「理解できないまま先に進まない」「理解したら先に進む」数学教育

 最近、「教育改革」が様々な角度から取り上げられており、文部省も積極的に取り組む姿勢を明確にしている。数学の分野に限っても、初等・中等教育のみならず、大学における数学教育に対しても「反省」や「見直し」が議論されることが多い。
 数学のような分野は教育の“一貫性”が重要であり、小学校の「算数」、中学校の「数学」、高等学校の「数学」、大学の「数学」がバラバラでは困る。特に、高校の数学と大学の数学の教育内容の重複や不連続性には大いに問題がある。
 数学のように“積み上げ”を基本とする分野では「理解できないまま先に進む」ことは致命傷になるが、現実には、小学校で「分数の足し算」ができない子供もそのまま先に進んで、中学、高校に行けば「2次方程式」や「微積分」を教わるというような羽目に陥る。逆に、「微積分」を理解している中学生もいるが、画一的なカリキュラムのために学校では「理解しても先に進む」ことはできない。数学のように極めて個人差が出やすい分野の教育を画一的に行うことはそもそも無理である。少なくとも、数学に関しては学年にとらわれずに習熟度別クラス編成等を採用して「理解できないまま先に進まない」「理解したら先に進む」ことを原則にすべきであろう。
 最近、教育の「中・高一貫」や「高・大連携」が議論の対象になることが多いが、「中・高一貫」により高校受験がなくなれば、「理解できないまま先に進まない」「理解したら先に進む」原則を実現しやすくなるであろう。
 一方、「高・大連携」には
 (1)推薦入学により付属高校から学生を受け入れる
 (2)教育内容において高・大の連携を実現する
という2つの側面がある。(1)の意味の高・大連携は既に私立大学とその付属高校の間で一般化しているが、(2)の意味の高・大連携教育は極めて希にしか実現していない。(2)の意味の高・大連携こそ重要であるが、そのためには、特に大学側の意識改革が必要であろう。
 数学と物理について特異な才能を持つ高校生に大学レベルの教育を受ける機会を提供する趣旨で、文部省が1994年度から実施している「教育上の例外措置に関するパイロット事業」は、(2)の意味の高・大連携教育の実践例である。これに参加した高校生(一部は中学生)達は、大学で学ぶ数学や物理学を垣間見ることによって、ある者はその分野へ進むことを確信し、またある者は他の分野へ進むことを決断している。我々もこの「パイロット事業」を実践して、高校生が大学レベルの教育に接する機会をもつことは十分に有意義なことであると実感した。
 東京都立大学では、「中・高一貫」「高・大連携」の教育を“実験”する6年制付属学校の設置を検討しており、「理解できないまま先に進まない」「理解したら先に進む」数学教育を実現し且つ(2)の意味の高・大連携教育の実験を行うために6年制付属学校の設置を提案している。具体的には、習熟度別クラス編成を採用し、高校の数学と大学の数学の教育内容の重複や不連続性を解消し、大学の教員が高校に出講して授業をしたり高校生が大学の授業に参加したりすることを考えている。
[日本評論社発行『数学セミナー』1997年7月号掲載]