読  書  日  記  '00

進級も決まって、やっとほんとの冬休み。(2000.12.23更新)


『酵素反応のしくみ』   藤本大三郎:講談社ブルーバックス:680円
『卑弥呼と邪馬台国』   黒岩重吾・大和岩雄:大和書房:2000円
『豆炭とパソコン』   糸井重里:世界文化社:1400円
『ザリガニはなぜハサミをふるうのか』   山口恒夫:中公新書:740円
『プラトニック・セックス』   飯島愛:小学館:1300円
『0(ゼロ)のことをなぜラブと呼ぶの?』  稲垣正浩:大修館書店:1400円
『研究者』  有馬朗人:東京図書:1800円
『サイバラ式』  西原理恵子:角川文庫:400円
『青青(あお)の時代』@〜C  山岸涼子:潮出出版:各560円
『ヨーロッパの面白い博物館』  宇田川悟:リブロポート:1900円
『大震災名言録』  藤尾潔:光文社:1300円
『極限の生物たち』  太田次郎:光文社:750円
『沈黙の闘い』  マージョリー・ウォレス:大和書房:2400円
『キャバクラの言語学』  山本 信幸:オーエス出版:1300円
『Q&A 人体の不思議』  スティーブン・ワァーン:講談社ブルーバックス:1100円
『ありがとう大五郎』  大谷英之・大谷淳子:新潮文庫:362円
『八墓村』  横溝正史:角川書店:1500円
『津山三十人殺し』  筑波 昭:草思社:1900円
『臓器交換社会』  レネイ・フォックス+ジュディス・スウェイジー:青木書店:2600円
『タガメはなぜ卵をこわすのか?』  市川憲平:偕成社:1200円
『陰陽五行と日本の民族』  吉野裕子:人文書院:2400円
『たのしい科学あそび 生物編』  福島葉子:東洋出版:1500円
『宝石の写真図鑑』  キャリー・ホール:日本ヴォーグ社:1845円
『ピーターラビットの野帳(フィールドノート)』  ビアトリクス・ポター:福音館書店:5700円
『長崎ぶらぶら節』  なかにし礼:文藝春秋:1524円
『笑い/その異常と正常』  志水 彰:けい草書房:2400円
『分子レベルで見た薬の働き』  平山令明:講談社ブルーバックス:780円
『右利き・左利きの科学』  前原勝矢:講談社ブルーバックス:860円
『「男らしさ」の心理学』  関 智子:裳華房:1400円
『スキンケアの科学』  服部道廣:裳華房:1545円
『ボタニカル・ライフ』  いとうせいこう:紀伊国屋書店:1800円
『ガーデニングってヤツは』  田島みるく:PHP研究所:1250円
『アザラシは食べ物の王様』  佐藤英明:青春文庫:543円
『光・目・視覚 絵のように見るということ』  水野有武:産業図書:1700円
『たれづくし』  小学館:1350円
『清水ミチコの顔真似塾』  清水ミチコ:宝島社:900円
『田宮模型の仕事』  田宮俊作:文春文庫:524円
『多重人格探偵サイコ 異常心理解析書』  大沼孝次:フットワーク出版社:1400円
『だからあなたも生き抜いて』  大平光代:講談社:円
『日本のゴーギャン 田中一村伝』  南日本新聞社編:小学館文庫:533円
『私たちは繁殖しているB』  内田春菊:ぶんか社:1000円
『できるかなリターンズ』  西原理恵子:扶桑社:952円
『21世紀こども人物館』  小学館:4998円
『西洋事物起源(一)』  ヨハン・ベックマン著 特許庁内技術史研究会訳:岩波文庫:900円
『病院建築のルネッサンス』  INAXギャラリー:INAX BOOKLET Vol.11 NO.2:1200円
『移植医療の最新科学』  坪田一男:講談社ブルーバックス:800円
『トイスラー小伝』  中村徳吉:聖路加国際病院:500円
『左ききの人の本』  斉藤茂太:(株)ガイア:1100円
『Q.E.D 六歌仙の暗号』 高田崇史:講談社:980円
『脳の中の幽霊』  V.S.ラマチャンドラン サンドラ・ブレイクスリー:角川書店:2000円
『陰陽師H』  岡野玲子:小学館
『グリコ・森永事件 最重要参考人M』  宮崎学 大谷昭宏:幻冬社:1500円
『猛毒動物の百科』  今泉忠明:データハウス:2000円
『ハイテク・ダイヤモンド』  志村史夫:講談社ブルーバックス:680円
『明治の人物誌』  星新一:新潮文庫:629円
『アジア人留学生の壁』  栖原 暁:日本放送出版会:900円
『アルジャーノンに花束を』 ダニエル・キイス


