2012年度卒業式式辞

 本日大妻女子大学を卒業する2160名の皆さん及び大妻女子大学大学院を修了する24名の皆さんの希望に満ちた門出を祝福するとともに、明日からの皆さんの人生が充実したものとなるよう期待をこめて激励の言葉を贈りたいと思います。
 本日大妻女子大学は、567名に短期大学士、1593名に学士、23名に修士、1名に博士の学位を授与しました。これは皆さんが「主体的に考え、自ら学ぶ力」又は「自立して研究出来る力」を身につけたことを、本学が社会に対して保証するものです。
 皆さんは、大妻女子大学在学中に、「関係的自立」をキーワードとする教育を受け、豊かな教養と思いやりの心を持って社会的・職業的に自立する力を身につけたはずです。自信を持って一歩を踏み出して下さい。昨今は、他者とスムーズなコミュニケーションが図れない若者が増加し、社会的自立が図れない者や「独善的自立」、「利己的自立」、「排他的自立」など好ましくない自立をしている者が多く見られますが、皆さんには在学中に学んだ「関係的自立」を実践して欲しいと思います。「関係的自立」を実践するに当たって、校訓「恥を知れ!」を忘れないで下さい。これは、自らを戒めるための言葉です。人生の「美学」を持ち、「品格」ある女性であり続けて下さい。
 皆さんは明日から社会に出て自立していくことになりますが、どのような分野で活動するにせよ、大学で学んだ知識だけで間に合うということはあり得ません。社会に出れば学習に次ぐ学習が必要になることは、昨今の激動する世相を見れば容易に想像がつくでしょう。自ら目標を定め、日々に自己学習を重ねながら、常に問題意識をもって事に当たり、自ら問題を発見し、自らその解決方法を考えることになります。そのとき必要になるのが「論理的に思考する能力」、「知識や情報を収集し評価して活用する能力」、「企画・立案して遂行する能力」などです。即ち、自分で企画・立案し、自分で必要な材料を集め、それらを使って自分の頭で考えたことを自分の言葉で表現し、発信する能力です。情報が氾濫する現在は、情報を評価し取捨選択する能力が特に重要です。皆さんは、在学中に先生方の指導の下に体系的な学習を積み重ね、その集大成として卒業論文を作成する過程を通じてこれらの能力を身につけました。特に、苦しみながら卒業論文を完成させたことにより、大きく成長したことに自信を持って下さい。本日皆さんが手にした学位は、皆さんが「主体的に考え、自ら学ぶ」ことが出来る水準に達したことを保証しますが、明日からは皆さんが社会から評価を受け続けることになります。
 社会、特に企業からは「大学が授与する学位は信用できない」という声が聞かれます。「最近の学士は英語も使えないし、専門知識も身についていない。大学は役に立つ学問をしっかりと教育して、即戦力になる人材を養成すべきである。現状では国際競争に勝てない」という様な不満です。かつては「必要な専門は入社してから教えるから、大学では基礎をしっかり勉強してきて欲しい」と言っていた企業が、昨今は長引く不況で自社教育をする余裕がなくなったために「即戦力性」を期待するようになりました。しかし一方、国際競争の最前線にある優良企業のトップは「専門技術では負けていないが、トータルとして外国企業に勝てないことが多い。その原因はトップの総合的な判断力の差である。大学では、哲学、歴史、文学など幅広い教養を学んできて欲しい」と言っています。つまり、日本の企業に欠けているのは、技術力ではなく、幅広い教養に裏付けられた総合的な判断力を持つリーダーであるということです。大学が直ぐに役に立つことばかり教育していると優れたリーダーが育たず、国際競争に勝てないということです。私は皆さんがそれぞれの分野のリーダーになってくれることを期待しています。つまり、 ハイレベルなジェネラリスト又は広い視野を持つスペシャリストになってほしいということです。これからの時代にはより複雑で難解な問題を処理する判断力が要求されます。皆さんは大妻女子大学在学中にそれが可能になるように研鑽を積み、本日ここにめでたく学位を手にしました。しかしながら、「大学卒」 の肩書きが安泰な人生を保証してくれる時代は過ぎ去りました。学位の保証効果に頼るのではなく、これからは在学中に身につけた「主体的に考え、自ら学ぶ力」を駆使して大きく成長して下さい。間違っても「明日からは学生でなくなるから、もう勉強なんかしなくてもいい」などと思ってはいけません。
