「真理」を抱いて「変化」に挑む

 21世紀最初の新入生の皆さん、入学おめでとう。皆さんは今、人生の最も輝かしい時期を迎えて希望に溢れています。それと同時に、都立大学においてこれから始まる学問の世界を前にして、多少の不安を感じて緊張していることでしょう。この冊子はそんな皆さんの道案内をするガイドブックです。よく読んで本学の履修システムを理解し、豊かな教養と確かな専門性を身に付けて卒業できるよう履修計画を立てて下さい。
 世紀の変わり目に合わせるかのように、社会は大きく変わりつつあり、物質的な「豊かさ」を追い求めた20世紀的価値観に代わる新たな価値観が模索されています。科学や技術の世界では、21世紀はBINEの時代、即ち「生命(Bio)」「情報(Info)」「ナノ(Nano)」「環境(Env)」が主役になるといわれています。つい最近誕生したこれらの新分野が大変な勢いで発展しつつあることを見ても分かるように、学問の世界も時代の大きな波に洗われています。私達は現在、「新たなる知の時代」を迎えようとしているといってもいいでしょう。時代のダイナミックな動きは一瞬たりとも皆さんを待ってはくれません。このような変化の時代に、若者は何を拠として勉強し、人生航路の舵をとっていったらいいのでしょうか。
 その一つのヒントになるのが松尾芭蕉です。芭蕉は「奥の細道」等の旅をしながら素晴らしい俳句をたくさん作りました。芭蕉の歩いたところにはその足跡を偲んで句碑が建てられています。芭蕉の句碑が全国に何百、何千あるか分かりませんが、これほど多くの人々から評価され親しまれている人物は我が国の歴史上他に例を見ないでしょう。如何なる政治家も武将も芭蕉の足元にも及ばないのではないでしょうか。まさに「ペンは剣より強し」です。
 芭蕉は「奥の細道」の旅の間に「不易流行」の思想を体得したといわれています。それは「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」即ち「不変の真理を知らなければ基礎が確立せず、変化を知らなければ新たな進展がない」、しかも「その本は一つなり」即ち「両者の根本は一つ」であるというものです。この「不易流行」は俳諧に対して説かれた概念ですが、学問や文化や人間形成にもそのまま当てはめることができます。
 人類は誕生以来「知」を獲得し続けてきました。森羅万象は時々刻々変化即ち「流行」しますから「知」は絶えず更新されていきますが、先人達はその中から「不易」即ち「不変の真理」を抽出してきました。その「不易」を基礎として刻々と「流行」する森羅万象を捉えることにより新たな「知」が獲得され、更にその中から「不易」が抽出されていきます。「不易」は「流行」の中にあり「流行」が「不易」を生み出す、この「不易流行」システムによって学問や文化が発展してきました。一人ひとりの人間も「不易」と「流行」の狭間で成長していきます。
 皆さんは今までに十数年間教育を受け、更にこれから本学において教育を受けることになります。大学は、人類が永年かかって獲得した「知」を次の世代に伝達するだけでなく、新たな「知」を創り出す働き、即ち「研究」をしています。言い換えれば、大学は「教育」と「研究」によって「不易流行」を実践する場です。皆さんは本学在学中にどのような分野を専攻するにしても、先ず基礎として先人達が残してくれた「不易」をしっかりと学んで下さい。基礎が確立していなければ刻々と「流行」する森羅万象を的確に捉えることができません。その上で、自分で新たな「不易」を見つけ出し、時代が求めている人文科学、社会科学、自然科学を融合した新たな知の体系の構築を目指して下さい。
 世の中は益々グローバル化が進み、皆さんはそのまっただ中で生きていかなければなりません。未曾有の大変化の時期に生まれ合わせた運命を前向きに捉え、「不易」を抱いて「流行」に挑み、素晴らしい人生を輝かせることを期待しています。
[『履修の手引』2001年度版所載]