『酵素反応のしくみ』   藤本大三郎:講談社ブルーバックス:680円
生き物の不思議をどんどん突き詰めると必ず突き当たる「酵素」。働きは知っていてもそれがどうやって?と いうことになると、分かっていないことが多い。それでも最近大学で習った有機化学や免疫学で、うわ〜、 結構説明できるんじゃない!!と感動することが多かったので、題を一目見て、これだっ、と借りた。

著者は「酵素で化学の復権を!」と唱える化学屋さんで、とてもユニークで分かりやすい文章を書く方。 酵素の触媒作用のメカニズムについて詳しく解説した本は少ないからと、熱心に基礎から解説している。 まさに最近やったばかりのところがたくさんあってふむふむと感心しつつ読んだ。一般向けとはいえ、 まるっきり化学に縁がない人には結構つらいところもあるとは思うのだが、ややこしいところを 飛ばして読んでも十分に面白いと思うし、多分2年前の自分ならそういう風に読んだと思う。

『卑弥呼と邪馬台国』   黒岩重吾・大和岩雄:大和書房:2000円

卑弥呼の日常と周りの勢力の動きや背景を復習したくなったので借りてきた。最近大量に出てきた出土品 などで、ますます九州説の勢いが増したが、近畿説支持者もまたしぶとい。私は状況証拠から素直に考えれば 邪馬台国は九州が自然だろうと思うのだが、それから少ししていっせいに近畿で古墳群が出来て、権力の中枢 になるまでのその移動が普通では起こりえないんじゃないかと謎だったのだが、この本ではその「東遷」もし くは「遷都」のいきさつの仮説がいろいろ出ていたので大変興味深く、腑に落ちるところもあって面白かった。

『豆炭とパソコン』   糸井重里:世界文化社:1400円

本屋で目が合った。「豆炭とパソコン」?!誰?糸井重里。有名人のインターネットとかパソコン奮闘記のような のはさほど興味はないんだけど、これは絶対面白いという確信を(装丁と紙の質からも)感じて即買い。 ぱかっと開いて前書きを読むと、「・・こんなタイトルの本を手に取ってしまったというだけでも、あなたは 好奇心にあふれた"謎をそのままにしておけない人"なのだろう・・・」(^_^;)

80歳の母にパソコンを送り、ネットで募ったボランティアのすばらしい先生を通じてインターネットへ の扉を開けていく様子が綴られている。それ自体の面白さもさることながら、それを通じて見える、新しい 道具や流行なんかよりもずっと根っこの、生活や生きるということ、それを確かにつかんで愛おしみ、 味わっている人達への、作者の驚きと敬愛が展開していき、その文章がすっごくいい。

「まるで互いを牽制しあう受験生のように、自分のことを"苦しい"と言い"豊かでない"と宣伝しあって いるのがこのごろの巷だ」「自分が幸福でないことを言い募ることで」そう言っていれば「人並みだという 安心」を得ているかのようないま、平凡な地方都市に住み、裕福でもない母みーちゃんとその仲間たちは 「快適な余生というわけでも理想的な老後というわけでもなく」「ただあたりまえに楽しそうな毎日」を 送っている。そこには過剰に元気である事を押し付けるような暑苦しさもない。