 様々な問題を抱えながらも、ITの発達によって「グローバル化」が急速に進みつつあります。私自身もインターネットを使わない日はありませんが、居ながらにして瞬時に世界中から情報を集めることができる便利さは驚嘆すべきものです。しかし、無自覚な「グローバル化」は自らのアイデ ンティティーを危うくすることに注意しなければなりません。この地球上には様々な国や地域があり、様々な民族がそれぞれの伝統に基づいて多種多様な文化の花を咲かせてきたからこそ、人類は豊かな歴史を築くことができたのではないでしょうか。皆さんはこれから「グローバル化」が進行する社会で生きていくことになります。広く世界に目を向け、異文化に接する機会を持って欲しいと思いますが、その際に日本の文化に誇りを持つことを忘れないで下さい。日本文明は、中華文明、ヒンドゥー文明、イスラム文明、東方正教会文明、西欧文明、ラテンアメリカ文明と並んで世界七大文明の一つです。長い年月をかけて築かれた我が国の伝統と文化を思い起こして下さい。「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」、「古池や蛙飛び込む水の音」は御存じのように松尾芭蕉の代表的な名句ですが、虫の鳴く声を聞いて「もののあはれ」を感じ、蛙の水音に「いとをかし」と感動するのが日本人の感性であり日本文化の特質です。文明の進歩が自然を破壊し、「グローバル化」という名の下にアメリカ化が進展する中にあって、芭蕉の句や西行の歌に感動する心こそが日本人のアイデンティティーではないでしょうか。日本の風土に花開いた独特の文化は、我が国が真の国際貢献をしようとする場合に最大の切り札になる筈です。皆さんが世界の人々から敬意を払われるためには、日本の文化をしっかりと理解していることが不可欠です。我が国は「科学技術創造立国」を標榜してきましたが、先ず「文化立国」でなければならないと思います。文化のグローバル化によってローカルなものが次々と失われ、「多様化」という名の下に画一化が進むことは寂しい限りです。国際交流の基本は「文化の多様性を大切にする」ことです。「グローバル化」の名の下に、全世界を文化的に均一化してしまうことは決して好ましいことではありません。
 人類の歴史を概観すれば、長い年月をかけて極めて緩やかに発達を続けてきた文明が、産業革命をきっかけに加速し始め、この100年間はまさに指数関数的な発展状況を示しています。皆さんはこの急速に発展を続ける21世紀の文明の中で生きていかなければなりません。ややもすると、急流に押し流されて自分のいる場所が分からなくなってしまうことがあるかも知れません。「流れが急だ」と感じたら、立ち止まって全体を見渡して下さい。
 皆さんはこれから社会に出て、様々なことを経験しながら成長し続けることになります。嬉しいことがあった時、困難に直面した時、学問や社会の新しい展開について学ぶ必要がある時など、何時でも気軽に母校を訪ねて下さい。教職員一同皆さんの訪問を楽しみにしています。また、大学祭やホームカミングデーなどには是非里帰りをして後輩達を励まして下さい。大妻女子大学は皆さんの故郷です。
 長引く不況や東日本大震災、外交上の難問などのために、我が国は自信をなくしているのではないでしょうか。私は皆さんを送り出すにあたって、「自信を持て」と声を大にして言いたいと思います。ロンドンオリンピックを始め様々なスポーツの大会において、日本の女子選手達は華々しい活躍をしています。この冬のジャンプにおける高梨沙羅選手の活躍は目覚ましいものでした。日本人であること或いは日本で育ったこと、そして何より大妻女子大学で学んだことを誇りにして下さい。様々な暗いニュースが続く中で、山中伸弥先生のノーベル賞受賞など、日本人の実力を世界に示す明るいニュースもありました。皆さんも大妻女子大学在学中に身につけた「主体的に考え、自ら学ぶ力」を武器として、世界の舞台に挑戦して欲しいと思います。自分の可能性を最大限追求するとともに、人類の新たな時代を創出していくことが皆さんに課せられた義務であり、また責任でもあります。もう一度繰り返します。「主体的に考え、生涯学び続ける」ことを忘れないで下さい。皆さんの明日からの果敢な挑戦に期待し、健闘を祈ります。
[2013年3月20日 東京国際フォーラム]