認証評価制度の問題点とこれからの改革の方向

1 「事前規制から事後チェックへ」の流れ

 我が国の高等教育の質保証は、2003年度までは設置認可を中心とする「事前規制」が主軸であり、大学、学部、研究科、学科、専攻などを新設する場合には、大学設置審議会による「厳格な」審査を受けなければならなかったが、規制緩和の流れの中で、2004年度に「届出制」が導入され、一定の条件を満たす場合には、「届出」で済むことになった。同時に、設置審査が準則主義化され、審査を必要とする場合にも申請の内容が法令に反していない限り、設置審議会が改善のために「意見を述べる」ことが難しくなった。法令の規定は定性的・抽象的なものが多く、大学設置基準は最低限の要件を規定するものであること考えれば、審査の準則主義化と「届出制」の導入により、「事前規制」による「質保証」機能は大幅に低下したといわざるを得ない。
 2004年度には、大幅に緩和された「事前規制」と第三者による評価をセットにして質保証を行う制度がスタートした。このとき新たに導入された第三者による評価が認証評価である。認証評価は、評価方針、評価基準、評価方法などを策定して文部科学大臣に申請し、認証を受けた機関が実施するものである。
 設置審査が「法令に適合しているか否か」を審査するのに対して、認証評価では、法令適合性の検証のみならず教育研究等の総合的な状況について評価し、大学の質の改善に資することを目的にしている。
 以下、大学評価・学位授与機構が実施している大学機関別認証評価について記述しながら、現行の認証評価制度の問題点や改革の方向に触れることにする。

2 教育活動を中心とする評価

 大学は、自主的・自律的な運営の下に高度な研究とそれに基づく教育を行い、学位を授与する(独占的な)権限を持つ機関である。従って、大学を評価するに当たっては、「教育」「研究」「運営」などが重要な評価対象となる。大学評価・学位授与機構が実施する大学機関別認証評価においては、大学を評価単位として、教育活動を中心とする評価を行っているが、「高度な研究に基づく教育が行われているか」「自主的・自律的な運営が行われているか」などが重要な視点であることはいうまでもない。評価を実施する際に、必要に応じて、学部・研究科等の状況を分析することは当然であるが、教育機関としての大学が総体として健全に機能しているかどうかを評価する。
 教育活動と共に大学の活動の重要な柱である研究活動については、大学機関別認証評価とは別に、選択的評価事項として設定し、大学の希望に応じて評価する仕組にしている。国立大学については、国立大学法人評価の中で、教育活動と並んで研究活動の状況についても評価が実施される仕組になっているのに対して、その様な制度を持たない公立大学等からの要望に応えて用意したものである。

3 「質の保証」のための評価(Accreditation)

 大学機関別認証評価は、当然のことながら、「質の保証」の役割を担っている。各認証評価機関は、自らが設定し(大臣から認証を受け)ている「大学評価基準」を満たしているか否かの判断をすることにより、評価対象大学の「適格認定」(Accreditation)を行っている。その際、「大学設置基準を満たしている」ことは「大学評価基準を満たしている」ための必要条件であることはいうまでもないが、大学設置基準は「最低基準」であるとの認識に基づいて、「大学設置基準を満たしている」ことが「大学評価基準を満たしている」ための十分条件とは考えていない。
 因みに、大学評価・学位授与機構が2008年度までに実施した大学機関別認証評価では、全ての大学に対して「大学評価基準を満たしている」と判定する結果となった。