「この人達は、一番大事なものがなにかっていうことを、あたりまえのようにぜんぜん 頑固じゃなく守っている。なにかを悟っているわけでもなく、開き直って遊び回っているわけでもない。 仙人っぽくもなければ、ヒッピーっぽくもない。宗教じゃないし、コミューンとも違う。」そして「いまの 社会をおおっている明るくない雰囲気を、ちっとも怖がっちゃいない」し、「"なんとかなる"という自信がある」

結局それは「魂の問題じゃないかと思う。」「精神の健康と身体の健康」だけにとらわれて「塾とお稽古事に 通わせて自然食品を食べさせる」効率のいい方法、そこから抜け落ちるもの。「要するに」「"わぁ!"だの "ねぇ!"だのの発せられる源だ。」

『ザリガニはなぜハサミをふるうのか』   山口恒夫:中公新書:740円

子供なら良く知っているあのハサミを振り上げる威嚇のポーズのメカニズム、実は分かってきたのはごく最近。 ザリガニの専門家である著者が、ザリガニについて実にさまざまな角度から色々な事を教えてくれ、それを 通じて生き物の共通原理に迫っていてとても興味深い。また各地方の言葉や神話、歴史、文化などの方面にも 詳しいのが嬉しい。

読むにつれて、今飼っているザリガニ達に、ああすればよかった、あれはまずかったといろいろ反省点が 出てきてちょっと冷や汗。甲殻類の驚くべき体の仕組みもさることながら、考えたり覚えたりする高度な 脳を持たない動物たちが、一定の行動を「行ったり」「覚えたり」するメカニズムがとても面白い。

『プラトニック・セックス』   飯島愛:小学館:1300円

内容自体が斬新なわけではないが、著者の性格が良い。文が良い。などとあちこちの書評で書かれているが、 全く同感。どういう言動に結びつけるかはともかく、女の子というものは大なり小なりこういうもので、 娘というものも、大なり小なりこういうものなんじゃないかと思った。ちなみに買って来たのはだんな。

『0(ゼロ)のことをなぜラブと呼ぶの?』  稲垣正浩:大修館書店:1400円

なぜラブ?なぜ15点ずつ数える?なぜ子供が玉を拾う?テニスって何語?と私の中にも長年詰まっていたテニスに 関するなぞがいっぱいで、すごく興味深く面白かった。他にバレー・バトミントン、卓球についても満載。 物事の由来を訪ねる、どんなものにも深い長い歴史が詰まっていて、そこにはその分野に限らない 人というものの織り成すあらゆるものが詰まっているんだなぁと、なんだかしみじみ感銘を受けてしまう。

『研究者』  有馬朗人:東京図書:1800円

最前線で活躍するさまざまな分野の科学者たちの、よき研究者になるには、の哲学。優れた頭脳、たゆまぬ努力、 柔軟な発想、という面だけでのものすごいが、その子供のような情熱と喜びにあふれたさまがもう、ああ、 この人たちは幸せな人だなぁ〜とつくづく思う。また、便宜的に数学、物理、科学・・と分けられているだけで、 繋がっているんだから、という感覚があらためてひしひしと感じられて、もうちょっと基礎の苦手分野も勉強 しなくちゃ・・これまたつくづく思った。

『サイバラ式』  西原理恵子:角川文庫:400円

5年程前に出た本の文庫版。異能の漫画家である作者の生い立ちや思い出などの対談と漫画。好き。 ファン向けかなと思ったのだが、普段漫画を読まない家人が面白いと言っていたのでちょっと驚き。 自らに下品、バカと言うのが口癖のようだけど、この人は「お上品」では決してないのだが、シモネタ満載 の時でも、どこまでも品がいい。といつも思う。

