日々に成就し、月々に進歩せよ
新入生の皆さん、入学おめでとう。若々しい知性と向学心に溢れた皆さんをこの
キャンパスに迎えたことは東京都立大学にとって大いなる喜びです。この冊子はこれから始まる学問の世界の道案内をするガイドブックです。よく読んで本学の履修システムを理解し、豊かな教養と確かな専門性を身につけて卒業できるよう履修計画を立てて下さい。
日本は世界に冠たる長寿国になりました。昔は「人生七十古来稀」(杜甫)と言われていましたが、これからは生命科学や医療技術の進歩によって益々寿命が延び、皆さんの多くが百歳を超える生涯を生きることになるでしょう。長くなった生涯をどう生きるかを考えて「人生百年の計」を立てる必要があります。人生が長くなるとそれだけ世の中の変化に対応していく能力も必要になってきます。21世紀はグローバリズムの時代です。国境を越えて加速度的に交流が進み、世界中の人々が文化を共有出来るようになりつつあります。皆さんはこのような新たな時代の最前線を切り開いて行くパイオニアです。時代を背負って立つ人格を確立し、将来に向けて知のエネルギーを蓄積する期間が大学時代ですから、今、大学での履修計画を立てることは、まさに「人生百年の計」を立てることに他なりません。
では、その大切な大学時代を如何に過ごすべきでしょうか。その一つの指針となるのが、本学の北門の脇に置かれた碑に書かれている「日就月將」という言葉です。これは中国の古典である『詩経』の「敬之」にある「維予小子、不聡敬止、日就月將、学有緝煕、于光明(私は聡くはなく敬意も足りないが、学問に励み、日に月に向上進歩して、光り輝くようになろう)」から採られており、「日々に成就し、月々に進歩する」という意味です。『詩経』は三千年も前に編まれた書物ですが、日々弛みない努力を積み重ねて成長していきたいという思いは、どんなに時代が移っても変わることなく人間が持ち続けている真摯な願いでしょう。人生は積み重ねです。「日就月將」を肝に銘じて勉学に励んで下さい。
「万物は流転する」(ヘラクレイトス)、「諸行無常」(仏教)、「逝く者はかくの如きか、昼夜を舎かず」(論語)、「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」(鴨長明)など先哲の名言が示すように、森羅万象は常に変化して已みません。一見無秩序に見える変化の中に「法則」を見出すのが科学です。「科学」は「変化の法則」を追究し、日進月歩いや最近は秒進分歩の勢いで宇宙万物の真理を明らかにしてきました。文系の人も理系の人も、しっかりと科学を学んで、森羅万象の真理を把握して下さい。
しかし一方、「長い間変化しないもの」即ち古典を学ぶことも忘れてはなりません。文学や芸術など古くから伝えられ生き続けてきたものには真実があります。これを継承することが文化であり、文化の継承・発展は大学に課せられた基本的な役割の一つです。古典を学び、かつそれに自ら創造した新たな文化を付け加えて21世紀を作っていくことが皆さんの使命です。これからの4年間乃至5年間は皆さんの人生にとって基礎工事の期間です。大学生の時にやっておかなければならないこと、大学生の時でなければ出来ないことがたくさんあります。意欲的に取り組んで下さい。
人間の頭脳には「記憶」「検索」「思考」の3つの機能があります。皆さんがついこの間までしていた受験勉強では、主として「記憶」と「検索」の機能を使っていたと思いますが、これから始まる大学の教育は知識を伝授することが主たる目的ではなく、知識の使い方を訓練することが中心となります。つまり、「記憶」や「検索」よりは「思考」機能を重視します。現在は知識や情報が豊富にありますから、「記憶」しておかなくても必要なときにインターネットなどを使って容易に手に入れることが出来ます。従って、ある程度以上の詳しい知識や情報は必要なときに「検索」すればいいでしょう。大切なことは、そのような知識や情報をどのように使うかということです。「記憶」や「検索」は人間よりコンピューターの方が得意ですが、「思考」は人間でなければできません。皆さんは本学在学中に、知識や情報を如何に取捨選択するか、如何に活用するかを学ぶことが肝要です。
大学在学期間中は「日就月將」の努力を重ね、科学、哲学、歴史、文学など幅広い教養を学ぶことによって豊かな人間性と総合的な判断力を持つ人間に成長して、数年後に一人ひとりが光り輝く人格となって南大沢の地を巣立って行くことを願っています。
[『履修の手引』2002年度版所載]