4 大学設置基準を満たしているか否かの判定

 全ての大学は、設置する際に「大学設置基準を満たしているか否か」の審査を受けている。2003年度までは、大学の新設のみならず、学部、学科、研究科、専攻などについても「厳格な」審査を受けて設置されていたが、2004年度に「届出制」が導入されてからは、届出による設置が全体の3/4程度を占める状況が続いている。この様な状況の下で、2005年度からは大学設置審議会による設置計画履行状況調査(アフターケア)が強化され、全ての事例に対して完成年度までは「事後チェック」が実施されている。このことにより、完成年度までは法令違反状態が生じていないかどうかがチェックされ、問題のある事例に対しては「留意事項」を公表し、場合によっては大臣が改善勧告を行うなどの措置が執られている。
 原則として大学設置審議会の手を離れる完成年度以降の質保証は、大学の自主的・自律的な取組である自己評価と第三者による認証評価とがその役割を担うことになる。
 認証評価においては、質確保の必要条件として「大学設置基準を満たしているか」のチェックをすることはいうまでもないが、これが意外に難しい問題を含んでいる。第1には、大学設置基準には定性的・抽象的な部分が多く、「満たしているか否か」の判断が難しいことである。大学設置基準においては数少ない定量的な規定である「必要とされる教員数」についても、大学設置基準の別表に数値が明記されている場合は分かり易いのであるが、昨今増加している学際的分野の場合などについては判断が難しい場合が多い。
 第2には、「瞬間値」を見るべきか「継続値」を見るべきかも難しい問題である。特に、教員数については、調査時点の状況だけで判断することの妥当性が問われる。分かり易い例として、過去6年間「不足」状態が続き調査年度に充足されたケースと、過去6年間充足されていたが調査年度に「不足」になったケースを想定してみる。調査時点における「瞬間値」を見れば前者は「大学設置基準を満たしている」ことになるが、学生の立場に立てば、6年間も「教員不足」の状況が続くことは重大な問題であり、当然「大学設置基準違反」と判断すべきではないだろうか。教員の突然の異動などにより、後者の様な事態は起こり得るが、この場合「不足期間」をどこまで許容するかは難しい問題である。厳密に法令を適用すれば、1日たりとも「不足」状態があれば「大学設置基準違反」ということになるが、これは現実的ではない。「継続値を見るのは大変だから、調査時点の状況で判断すればいい」という意見もあるが、これは性善説に立つことが前提であり、教育の視点からは「継続値」を見るべきであろう。

5 「質の改善」のための評価(Evaluation)

 認証評価の一つの役割は、「大学評価基準を満たしているか否か」を判定することにより「質の確保」をすることであり、もう一つの役割は、評価結果を「質の改善」に役立てることである。特に、後者については、大学の主体的・自律的な取組を期待していることはいうまでもない。
 評価を実施する以上、投入したエネルギーを上回る改善が見られなければならない。認証評価は我が国においては初めての取組であり、評価をする側も評価を受ける側も手探りの状態であったために、膨大なエネルギーの投入を余儀なくされ、各方面からお叱りを頂戴したが、「大学を良くするための評価」をキャッチフレーズにして、可能な限り評価結果が「質の改善」に活かされる様に心がけたつもりである。評価結果が改善に活かされなければ、「評価のための評価」に終わることになる。
 我々は、評価において「優れた点」「改善を要する点」「更なる向上が期待される点」を積極的に指摘することにより、大学の特色を明確にすると共に、評価結果が改善に活かされる様に努めている。先ず、各大学に対して、自己評価において「優れた点」「改善を要する点」を積極的に記述して頂くことをお願いしている。当初は、「改善を要する点」=「悪い点」という印象を強く持たれ、どの大学も「改善を要する点」を記述することに躊躇いを感じた様に見えた。しかし、「改善」とは「現状より良くすること」であり、必ずしも「悪い」から改めるものばかりではなく、「good」を「better」にするのも「改善」であることが理解される様になった。説明会などにおいて、「改善を要する点が一つもない大学は、理想的な素晴らしい大学か、又は自分のことが分かっていないどうしようもない大学です。改善を要する点をきちんと把握し、それに対する対応を考えているとすれば、それは高く評価されます。」などといい続けた結果、多くの大学が「改善を要する点」を積極的に自己評価する様になってきた。「good」を「better」にする取組に着手し、ある程度の成果をあげている場合には、「更なる向上が期待される点」として取り上げることによって、改善に向けた取組をエンカレッジしている。
 「優れた点」「改善を要する点」「更なる向上が期待される点」は、評価報告書の中に明記し、公表しているが、それ以外にも訪問調査の最後に口頭で多くのことをお伝えしている。これらが改善に活かされている事例も既に多く見受けられる。
 前項で述べた「教員数が大学設置基準を満たしていない」事例は、「改善を要する点」の最たるものである。しかし、「過去数年間不足状態が続いていたが、評価時点においては充足されている」場合の評価は難しい。「大学評価基準を満たしていない」と判断し「不適格」と認定したとしても、その状況を改善して追評価を受け、「適格」と認定されることは不可能である。今後再発しない様に留意することは出来ても、過去の違反を遡って改善することは出来ないからである。