『青青(あお)の時代』@〜C  山岸涼子:潮出出版:各560円

卑弥呼の時代が終わりに近づき、混乱が広がる邪馬台国が舞台。この人の代表作の『日出処の天子』の 聖徳太子を巡る飛鳥朝の大胆な解釈とストーリーテリングには夢中になったものだが、これもまた余人の 追随を許さぬ世界が展開していて、大満足。邪馬台国九州説をとっているのか(?)10数年で琉球圏経由の 文化言語についてかなり精通したのが伺われる。南の島の言葉や花や果物や家や、今の私には大変身近な ものがいっぱいあってそれもまた大変楽しい。

これを読み出すと、多分かなり生活に支障をきたすことが予想されたので、中間試験が終わるまで我慢した のは大正解だった。睡眠不足・電車乗り過ごし・授業出損ね(一回だけだけど・・)・関連資料をそこら じゅうから引きずり出して部屋は散らかる・・など、さまざまな弊害続出。

『ヨーロッパの面白い博物館』  宇田川悟:リブロポート:1900円 

ヨーロッパ中にあるさまざまなジャンルの博物館をカラー写真満載でたくさん紹介していてとても面白い。 この本片手にヨーロッパめぐりをしたら面白いだろうなぁと思った。 それにしても博物館と言うものあり方に、西洋文化との違いをつくづく感じる。あとがきにも「どう公平 に考えても、パブリックのために建てられた日欧の建物の活用法に断然差がついている」と述べている。 日本の学芸員(=キューレター)の苦労話はよく聞くが、よくよく根深い文化の問題があるのかなぁと いろいろ考えてしまう。

『大震災名言録』  藤尾潔:光文社:1300円

神戸出身の著者が阪神大震災のなかで集めた、名言録の形をとったレポート。あの報道にはそぐわない ので表に出ることは少なかったが、あれだけ過酷で悲惨な状況でも、それを「ネタ」にボケ・突っ込みの ひとつもせずにいられない関西気質が支えたところは実はものすごく大きい。それをつうじて、マスコミ には決して出なかった、でもとても大きな深いものをはらんだ現実がたくさん書き残されていて、軽い 読み物風ながらとても貴重な記録だと思った。

マスコミは、あくまでマスコミ的においしい話をピックアップした上編集して流しているのだというのが よく分かるが、それはつまり私たち視聴者側が、暗にこんな感じの話を聞きたい的な欲求の投影でも あるのだとあらためて思った。(でも時々真実が伝わらないと言って怒るのもまた役割なんだけど)

『極限の生物たち』  太田次郎:光文社:750円

マイナス数十度の極寒、何年にも及ぶ乾燥に耐えて甦る生物達。煮えたぎる硫黄の海で生活する 奇妙な生き物達。酸素のないところでしか生活できないもの、結構その辺の浜にいる割に実は シーラカンスよりも古い生きた化石、貝に似て非なる腕足類。ヘモグロビンを持つ植物、 「精子」を持つ木とは?!人間の尺度で言うと、とんでもない変わり者達を取り揃え、紹介し、 その謎に迫り解説していてすごく面白い。特殊な例を見ていると重要な一般性のある謎にぶつかる というのは生物ではよくあることだが、この本でも生命の歴史と進化の謎に色々な角度から迫って いて楽しい。(この本のおかげで何度も電車を乗り過ごしたり、乗り換え損ねて違う線に行って しまったり、一限に遅刻したりした・・)

『沈黙の闘い』  マージョリー・ウォレス:大和書房:2400円

イギリス育ちの黒人の一卵性双生児の姉妹。緘黙症と呼ばれる、機能には障害が無いのに、よほどの 事が無いと「話す」ことが出来ない、コミニュケーションの障害を負った二人。しかし二人だけに通じる 独特の言葉を持ち、しばしば二人で全ての動作を同調させてゆっくりと動き、わずかな視線の動きでお互い を支配し、牽制する、緊密で激しい愛憎関係。家族にも能面のような表情しか見せず、関心が無いように 振舞っており、重度の自閉症のようだが、内面には激しい感情、思想、家族への愛情や彼らを傷つけた事に 対する後悔と悔恨、思い通りに動けない自分への激しい焦燥、もう一人の自分であり、他人である同胞に 対する深い深い愛着と嫌悪、そして膨大な言葉が渦巻いていた。彼女達のかいた膨大な日記、小説に見える、 その内面に閉じ込められた世界に圧倒される。そしてきわめて興味深い。

