関係的自立と学生相談

 大妻の教育は1908年に大妻コタカによって創立された。「女子も自ら学び、社会に貢献できる力を身につけ、その力を広く世の中で発揮していくことが女性の自立につながる」と確信したコタカの女子高等教育に対する情熱は、「建学の精神」として今日まで受け継がれている。「建学の精神」に基づく大妻女子大学の教育の目的は、豊かな教養と思いやりの心を持ち合わせ、真に自立した女性を育成することにより、健全で持続可能な社会の実現に貢献することである。本学ではこれを「関係的自立」と呼んでいる。昨今は、他者とスムーズなコミュニケーションが図れない若者が増加し、社会的自立が図れない者や「独善的自立」、「利己的自立」、「排他的自立」など好ましくない自立をしている者が多く見られ、理由無き殺人、親による子供の虐待、悪質な詐欺など様々な暗いニュースが報道される日々が続いている。こういう時だからこそ「関係的自立」が重要性を増している。一人一人が高度な専門知識を身につけるだけでは、健全で持続可能な社会は実現しない。近年、「人間力」、「社会人基礎力」、「学士力」、「就業力」などの重要性が強調されているが、要するに社会的に真に自立するために必要な能力のことである。これは、コタカの教育理念が、年月を経て,益々その輝きを増しているということであり、コタカの先見の明に改めて敬意を表したい。
 グローバル化時代において、地球社会の一員として活躍する人材には、「自らの文化と世界の多様な文化に対する理解」などの豊かな教養を身につけ、「高い 倫理性と責任感を持って判断し行動できる能力」を持つことが期待される。そのためには高度な「人間教育」が必要不可欠である。
 現代の若者達の多くは、インターネットなどを通じて多くの「情報」を身につけているとしても、「豊かな人間性を涵養する」機会に恵まれないまま大学に入学して来る。「教養教育」や「人間教育」は大学においてのみ行うべきものではないけれども、高等教育機関としての大学が、幅広く深い教養及び総合的な判断力を培い、豊かな人間性を涵養することなく卒業生を社会に送り出しているとすれば、その使命を果たしていることにはならない。
 我々の子供の頃と比べると、最近は、 親は子供を叱らないし、先生は児童・生徒を叱らない。過保護に育てられ、社会生活の訓練を受けないまま成長した子供達は逞しさに欠け、画一化された社会で自分をコントロールできなくなることは想像に難くない。戦後、我が国では「一億総・・・」という言葉で代表される「画一化」が横行した結果、様々な矛盾が顕在化してきた。このことを反省して「多様化」が叫ばれて久しいが、自然界や人間社会は本来「多様」であって人為的に「多様化」すべきものではない。「多様化」という「画一化」が行われるのではないかと危惧する。「画一化」にせよ「多様化」にせよ不自然なことをすれば歪みが生じる。人間は環境の変化に対して相当に柔軟な適応性を持っているけれども、歪みの限界を超えることもあり得る。近年はこのようなときに「キレル」というらしい。「キレル」という言葉にはいろいろな意味があるが、ここでは「我慢が限界に達し、理性的な対応ができなくなる」(『広辞苑』第6版)という意味に使われている。この用法は比較的新しく、『広辞苑』では第5版には載っているが第4版には載っていなかった。キレそうなときに、信頼できる人がいて助け船を出してもらえれば難破せずに済むが、一人で悩んでいても解決の糸口を見いだすことは難しい。
 大学生は勉強、友人関係、将来の目標、健康等々に関して様々な悩みを持っているが、ゼミや卒業研究以外では学生と教員とが親しく接する機会が余り多くないので、教員は学生の悩みを把握しにくいのが現状である。又、悩みの原因がはっきりしている場合もあるが、そうでない場合も多いと思われる。何れにしても、一人で悩んでいても事態は改善されない。誰かに悩みを聞いてもらうだけでも随分違うだろうし、適切なアドバイスが得られれば悩みが氷解するかも知れない。しかし、悩みを他人に打ち明けるのは勇気のいることであるし、更には、悩みを相談できる親しい友人がいない孤独な若者が多いという点が重大な問題である。教育は単に知識を伝達するだけの活動ではなく、人間形成が目標であるから、大学における学生相談が教育活動の重要な一環であることはいうまでもない。
 本学の学生相談センターでは、川廷所長の下に、3つのキャンパスの相談室と談話室において臨床心理学を専門とする19名のカウンセラーが、悩みを持つ学生達の相談に応じている。最近では年間800人を超える来談者があり手一杯の状態であるが、実際には悩みを抱えている学生はもっと大勢いるに違いない。悩みを抱えたままでは勉強に集中できる筈もないし、課外活動等に参加する気にもなれないだろう。「関係的自立の育成」を教育目標に掲げる本学において、学生相談センターの果たしている役割は計り知れない。
[学生相談センター年報 平成24年度版所載]