6 社会に対する説明責任(Accountability)

 認証評価のもう一つの役割として、社会に対する説明責任がある。即ち、大学の教育研究活動の状況を第三者の目を通して社会に情報発信すると共に、評価結果を開示することにより、国民の大学に対する理解を深め、大学選択、卒業生採用、産学連携などの判断材料になることを願っている。そのために、大学評価・学位授与機構が実施する認証評価においては、評価対象大学にお伝えする評価結果をそのまま公表することとし、評価結果には評価対象大学の教育研究活動の概況が分かる程度の詳しい記述をすることにしている。
 大学評価・学位授与機構では、評価が確定した時点で、評価結果と共に大学から提出された自己評価書もインターネット上で公開している。このことにより、社会から評価結果の妥当性が検証され、斯界の専門家からは研究対象として分析されている。

7 学位授与の方針(Diploma policy)

 大学は、自主的・自律的な運営の下に高度な研究とそれに基づく教育を行い、学位を授与する(独占的な)権限を持つ機関であるから、明確な学位授与の方針の下に質の高い学位が授与されているか否かが重要な評価の視点になる。
 「高等教育機関が授与する三つの学位の一つである学士という称号の品質保証期間は、せいぜい3年、長くて5年だとわたくしは思っています。どこの国の、どんな大学の学士号も、ほぼそんなものであるはずです。それは、間違っても、生涯を保証するものではありません。だから、就職される方も、大学院に進まれる方も、その3年から5年という品質保証期間の間に、新たな環境の中で貴重な他人との交渉を深め、それを通して自分自身の未知の部分と確かな出会いを演じ、みずからの責任で自分自身をさらに変化させる機会を招き寄せねばなりません。」
 これは、2000年度の東京大学の卒業式における蓮實重彦総長の告辞の一節である。この中の「どこの国の、どんな大学の学士号も、ほぼそんなものであるはずです。」は注目に値する。この告辞から10年足らずしか経っていないが、残念ながら、現在では「せいぜい3年」どころか、出荷時点から品質が疑われる「学士」が多数出回っているといわざるを得ない。
 学位の「自動販売機」が存在する国もあるらしいが、我が国では、高等教育の質の向上を目指して、中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」において、「学士力」の確保を前提とした学士の授与を提言している。また、大学院課程については、大学院教育振興施策要綱において教育の実質化を推進するための様々な施策が提示されている。
 認証評価においては、各大学が、明確な学位授与の方針に基づいて学士、修士、博士、専門職学位を授与しているか否かを評価している。どの大学においても、学位授与に関する形式的な基準は定められているが、実質的な判定は指導教員等の判断に委ねられている場合が多い。

8 教育課程編成・実施の方針(Curriculum policy)

 各大学は、その目的を実現するための教育課程を編成し、実施している。認証評価においては、教育課程が目的を達成する上で適切であるかどうかを、学士課程、大学院課程、専門職学位課程ごとに分析し、カリキュラムの体系性、授業内容、単位の実質化、シラバス、学習支援、成績評価など多面的な視点から評価している。カリキュラムの体系性や授業内容・方法については、多くの大学において様々な工夫が見られるが、GP事業に採択されている取組などは、積極的に評価することにしている。しかし、単位の実質化については、設置基準の定める学習時間の確保に関して改善を要する大学が多い。履修科目の登録の上限を定めている大学が多いが、実効性がなさそうなものが目に付く。同様に、GPA制度を導入している大学が増えているが、必ずしも有効に活用しているとはいえない。また、大学設置基準第22条及び23条の定める授業期間については、10週又は15週に定期試験等の期間を含めていない大学はごく少数であった。シラバスについては、教員による記述の精粗が目に付き、学生インタビューの結果から見ても、有効に活用されているといえる状況ではない大学が多い。

