「出会いの丘」の不易流行

 八王子の野猿峠に大学セミナーハウスが開館して間もなく40年経ちます。この間、多くの人々がこの丘に集い、様々な体験をし、何かを学んで成長していきました。そこには師・弟、先輩・後輩、同世代同士、男・女、学生と社会人など様々な出会いがあり、真摯な議論や和やかな語らいがあり、いつしか「出会いの丘」と呼ばれるようになりました。
 この40年間に世の中は大きく変わりましたが、激動の時代を生きていく上で是非覚えておきたい言葉があります。「不易流行」:松尾芭蕉が『奥の細道』の旅の間に体得した概念です。「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」即ち「不変の真理を知らなければ基礎が確立せず、変化を知らなければ新たな進展がない」、しかも「その本は一つなり」即ち「両者の根本は一つ」であるというものです。「不易」は変わらないこと、即ちどんなに世の中が変化し状況が変わっても絶対に変わらないもの、変えてはいけないものということで、「不変の真理」を意味します。逆に、「流行」は変わるもの、社会や状況の変化に従ってどんどん変わっていくもの、あるいは変えていかなければならないもののことです。「不易流行」は俳諧に対して説かれた概念ですが、学問や文化や人間形成にもそのまま当てはめることができます。
 人類は誕生以来「知」を獲得し続けてきました。「万物は流転する」(ヘラクレイトス)、「諸行無常」(仏教)、「逝く者はかくの如きか、昼夜を舎かず」(論語)、「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」(鴨長明)など先哲の名言が示すように、森羅万象は時々刻々変化即ち「流行」しますから「知」は絶えず更新されていきますが、先人達はその中から「不易」即ち「不変の真理」を抽出してきました。その「不易」を基礎として、刻々と「流行」する森羅万象を捉えることにより新たな「知」が獲得され、更にその中から「不易」が抽出されていきます。「不易」は「流行」の中にあり「流行」が「不易」を生み出す。この「不易流行」のシステムによって学問や文化が発展してきました。一人ひとりの人間も「不易」と「流行」の狭間で成長していきます。
 大学セミナーハウスは40年間「生活は簡素に、思想は高潔に」をモットーに活動を続けてきました。約7haの森の中に様々な建物が点在しますが、本館とユニットハウスは開館時からの「不易」です。しかし、この間に世の中は大きく「流行」しました。40年前の大学生は4畳半の下宿に住んで銭湯に通うのが普通でしたが、昨今はバス・トイレ・テレビ・冷蔵庫・電話などが標準装備になっているようです。「思想は高潔に」は「不易」ですが、「生活は簡素に」の方は時代に合わせて「流行」しなければならないと考え、施設の改善に様々な努力を続けてきました。
 また、この度多くの皆様から御寄付を頂き、財団法人日本国際教育支援協会から助成金を頂いて留学生会館の建設に着手しました。これをセミナーハウスの大きな「流行」の第一歩にしたいと考えています。更に、セミナーハウスには国際活動に豊富な経験を持つスタッフや外国人スタッフもいます。この丘ではこれまでに様々な「国際的な出会い」がありましたが、これからは一歩進めて「国際交流の森」を目指して活動を展開していきたいと考えています。セミナーハウスの新たな「流行」に御期待下さい。
[セミナーハウスニュース第167号所載]

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