日本学生支援機構の10周年に寄せる

 日本学生支援機構が設立10周年を迎えることを心よりお慶び申し上げます。
 日本学生支援機構のホーム頁には、沿革について「・・・日本育英会において実施してきた日本人学生への奨学金貸与事業、日本国際教育協会、内外学生センター、国際学友会、関西国際学友会の各公益法人において実施してきた留学生交流事業及び国が実施してきた留学生に対する奨学金の給付事業や学生生活調査等の事業を整理・統合し、学生支援事業を総合的に実施する文部科学省所管の独立行政法人として、平成16年4月1日に設立されました。」と説明されています。日本学生支援機構は、設立以来、我が国の将来を担うことになる学生達に対して経済的な支援を行うほか、若者達が有意義な学生生活を送ることが出来る様、総合的に支援を行う唯一の国の機関として、大きな役割を果たしてきました。私自身も日本育英会の奨学金のお世話になりましたが、昔も今もそしてこれからも、日本学生支援機構が我が国の高等教育を支える大きな柱であることに変わりはありません。
 設立前後のことは、今でも鮮明に思い出すことが出来ます。当時、筑波大学の北原学長とは、大学設置審議会などでお会いする機会が多かったのですが、平成16年3月末にお会いした時に、「日本学生支援機構の理事長となるべき者に指名された」ということをお聞きしました。後日、市ヶ谷事務所に北原理事長をお訪ねした時に、「理事長が本部にいないで、いつも市ヶ谷事務所にいるのは改善を要する点ですね」などと冗談を言ったことが思い出されます。因みに、独立行政法人日本学生支援機構法の第4条には「機構は、主たる事務所を神奈川県に置く。」と定められています。私自身も、日本学生支援機構の本部は市ヶ谷と思い込んでいましたが、実は横浜市緑区長津田にある東京工業大学のすずかけ台キャンパスの中に置かれているのです。
 私自身は、日本学生支援機構とは約9年間、独立行政法人評価委員会委員などの立場で係わりを持ちましたが、日本育英会や日本国際教育協会の時代を含めると、随分長いお付き合いでした。この間私は、独立行政法人評価委員会委員として日本学生支援機構部会を担当し、「各事業年度における業務の実績の評価」、「中期目標に係る業務の実績に関する評価」、「総務省の政策評価・独立行政法人評価委員会への評価結果の通知」などを実施することを通して、日本学生支援機構を第三者的な立場から見守ってきました。日本学生支援機構が実施する自己評価を基に、我々の部会が「各事業年度における業務の実績の評価」を行いましたが、膨大な量の作業を短期間で行わなければならず、しかも、他の評価関係の仕事と時期が重なることもあり、毎年7月は本当に大変でした。この評価は、年度計画の達成状況を項目毎に評価することが中心でしたが、特に、貸与奨学金の返還回収状況に対する「社会の目」が厳しいこともあり、年度計画を達成しているから「○」という様な単純なものではありませんでした。貸与奨学金の返還滞納については、「返せない者」と「返さない者」があります。前者に対しては、返還猶予などの制度が設けられていますが、問題は後者です。後者のために日本学生支援機構がどれ程苦労しているか、改めて認識することが出来ました。また、「総務省の政策評価・独立行政法人評価委員会への評価結果の通知」については、誉められたこともありましたが、手厳しい「二次評価」を頂戴したこともありました。これらの膨大な量の作業は、文部科学省の担当官達の徹夜を厭わぬ努力のお陰で達成出来たことを忘れることは出来ません。