9 入学者受入の方針(Admission policy)

 各大学は、掲げた「学位授与の方針」及び「教育課程編成・実施の方針」を踏まえて学生を受け入れることになる。そのためには、「求める人材像」や「入学者選抜の基本方針」が明確にされていることが必要であるが、多くの大学において、これらが必ずしも明確にされているとはいえない。事実上「来る者は拒まず」を入学者受入の方針としている大学も見受けられる。
 一方、入学者受入方法は、十分過ぎるほどに多様化している。多くの大学において、推薦入学やAO入試が実施されているが、その多くが「学力不問」であることが大きな問題である。本来、「AO」は Admission Office の頭文字であるが、 All OK の頭文字ではないかと疑われる節がある。しかし、我々が評価した大学に関する限り、「学力不問」の入学者選抜は行われておらず、特に、AO入試はその趣旨に則った丁寧な選抜が行われていることが確認出来た。
 入学定員と実入学者数の関係については、1.3倍を超える、又は0.7倍を下回る状況があれば指摘することにしている。特に、大幅な定員超過は教育の実質化に支障があると考えている。学士課程や専門職学位課程においては、過不足が見られる場合は少なかったが、大学院課程においては、多くの大学において過不足が目に付いた。

10 学習成果の評価

 我が国の教育は、「履修主義」であり、「修得主義」ではない。従って、「未履修」が法令違反として大きな問題になったことはあるが、「未修得」は識者が眉を顰めるに留まっていた。
  昨今は国際的な動向として、学習成果の評価が重要性を増している。即ち、「何を教えているか」より「何が出来る様になったか」が注目される。しかし、学習成果の評価は簡単ではない。資格取得につながる分野については、資格取得状況が一つの評価指標ではあるが、それを重視し過ぎることは危険である。単位の修得状況、就職・進学の状況等に加え、学生自身による評価、卒業生による評価、卒業生の就職先による評価など、多面的な視点からの総合的な評価に努めている。
 教育目標の達成状況を大学自身がどの様に把握しようとしているかが重要であるが、多くの大学において、取組に着手し始めた段階といえる。

11 ファカルティ・ディベロップメントと教員評価

 ファカルティ・ディベロップメントは設置基準により義務付けられており、評価した全ての大学において何らかの形で実施されているが、FD委員会を設置し、研修会や講演会を開催するに留まり、日常的な教育活動の中で実質化されるに至っていない大学も見られる。多くの大学において、新任教員研修、学生による授業評価、相互授業参観・相互授業評価等が実施されている一方、学生参加のカリキュラム改革、授業のビデオ撮影、優秀教員表彰等を実施している大学や、ガラス張りの教室、ティーム・ティーチング、授業検討会などがFD効果を上げている大学、優れた取組を授業改善報告書にまとめて教員間で共有している大学などが見られた。特に、小規模な単科大学の多くにおいては、大学の特性に応じたファカルティ・ディベロップメントを工夫して効果を上げている状況が確認出来た。
 従来、大学における教員評価は、専ら研究を中心に行われてきたが、この間評価をした幾つかの大学においては、教育活動を含む総合的な評価を実施し、評価結果を処遇等に反映する仕組みを構築していることが確認出来た。しかし、多くの大学においては、教育活動の評価を適切に行う方法を模索している段階らしい。

