都市型公立大学の地域貢献─東京都立大学

はじめに

 東京都立大学を始め大都市に設置されている総合大学型の公立大学(以下、都市型公立大学という)の多くは、現在厳しく「存在意義」を問われている。
 現在我が国には76の公立大学が存在するが、それらの設置環境、規模、歴史、建学の理念、設置目的などは実に多様である。しかし、どの公立大学においても、大学条例や大学規則の中に「地域貢献」に関する記述が含まれており、「地域貢献」を設置目的の一つと考え、それによって「特色」を出し、「存在意義」を明確にしようとしている。そのような中で今、都市型公立大学の場合は、「特色が見えない」「存在意義が明確でない」との指摘がなされている。大都市における「地域貢献」のあり方とともに、「研究大学」指向が強い都市型公立大学のその地域における存在意義は何かということが問われているのである。
 以下において、都市型公立大学の典型である東京都立大学の「存在意義」を「地域貢献」の観点から点検・評価し、併せて2年後に開設予定の都立新大学の構想にも言及してみたい。

東京都立大学の目的と使命

 東京都立大学は1949年に設置された。その目的と使命は「東京都立大学条例」の第一条に「東京都における学術研究の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学術を研究し、あわせて都民の生活及び文化の向上発展に寄与するため・・・」と謳われ、また「東京都立大学規則」の第一条には「東京都における学術研究の中心として、広い分野の知識と深い専門の学術を研究教授し、真理の探究に務めるとともに、実際との融合をはかり、・・・、もって都民の生活と文化の向上に寄与することを目的とする」と記述されている。即ち、都立大学は「東京都における学術研究の中心」として「教育」と「研究」を行い、併せて「都民への寄与」を目的及び使命としているのである。この「目的と使命」に関しては、ひとつの興味あるエピソードが伝えられている。設置申請の書類に「目的及び使命」として「都民のための大学」「都市生活に必要な学術の教授研究」と記述されていたのに対して、文部省新制大学審査委員会から「そのような記述を避け、広く大学の使命に即する表現にするように」との指導があり、結果として、上記の大学条例並びに大学規則となったという(『東京都立大学三十年史』)。
 開学以来50余年間、しばしば「ミニ東大」といわれ「特色がないのが特色である」などといわれながら、いわゆる「研究大学」として国際的に評価される研究とそれに基づく教育を行ってきた。しかし、今、設置者である東京都から「多数の大学が存在する東京において、都民の税金を投入して大学を持つ意義」、特に、「都民への還元・寄与」を明確にすることが厳しく問われている。
 都立大学は、石原都知事の「東京から日本の教育を変える」という戦略構想の一環として、2005年度を目途に「都立4大学の統合」並びに「法人化」という方向に向かっている。2年後に開設する予定の都立新大学の設計に当たっては、地域性を超えた「研究大学」であり続けることを当然の前提と考える大学側と、「都民への還元・寄与」こそが存在意義であるとする設置者側との間で意見調整が続けられている。

東京都民の教育

 都立大学では「都民に対して入学金を半額にする」と「都内の高校を対象にした推薦入学(理学部・工学部で定員の15%)」を実施している。これらは都民に対する直接的な「寄与」であるが、授業料に関しては、都民に対する優遇措置は講じていない。十数年前に「都内の高校を対象にした推薦入学」の導入を検討した際には、「教育の機会均等を保障している憲法に違反する」という意見が学内に存在したことを懐かしく思い出す。因みに、全学生に対する都民の比率は40%前後の状況が続いている。これに対しては都議会などからは「都民の教育機関としての機能を果たしていない」という不満が聞かれるが、教員の間に「全国区」志向が強かったことも事実である。
 東京都立大学規則の第一条には「昼間に勉学する学生のみならず勤労学生の資質の向上を目指して、昼夜同等の特色ある教育研究の成果をあげる」と謳われ、開学当初から勤労学生に対して「開かれた大学」であることを大きな特色にしてきた。夜間課程の修学年限は5年であるが、年間授業料は昼間課程の半額である。我が国の経済状況が悪かった時代には、勤労学生に半額の授業料で昼夜開講制・昼夜同等の教育を提供することは、公立大学の面目躍如たるものがあった。しかし、12年前にキャンパスを八王子市に移転したことによって都心から遠くなり、勤務時間終了後の通学が難しくなったことと、社会情勢の変化により勤労学生が減少したことなどの理由によって、理念と現実との乖離が大きくなったために、今年度をもって学部の夜間課程の学生募集を停止することを決定した。これは、都立大学の大きな特色の一つをなくすことであり、やむを得ないことではあるが、複雑な思いがする。
 一方、高学歴化が進む社会状況の変化に応えて、大学院においては社会人の受け入れを積極的に実施している。1994年度に開設した都市科学研究科は昼夜開講制を採り、今年度新宿の都庁舎において開設したビジネス・スクールは夜間課程の大学院である。これらは「都民への寄与」という観点から見て、意義が大きいと確信する。