 文部科学省大臣官房政策評価室は、平成22年6月に、「奨学金の事業規模が拡大するなか、奨学金の回収業務、法的措置等に関する業務が円滑に進んでいないなどの課題を踏まえ、第三者の立場から、財務省理財局実地調査等における指摘事項への対応状況や、奨学金事業の実施状況と運営体制を検証するとともに、今後の運営の在り方について必要な提言を行う」ことを目的として、「経営管理(ガバナンス)」、「業務改善」、「債権回収」、「制度上の課題」などについて有識者からの意見聴取を行いました。有識者として、国立大学法人理事の経験がある弁護士、数多くの国立大学法人の監査を経験している公認会計士、銀行関係者、奨学金問題に詳しい大学教授など6名が選ばれました。その中に、私も含まれましたが、独立行政法人評価委員会委員として日本学生支援機構部会を担当してきた立場としては「有識者」かも知れませんが、他の有識者達から様々な課題が厳しく指摘される度に、「評価が十分に機能していなかったから様々な課題が残されている」と指摘されている様に思え、肩身の狭い思いをしました。有識者による検証チームは、日本学生支援機構幹部との意見交換、現場視察、職員アンケートなどを実施しました。この過程で行われた日本学生支援機構幹部との2度に亘る意見交換は、極めて実質的なものであり、課題が徹底的に浮き彫りにされたと思います。5回の会合を経て、平成22年9月2日に「独立行政法人日本学生支援機構の奨学金事業運営の在り方に関する有識者による検証意見まとめ」と題する報告書が纏められました。報告書は、奨学金事業運営に関する課題を徹底的に洗い出し、運営改善のための抜本的対策を「6つの重点的課題と対応策」及び「持続可能な奨学金業務の実施体制の構築」として具体的に提言しています。この様な徹底的な検証は、日本学生支援機構にとってのみならず、その前身の時代を含めても初めての経験であると思われます。この検証及び提言は、梶山理事長のリーダーシップの下で改革に取り組んでいた日本学生支援機構の経営改善を強力に後押しする結果になりましたが、これからもPDCAサイクルが機能し続けることを願って已みません。
 この10年間に、奨学金貸与人員が約1.7倍に拡大し、現在大学生の約40%が奨学金の貸与を受けています。貸与者の約70%が有利子であるからかも知れませんが、奨学金制度不要論を主張する人もいる有様です。しかし、経済的困窮状態にある学生に対して、「無担保」、「無審査」で長期間にわたって奨学金を貸与する教育政策の観点から行われている事業である日本学生支援機構の奨学金と金融機関の教育ローンとは、そもそも目的が異なります。この辺りを国民に分かり易く伝えて、もっと理解を得る必要があると思います。
 私自身、現役の教員の時には、奨学生候補者の学内選考などにも係わりましたが、「真に奨学金を必要とする者が奨学生に採択されているか」について疑問を持ち続けていました。現在、日本学生支援機構では、奨学金を真に必要とする者に貸与するために、所得連動返還型無利子奨学金制度、奨学金貸与期間中の適格認定制度など、様々な取組を導入しています。日本学生支援機構が大学等と連携して「適格認定」を適確に実施することにより、私が現役教員時代に抱いていた疑問が相当に解消されていると確信します。
 現在外国人留学生に対する奨学金給付制度や留学生交流支援制度としての給付型奨学金がありますが、是非国内で学ぶ日本人学生を対象とする給付型奨学金制度の導入を検討して欲しいと思います。
 奨学金貸与事業と並ぶもう一つの重要な事業である留学生支援事業は、「独立行政法人の事務・事業の見直しの基本方針」(平成22年12月7日閣議決定)により、縮小を余儀なくされている面がありますが、国の「グローバル戦略」の一環として2020年を目途に、留学生受入30万人、日本人学生の海外留学12万人を目指すのであれば、日本学生支援機構の留学事業のナショナルセンターとしての位置付けをより明確にして、その機能を強化する必要があるのではないでしょうか。
 日本学生支援機構が、学生支援を先導する中核機関として、大学等と密接に連携しつつ、その機能を強化していくことが、我が国の高等教育の発展に直結すると確信し、益々の御発展をお祈り申し上げます。
[『日本学生支援機構10年史』所載]