12 大学の自己評価力

 大学の質の保証・改善には、本来、各大学が自主的・自律的に取り組まなければならない。その意味で、各大学が目的・目標を明確に定めて教育研究等の活動を推進し、その状況を自ら点検・評価して評価結果を改善に活かすPDCAサイクルが適切に機能していることが求められる。そのため、認証評価においては、この点を重要な評価項目に設定している。
 大学の質の保証・改善は自己評価力が前提になるので、認証評価は、各大学の自己評価に基づいて行う様に設計されている。認証評価制度が導入されて以来、各大学の自己評価力は着実に向上していることが実感出来るが、現状においては、自己評価力の大学間格差が大きいことは事実である。
 認証評価は、先ず各大学から提出される自己評価書に基づいて教育研究活動等の状況の分析を行うのであるが、自己評価書の読み易さは、いまだに大学による差が大きい。大学評価・学位授与機構では、11の評価基準を設けて認証評価を実施しているが、評価を担当して頂いた先生方からは「自己評価書の読み易さ」を12番目の基準にしたらどうかという「提案」もある。
 多くの大学において、PDCAサイクルの「A」の部分で苦戦している様子が見られた。特に、総合大学においてその傾向が強い。

13 具体的でない記述

 大学から提出された自己評価書を分析する際に苦労した点の一つは、具体性に欠ける記述への対応である。「学生による授業評価アンケートを実施し、その結果を改善に活かしている。」といった記述が多く見られたが、これだけでは具体的な内容が分からない。実際にどの様な改善が行われているかを確認しないまま「○○大学では、学生による授業評価アンケートを実施し、その結果を改善に活かしている。」と評価するわけにはいかないので、この様な場合には、評価対象大学に対して「具体的な改善事例」などについて問い合わせた。結果的には、殆どの大学から的確な回答が得られ、Evidence-based Evaluationを実施することが出来た。

14 大学としての自己評価

 現行の大学機関別認証評価は大学が評価単位であり、学部・学科などを単位とする分野別評価ではない。事前の説明会等で、このことを説明し、部局ごとの記述に終始することなく、大学の考えや方針、大学としての分析や自己評価を必ず記述する様に強調したつもりであるが、いくつかの大学からは部局ごとの記述が大半を占める自己評価書が提出された。これでは、各部局の状況は分かっても大学を理解することは難しい。教育機関としての大学には、目的・目標を明確に定め、その下に各部局等が分野の特性に応じた教育を展開することが求められているのである。

15 木を見て森を見ない評価

 大学評価・学位授与機構では、大学機関別認証評価を「大学を良くするための評価」と考えている。評価を受ける立場からすれば、評価をする側は「怖い存在」であり、当初は、訪問調査の際に随分緊張した雰囲気を感じたこともあった。しかし、説明会などにおいて、「機関別認証評価は、評価をする側と評価を受ける大学との、信頼関係に基づく協同作業」であることを強調した結果、徐々に「肩の力を抜いて」評価を受けて頂ける様になってきた。
 如何なる評価においてもいえることであると思うが、特に機関別認証評価においては「木を見て森を見ない」評価は望ましくない。「自分が評価を担当するからには、どんな小さな欠点も見逃さないぞ!」と天眼鏡を覗きながら重箱の隅をつつくことになっては困る。幸いなことに、大学機関別認証評価の評価担当者の中には、(老眼鏡使用者は多かったが)天眼鏡所持者は皆無であり、「大学を良くするための評価」に徹して下さった。
 大学評価・学位授与機構では、11の大学評価基準を114の基本的な観点から分析することでスタートしたが、2009年度から基本的な観点を99に整理統合した。観点を余りに細分化して、要素還元論的な評価になることは好ましくない。森が健全な状態であるか否かを見るのが目的であり、1本1本の木の状態や1枚1枚の葉の状態に囚われてはいけない。

16 大学の個性を尊重することの難しさ

 評価を行う際に最も留意すべきは、評価が画一化を招くことがない様にすることである。今年度評価を実施した大学のある取組を高く評価すれば、来年度多くの大学が同じ取組を始める可能性がある。そうなれば、たちまちにして画一化が進むことになりかねない。評価の結果として「金太郎飴化」が進むことを最も恐れる。
 大学評価・学位授与機構では、各大学の個性の伸張に資する評価を行うために「目的・目標を踏まえた評価」を標榜している。しかし、これは簡単なことではない。各大学が掲げる目的や目標が抽象的な場合が多いからである。明確な目的・目標を掲げている大学の場合は評価し易いが、学校教育法第83条をコピーした様な目的しか設定していない大学に対して、目的を踏まえて「個性の伸張に資する」評価をするのは難しい。しかし、可能な限り、各大学の「優れた点」や特色を発掘する様に務めてきたつもりである。

