えることにより更に発展させていかなければなりません。従って、大学の教育は知識を伝授することが主たる目的ではなく、「学び方」を学ぶことが中心となります。つまり、大学の授業は、先生が教室で教えることを学生が覚えるだけではなく、学生が主体的に学ぶ能力と習慣を身につけることが目標です。いくら面白い講義でも先生が教室で学生に伝えることができる知識は極めて限られています。大学院生についても同じことで、指導教員から与えられた課題を指示された手法で研究しているだけでは真に新たな知見を創造することは出来ないでしょう。「主体的に学ぶ」ことが学生の本分であることをしっかりと認識して下さい。
 皆さんがこれから学生生活を送る「大学の空間」は知的な刺激に満ちているということを強調しておきたいと思います。人間の脳は知的な刺激を与えることによって発達します。今までは「親の教育が悪い」とか「先生の教え方が悪い」とかいうことができたかも知れませんが、これからは自らの責任において自分の脳を鍛えていかなければなりません。皆さんはこの大学の空間において、先生や先輩や友人達が発する知的な刺激を受けながら自ら学ぶ能力と習慣を身につけて下さい。卒業後どのような分野で活動するにせよ、大学で学んだ知識だけで間に合うということはあり得ません。社会に出れば学習に次ぐ学習が必要になるでしょう。日々に自己学習を重ねながら、問題意識をもって事に当たり、自ら問題を発見し、自らその解決方法を考えることになります。そのとき必要になるのが「論理的に思考し表現する能力」「知識や情報を収集し評価して活用する能力」「企画・立案して遂行する能力」などです。即ち、自分で企画・立案し、自分で必要な材料を集め、それらを使って自分の頭で考えたことを自分の言葉で表現し、発信する能力です。これらの能力が身につき自ら学ぶことができる水準に達したとき学位が授けられることになります。「主体的に学ぶ」と「生涯学び続ける」が基本的なキーワードであることを強調しておきたいと思います。
 現在我が国には、4年制大学が780校、短期大学が387校あります。その設置形態は、国立、公立、私立の3種類があり、特に、私立の大学は「建学の精神」に基づいた特色ある教育を実施しています。大妻の教育は1908年に大妻コタカによって創立されました。「女子も自ら学び、社会に貢献できる力を身につけ、その力を広く世の中で発揮していくことが女性の自立につながる」と確信したコタカの女子高等教育に対する情熱は、「建学の精神」として今日まで受け継がれています。「建学の精神」に基づく大妻女子大学の教育の目的は、豊かな教養と思いやりの心を持ち合わせ、真に自立した女性を育成することにより、健全で持続可能な社会の実現に貢献することです。大妻女子大学ではこれを「関係的自立」と呼んでいます。昨今は、社会的・職業的に自立が図れない者や「独善的自立」、「利己的自立」、「排他的自立」など好ましくない自立をしている者が多く見られます。他者とスムーズなコミュニケーションが図れない若者が増加し、理由無き殺人、親による子供の虐待、悪質な詐欺など様々な暗いニュースが報道される日々が続いています。こういう時だからこそ「関係的自立」、即ち、他者と良好な関係を保ちつつ自立を図ることが重要性を増しています。一人一人が高度な専門知識を身に付けるだけでは、健全で持続可能な社会は実現しません。「関係的自立」のためには、他者とコミュニケーションが図れることが基本です。学生同士のコミュニケーション、教職員とのコミュニケーションがスムーズに図れる様に努めて下さい。皆さんが、校訓「恥を知れ」を座右の銘として、豊かな教養を身に付け、思いやりの心を持ち、真に自立した女性として成長することを願っています。幸い、本学には整った施設・設備と充実した教授陣が揃っています。これらの恵まれた環境をフルに活用して、自らの可能性を存分に引き出すとともに、これからのグローバル化時代に国際人として生きていくことを考えて、広い視野を持ち豊かな教養を身につけることを目指して貪欲に学んで下さい。皆さんの奮闘を期待し、学生生活が実り多いものになることを祈ります。
 今日から皆さんが学生生活を送る大妻女子大学は、「主体的な学び」、「生涯学び続ける習慣」及び「関係的自立」を育む空間であることをもう一度強調しておきたいと思います。
 大妻女子大学は本日皆さんを迎え入れましたが、我々は皆さんの一人一人が数年後に「大妻女子大学に入って本当に良かった」と満足し、自信を持って社会に巣立っていくことを願っています。
[2012年4月1日 東京国際フォーラム]