株式会社立大学の評価

 構造改革特区制度の下、株式会社の学校経営が特例として認められ、千代田区と大阪市の特区計画の下、昨年4月に2つの株式会社立大学が開学した。
 政府では、「特区評価」の一環として、これらの大学を調査し、株式会社立大学の全面解禁の是非を検討してきたが、去る2月9日、「平成17年度下半期に評価を行う」と決定した。すなわち、全国展開の是非に関する今年度中の結論は見送られた。  2つの株式会社立大学は、特例的な短期間(3ヶ月)の審査で文部省の設置認可を得たが、その際、改善すべき事項(「留意事項」)が多数付された。そうした少数の大学の事例に基づき、開学したばかりの時期に、「特区評価」の結論を得ようとすることには元来無理がある。本年度は当然のこと、17年度でも早すぎよう。株式会社の参入の是非を論ずるポイントが、「学校経営の継続性・安定性」である以上、「少なくとも卒業生を送り出すまでは時間をかけて十分に評価すべき」という文部省の主張は妥当なものと考える。
 一方で、最近相次いで2つの大学をめぐる不祥事が明らかとなった。このことも、「特区評価」を慎重かつ十分に行う必要性を示唆している。
 一つは、司法試験受験対策講座のパンフレットにおいて、自校関係者の試験合格占有率を水増ししたものである。これには、景品表示法違反として、公正取引委員会の排除命令という処分が下された(2月10日)。大学の設置者に対する処分として類例を見ないことである。関係自治体の首長はコメントを発表し、「学校設置会社の社会的な信用を失墜させ、大学設置事業にかかる経営をも危うくする事態」という強い憂慮の念を示したと聞く。その後、更に大学の募集用パンフレットにおいても、試験合格占有率に関する誤解を生じかねない表現が、訂正されないまま使用されていたことが表面化した。
 もう一つは、やはり学生募集パンフレット等において、未だ提携に至っていない海外の大学名を「留学提携先」として紹介したり、年次的に施設を借用する予定の明示を怠ったりしていた問題が2月に入って分かったものである。
 株式会社立大学の全国解禁を支持する意見には、「株式会社は(学校法人に比して)消費者ニーズに機敏に応える」というものがある。しかし、その大前提は、消費者・受験生への正確な情報提供ではないのか。むろん、この問題を過度に一般化して論じることは適当でないが、モデルケースとなるべき先行2社がこうした問題を起こしたことは、これまでに示されてきた株式会社参入をめぐる様々な懸念を一層強めるものとならざるを得ない。少なくとも「株式会社立学校性善説」のような極端な主張はもはや受け入れられないであろう。
 こうした問題を契機に、特区計画の策定・実施の主体である自治体は、その責任を改めて自覚し、事業者との関係を一層適切なものにしていく必要があろう。株式会社立大学の存立は、自治体が、どのような事業者の構想を取捨選択するかにかかっている。大学開設後も、学校設置会社が、自治体の特区計画の枠外の事業を実施することは認められない(既に昨年、自治体の同意を得ていない大学・学部等の設置認可申請が不認可とされた事例が生じている)。地域住民への説明責任の重さという面で、特区計画による大学設置は、従来の大学の誘致とは大きく異なるはずだ。自治体として、大学設置後の継続的な実態把握が欠かせない。
 構造改革特別区域法を見ると、株式会社の学校経営については、様々な要件が課せられている(第12条)。自治体の関係でよく話題になるのは、学校経営に支障が生じた場合に転学のあっせんその他の必要な措置(セーフティネットの構築)を行うことを定めた規定(同条第7項)であるが、そうした事後的な責任だけが求められているのではない。まず始めに、自治体は、株式会社が計画する大学の設置構想が、地域における教育・研究上の特別なニーズに合致しているかどうかという判断が求められる(同条第1項)。教育研究の内容・方法のチェックにも、自治体として一定の責任があるはずであり、事業者の提案の鵜呑みではいけないのだ。
 特区での実験そのものは価値ある試みである。例えば、今春新たに設立される学校は、初めての通信制の専門職大学院として、MBA(経営管理修士)の取得を目指した教育を行う。情報通信技術を最大限活用して、変化の激しい経済事象を教材化していく試みは興味深い。そうした様々な事例の蓄積を待って、公正な判断をするのが「特区評価」の本来の在り方であろう。
 一方、政府の規制改革・民間開放推進会議をめぐり、株式会社立学校に批判的な委員が解任された問題が報じられている。有馬元文相は、会議の公正性に疑問を呈するとともに、拙速な「特区評価」を戒めている(平成16年12月26日付『毎日新聞』)。
拙速に導かれた結論は、消費者・学生に対して大きなリスクを負わせることになる。特区の推進や規制緩和に当たって最優先されるべきは、事業者でなく消費者の利益である。この基本的考え方は、あらゆるプロセス(自治体における特区計画の策定・実施、国における特区計画の認定や大学設置認可、さらには特区評価)を通じて、貫かれなければならない。
[週刊『教育資料』885号所載]