都立新大学の設立に向けて

東京都立大学の現況

 東京都立大学は首都東京における唯一の公立総合大学であり、5学部(人文・法・経済・理・工)と大学院の5研究科(人文科学・社会科学・理学・工学・都市科学)を擁しているが、学部の入学定員は計1000名、学生総数約6500名と、総合大学としてはかなり小規模である。1949年の開学以来、「少人数教育」「アカデミックで自由な学風」及び「開かれた大学」をキーワードに、一貫して「研究」に力点を置き、国際的に高く評価される研究と、それを土台とした高水準の教育を実践してきた。
 東京都は現在、都立大学の他に2つの単科大学(科学技術大学と保健科学大学)と短期大学を設置している。

大学改革の検討

 本学では、「大学設置基準の大綱化」に対応して1994年度にかなりの規模の教育課程改革を実施した。しかしその結果、基礎・教養科目の履修において文系・理系の分離現象が顕著になり、「総合的な知の時代」といわれる21世紀を担う人材の育成のためには抜本的な改革が必要であるとの認識を持つに至った。これを踏まえて1999年4月から全学で検討を開始し、1年余を経て、教養教育の再構築を軸とする学部教育の改革、大学院の拡充、社会との連携強化などを柱とする改革案をまとめた。この段階では、都立大学という一大学の規模で大学改革を推進する予定であった。

石原知事の戦略構想

 しかしその直後に東京都の石原知事から「東京から日本の教育を変える」という戦略構想の下に、都立の4大学を改革する基本理念として「統合・再編」と「法人化(ないし民営化)」という方向が明確に打ち出された。以後幾多の曲折があったが、本学の改革は都立の4大学の統合・再編という枠組みの中で実現していくことになり、昨年7月には東京都に、都立の4大学を一元的に管理する組織として「大学管理本部」が設置された。爾来、改革構想の策定は各大学と大学管理本部との綱引き的共同作業で進められ、その成果は昨年11月に「東京都大学改革大綱」として知事から発表された。

統合・再編・法人化

 「大綱」の基本は、都立の4大学を再編して2005年度に1つの新たな総合大学に改組し、法人化するというものである。新大学の骨格は、6学部(人文・法・経済・理・工・保健科学)と大学院の8研究科(人文科学・法学政治学・経済学・理学・先端科学技術・工学・総合都市・保健科学)から成る。なお、学部の夜間課程及び短期大学課程は置かない。
 この統合・再編の検討は困難を極めた。その理由の一つは、工学系の学部・研究科が都立大学と科学技術大学の双方にあることである。新大学における工学系の学部・研究科の構成をめぐる構想策定は幾多の紆余曲折を経たが、結論としては、現在ある2つの工学部を再編して新大学の工学部を作り、2つの工学研究科を再編して新大学の工学研究科及び先端科学技術研究科の一部と総合都市研究科の一部を構成することになった。  また、東京都の厳しい財政状況の中にあって「現有キャンパスの活用」という条件の下で、新大学の研究・教育環境を構想する作業は困難であるが、基本的には、新大学の教育・研究活動は南大沢キャンパス(現都立大学)と荒川キャンパス(現保健科学大学)において展開し、日野キャンパス(現科学技術大学)は産学連携など所謂社会貢献の拠点とする方向で進めたい。尚、次段で述べる法科大学院や経営大学院などは、晴海や新宿都庁舎など都心部のキャンパスにおいて開設することになる。

教養・基礎教育の強化と大学院の充実

 新大学は「総合的な知の時代」といわれる21世紀に相応しく広い視野と高い見識を兼ね備えた人材を養成するために、学部課程においては出来るだけ学部・学科の壁を低くすることを目指している。そのために保健科学部以外では「学科」に代えて「コース制」を採用すると共に、新入生には少人数の基礎ゼミを、学部別のものと学部混合のものと2種類必修にすることを検討している。また、外国語教育、情報教育の強化を図ると共に、幅広い教養を身につけられるような教育課程を設計したいと考え「課題プログラム」「副専攻プログラム」などを検討している。尚、保健科学部の学生を含めて1年次は全員南大沢キャンパスにおいて教育することになる。
 更に、新大学では学問の高度化と高学歴化に対する社会の要請に応えるために、大学院の充実を構想している。その中身は、「生命」「物質」「情報」など21世紀の主役を担う分野の研究・教育機能を強化するために先端科学技術研究科を新設すること、東京都が設置する大学として大都市を総合的に研究するために現在ある都市科学研究科を発展的に改組して総合都市研究科を設置すること、などが主なものである。また、今までは研究者養成を主目的としてきたが、新大学では時代の要請に応えて高度専門職業人養成機能を強化すべく、法学政治学研究科に法科大学院、経済学研究科に経営大学院、工学研究科にエンジニアリングスクールを設置する。

21世紀の「知の拠点」を目指して

 全くの白紙に新大学の設計図を描く作業に較べれば、歴史や性格を異にする3大学と短期大学を統合・再編して新大学を作ることは格段に困難を伴う。しかも、東京都の財政危機による大学予算の削減、教職員総定数の削減、昼間課程学生定員の増加など極めて厳しい境界条件の下で最適解を求める困難さは筆舌に尽くし難い。しかしながら、その課題が如何に難しくても、50余年の伝統と実績を踏まえ、かつ本学が抱いていた種々の改革理念、即ち教養・基礎教育の充実、大学院の拡充、社会との連携強化などを軸に、21世紀に相応しい「知の拠点」を目指して新大学の基盤を整備することは我々の責務である。
 このような状況の下で最善を尽くしているつもりであるが、もとより新大学を評価するのは、我々当事者ではなく、歴史である。社会状況の急速な変化の中にあっても、数年後、数十年後、都立新大学は我が国を代表する公立大学としての揺るぎなき存在感を発揮し続けなければならない。そのために、守るべきものは堅持し、変革すべきものは変革するという当然の、しかし困難な判断に誤りの少なきことを祈りながら、他の3大学とともに一歩一歩新大学設立準備の作業を進めているところである。
[『文部科学時報』2002年10月号所載]