17 評価の実施体制と方法

 最後に、以上の様な評価を実施する体制及び方法について簡単に触れておきたい。
 大学評価・学位授与機構が実施する大学機関別認証評価は、大学関係者及び社会、経済、文化等各方面の有識者から構成される大学機関別認証評価委員会の下に、評価対象となる大学の数や特性などの状況に応じて評価部会を設置して、具体的な評価を実施している。原則として各評価部会は複数の大学の評価を担当し、評価部会のメンバーが対象大学毎に4〜8名で構成される評価チームを編成して、書面調査・訪問調査などの評価作業に当たっている。各メンバーは、原則として、2つの評価チームに属している。大学機関別認証評価委員会と評価部会との連携を密にするために、各評価部会の部会長は、大学機関別認証評価委員会の委員が務めている。部会長は、自ら1つの大学の主査を務めると共に、評価部会が担当する全ての大学の訪問調査にも同行し、評価に責任を持っている。大学機関別認証評価が、分野別評価ではなく大学を評価単位としていることに鑑みて、評価部会のメンバーは、学長経験者、学部長経験者などを中心に構成し、各評価チームの主査は原則として学長経験者にお願いしている。個々の大学の評価作業は、主査を中心に評価チームが当たっているが、大学から提出された自己評価書や添付資料を分析し、訪問調査の結果と併せて、評価結果をまとめる作業は、実に膨大である。
 主査をはじめとする評価チームのメンバーは、先ず、書面調査を行うのであるが、大学から提出された自己評価書及びその添付資料のみならず、大学のホームページなども参照しながら、分析を進めて行く。分析結果に質問事項などを添えて大学に送付し、約1か月後に訪問調査を行っている。訪問調査は2日間に亘り、幹部教職員・一般教職員・学生・卒業生などとの面談、授業参観、施設見学、資料閲覧などを実施する。「百聞は一見に如かず」の諺通り、訪問調査においては、書面調査では得られない様々な情報が得られ、対象大学に対する理解が大幅に増進する。教職員や学生との意見交換は、評価をする側にとって有効であるのみならず、大学にとっても改善に役立てて頂けたものと確信する。
 訪問調査を経て各評価チームでまとめられた評価結果の素案を基に評価部会において評価結果(原案)を作成して、各評価部会長から大学機関別認証評価委員会に報告する。この間、各評価部会の部会長で構成される運営小委員会が、部会間の連絡調整などの役割を果たしている。大学機関別認証評価委員会の議を経て作成された評価結果(案)を対象大学に送付し、意見申立があれば、大学からの意見とそれに対する大学機関別認証評価委員会の対応とを並記して評価結果を確定し、公表する。
 筆者は、認証評価が導入された当初から、大学機関別認証評価委員会、評価部会、評価チーム、運営小委員会に参画し、主査をはじめとする評価チームのメンバーが実施する評価作業のお手伝いをしてきたが、関係者各位が膨大なエネルギーを投入して評価作業に取り組んで下さったことに心より敬意を表し、感謝したい。「大学評価・学位授与機構は事務職員が大勢いるから、実際の作業は事務職員が行っているだろう。」という様な言葉を耳にすることがあるが、全くの誤解であることを強調しておく。事務職員が、資料確認やデータの収集、設置基準との照合、事実誤認や誤記の有無の確認、大学との連絡などを担当することは当然であるが、自己評価書の分析結果をまとめ、訪問調査の結果と併せて評価結果を執筆する作業は、主査を中心とする評価チームが行っている。暑い夏の盛に捩り鉢巻きで老骨に鞭打ちながら(失礼!)自己評価書の分析に取り組んで下さる学長経験者などの姿を思い浮かべて頂きたい。評価担当者研修会において、何人かの主査から「こんな面倒な作業を我々がやらされるのか!」と詰問されて立ち往生したときに、O先生が「入学試験と評価は、大学人が自らの手で行わなければならない。事務職員が書いて、先生がOKする様な評価を絶対にやってはいけない。」旨の発言をされ、会場の空気が一変したことが忘れられない。実際の評価において、O先生が自ら主査として範を示して下さったことはいうまでもないが、評価をお願いした先生方が全員、見識に基づく評価を遂行して下さったことに感謝したい。
 また、評価担当者が学長経験者、学部長経験者などのピアが中心であることに対して、「仲間内の評価ではないか」との批判があるが、この評価の趣旨に鑑みれば、評価担当者には大学における教育・研究・管理運営の経験が不可欠であると確信する。大学機関別認証評価は、「大学の」「大学人による」「大学のための」評価である。