高大連携教育

 都立大学は附属高校を持っている。大学と附属高校の間では、大学教員が高校へ出向いて「出前講義」を行い、高校生が大学へ出向いて「体験学習」を行うなど教育上の連携を実施してきた。これらは附属高校の特色として在校生や父母から好評である。
 また、全都立高校の希望する生徒を対象として、「出前授業」の一形態である「サマーキャンパス」と「体験学習」としての「オープンキャンパス」なども実施している。
 2年後に開設予定の都立新大学においては、都立高校の生徒を対象に受験勉強とは異質の密度の濃い高大連携教育を実施することにより、素質を伸ばして大学に受け入れる道を模索している。これがうまく機能すれば、大学入試の在り方に一石を投じる効果が大きいと期待される。その先駆けとして、来年度から一部で「ゼミナール入試」を実施する。これは、土曜日や夏休みに大学の授業を受講した高校生を対象に、能力・適性を判定する入学者選抜方法である。
 これまで設置者を同じくする都立大学と都立高校との連携は必ずしも密接であったとは言い難いが、こうした試みは、高校生に学問の先端に触れる機会を提供し、彼らの知的好奇心を育み、進路選択の一助ともなるため、「都民への寄与」の意義は大きい。

都民の生涯学習意欲に応える

 都立大学では、都民の学習意欲の高まりに応えて生涯学習の場を提供することを目的に、1991年に大学が八王子市に移転するのと同時に、「都民カレッジ」を開設した。以来、都立大キャンパスと丸の内キャンパスにおいて、約3千の講座を開講し、延べ12万人が受講した。都立大学のオープンカレッジとして、学部レベルの講座を中心に、一部大学院レベルの講座も交えて、純粋に「学ぶ楽しみ」「知る喜び」を求める都民の多様で旺盛な学習意欲に応えることが出来た。受講者達からは「都民カレッジ」を通じて都立大学を「自分達の大学」と認識してもらうことが出来た。しかしながら、東京都の行財政改革により補助金が打ち切られたために、10年半で閉校せざるを得なくなった。都立大学は「都民カレッジ」という「地域貢献」の大きな看板を外してしまったことになり、真に残念である。
 大学の知的財産を直接都民に還元する場であった「都民カレッジ」は、都立大学の地域貢献の柱であり、大きな特色であった。「都民カレッジ」が閉校しても都民の生涯学習意欲が消えることはないので、公開講座などの形で「生涯学習の灯」を都立大学に引き継いでいる。

産学公連携

 一般に「産学官連携」といわれているが、公立大学の場合には、主役の一つである行政が「国」より「地方自治体」を主とすることから、「官」の代わりに「公」を使うことが多い。都立大学では、これまでも様々な「産学公連携」を実施してきたが、主として教員個人の努力に負うところが大きかったと言わざるを得ない。しかし、都立新大学においては、「産学公連携センター」を設置することにより、大学と社会とのインターフェイス機能を強化して、新産業の創出やベンチャーの育成など、東京の産業の活力向上に取り組むことになる。
 また、技術実務経験者を対象に、最適な製造活動を展開するための戦略を練り実践に移していく能力や、最新の製造技術や経営に関する知識を教授する目的で、エンジニアリング・スクールの開設を検討している。

都市研究

 都立大学は大都市東京が設置している大学に相応しく、「都市に関する諸問題の研究」をテーマとして30年以上にわたる研究実績があり、その中核をなす組織が都市研究所である。都市に関わる学際的な研究のセンターとして、東京都の要請に応えるなど「公学連携」を実施してきた。都立新大学においては、研究所の機能を充実させ、政策シンクタンク的機能を強化することになる。
 一方、都市研究所と表裏一体の関係にある大学院として、1994年に我が国で初めての都市科学の研究と教育を目的とする都市科学研究科を設置した。学際的な分野の特性を活かすために、学部を持たない独立研究科とし、昼夜開講制を実施して、自治体職員など社会人に広く門戸を開いている。都立新大学においては、都市政策に対する総合的な視野と政策課題に対する洞察力や政策立案能力を併せ持つ人材を養成するために、公共政策大学院の設置を検討している。

立地条件と歴史

 公立大学の存在意義を論じる際に、見逃してはならない要素として「立地条件」と「歴史の古さ」がある。
 都立大学は、典型的な都市型公立大学であり、「研究大学」を基本としつつも、上で述べたように様々な「地域貢献」に取り組んできた。しかし、現在設置者から「都民の税金で設置する大学としての存在意義」を問われている。地方都市に設置された「地域密着型」の公立大学と比較すると、大学側も「都民のための大学」という意識が希薄であり、多くの都民も「自分達の大学」という親近感を持っていない。大学の姿勢にも問題があったが、一方において、大都市においては「地域貢献」が難しいこともまた事実である。
 もう一つは「歴史の古さ」である。公立大学は全て地域の期待に応え熱意に支えられて開学したのであるが、開学から年月が経過し、首長が代替わりを重ねると、大学の存在そのものに疑問を抱かれることになりかねない。
 都立大学は、これら2つの条件が相乗的に働いた典型的なケースである。

おわりに

 「東京都立大学の目的と使命」の項で述べたように、基本的には国際的に高く評価される研究を行い、優秀な人材を育成することが都民の期待に応える道である。しかし、昨今は、大学に対しては「すぐ役に立つ研究」「直接的な地域貢献」を期待し、卒業生には「即戦力性」「すぐ役に立つ知識」を期待する風潮が強まっている。「即戦力になる人材」は往々にして基礎がしっかりしていないために寿命が短いことが多く、「すぐ役に立つ知識」は今日、明日は役に立っても明後日には陳腐化することを忘れてはならない。「地域貢献」もまた近視眼的に捉えると、百年の計を誤ることになる。「知の創造」「知の継承」を基本的な活動としつつ、世界に向けて先取的・根源的な学術・文化の発信をすることこそが、世界都市東京の設置する大学の使命である。
[『IDE 現代の高等教育』2003年7月号所載]