18 機関別評価と分野別評価

 現行の大学機関別認証評価は大学が評価単位であり、学部・学科などを単位とする分野別評価ではない。2004年度に認証評価制度が導入されたが、それに先行する3年間、大学評価・学位授与機構は試行的に評価を実施した。その時点で大学評価・学位授与機構においては、導入される評価が大学単位であることを想定しておらず、試行的な評価は、分野別教育評価、分野別研究評価、全学テーマ別評価の形で実施された。しかし、中央教育審議会における議論の結果は「意外」にも大学を評価単位とする機関別評価となった。
 単科大学の場合には機関別評価=分野別評価であるが、複数の分野を持つ大学の場合には、全く様相が異なる。例えば、○○県立看護大学と総合大学の医学部看護学科を比べてみれば、前者については看護学の視点から詳しい評価が行われるのに対して、後者の場合には評価報告書の中で看護学分野に言及することがないかも知れない。両者は同程度の規模で同じ様な教育研究活動を行っていると思われるが、機関別評価においては、評価の密度に大きな差が出てしまう。後者の場合には、評価結果が看護学分野の教育研究の改善に役立つことは期待出来ない。現在の機関別認証評価では、単科大学の場合には「狭く深い」評価になり、総合大学の場合には「広く浅い」評価にならざるを得ない。
 中央教育審議会の答申「我が国の高等教育の将来像」において、「現在、大学は学部・学科や研究科といった組織に着目した整理がなされている。今後は、教育の充実の観点から、学部・大学院を通じて、学士・修士・博士・専門職学位といった学位を与える課程(プログラム)中心の考え方に再整理していく必要があると考えられる。」と述べられており、2008年9月11日の諮問「中長期的な大学教育の在り方について」において、「学位プログラム」を中心とする大学制度について検討が求められている。「学位プログラム」を中心とする大学制度になれば、設置審査においても認証評価においても教育課程が主たる評価対象になり、必然的に分野別評価が行われることになる。
 現行の機関別認証評価は、大学を評価単位としているために、単科大学以外については、分野別の教育課程は(ほとんど)評価の対象にされていないが、「学位プログラム」を中心とする大学制度に移行するか否かに拘わらず、教育の質の保証・改善のためには(分野別の)教育課程に注目した評価が必要であると思われる。しかし、全ての分野に対して分野別評価を行うには、現在の機関別評価より遙かに多くの評価者を必要とすることは明らかであり、現実的とはいえない。評価のコスト・パフォーマンスを考慮すれば、機関別認証評価を現状より簡素化し、分野別(プログラム)評価と併用するのが現実的であろう。この場合、分野別(プログラム)評価を全ての分野に対して一律に実施する必要はないが、医・歯・薬・看護などについては早急な実施が必要であると思われる。これらの分野については、学協会などを中心に分野別評価に関する検討が進められていると聞く。分野別(プログラム)評価については、工学系におけるJABEEなどが参考になるであろう。
 評価は、あくまでも質の保証・改善のために行うべきものであり、コスト・パフォーマンスを重視した設計が求められる。

[『大学評価研究』第8号所載]