裏表紙にかかれた推薦の言葉の抜粋「緘黙の内部に渦巻く心の真実をこれほど克明に描き出したものは 稀である。すべての精神科医や心理療法家、教師は勿論、一般の読者にお勧めする必読の書(京大医学博士・山中康裕)」

『キャバクラの言語学』  山本 信幸:オーエス出版:1300円

キャバクラのお姉さん達のコミュニケーションの技。そしてお姉さんとうまくコミニュケーションを 取るための客側の技。読みやすい面白い文だけど、人間観察と行動学、心理学の粋を集めたって感じで おぉ〜っ!と、(絵本を読む子供達の側で)立ち読みで読み通してしまいました。ほんっとに勉強になる〜。 これは臨床医師の教科書にもかなりいいんじゃないでしょうか。

『Q&A 人体の不思議』  スティーブン・ワァーン:講談社ブルーバックス:1100円

人はいつから音が聞こえるの?お風呂で指がしわしわになるのはなぜ?しゃっくりってなに?という体に関する 素朴なQ&A集。これ自体はよくあるもので、既に知っている事も多かったのだが、そんなことより!!日本人と アメリカ人の疑問の目の付け所の違いの文化比較がはるかに面白い。(後書きで訳者も同様の事を言っていた) 処女懐胎やアバラの骨の数といった聖書由来の疑問、月や太陽と死の関係、邪眼といった神話や民間伝承由来 の疑問、抜毛狂といった神経症的な人に関するもの、ピグミーや首狩族といった、珍しい未開人に対する 好奇心、日本人だったらまず聞かない。というようなものがいっぱいあって面白かった。マザーグースを 知らないとこの言い回しの意味は分からないぞってところも訳注は特になし。

それと特記すべきは「黒板を引っかく音でなぜぞっとするのか。」まだ推測の段階ながら長年の疑問がかなり納得。 こういう研究をしている人もいると知って思わずにんまり。

『ありがとう大五郎』  大谷英之・大谷淳子:新潮文庫:362円

人間が餌付けした猿に奇形が続々と産まれるようになったのは1970年代。添加物、環境汚染というと最近の トレンドのようだが、様々な公害訴訟がまだ続いており、悲惨な公害病患者が大勢いた当時の方が、世界が 汚染して滅びていく恐怖心と不安は、今より遥かに生々しかった。この淡路島の猿山の奇形猿の写真集も 当時話題になったものだ。

そのカメラマンが余命は幾ばくもないと思われる四肢欠損の小猿を家に連れ帰った。 それから2年4ヶ月で生涯を終えるまでの家族との奮闘記とたくさんの写真。四肢こそないが、知性も感情も 豊かで、体全体で元気に動き回った。みんなに愛されて幸せに過ごした様子がよくわかる。けどその苦労は 並大抵ではなく、しかもその殆どを体の弱い奥さんと、まだ母親の必要な子供達が担っていて、読んでて つらいぐらい大変そうだった。家庭内の事情は知りませんが、英之氏、写真撮る以外にもちょっとは 手伝えよぉっ。と言いたくなった。

この奇形猿の写真集は、多分10才前後ぐらいに小学校で見た。職員室の廊下の、職員用参考図書の本棚に あったのだ。それは児童用のものではなくて持ち出したりしてはいけないものだったので、その場で夢中で 立ち読みしたのをよく覚えている。古い木の校舎だったので、その薄暗い黒っぽい廊下や壁の色、小さな 四角いガラスのたくさんはまった窓から指す光、床板の節穴からふわーっと吹き上げる、土と埃の匂いの するほそい風、その廊下の端で夢中で本を抱えている小さい自分、という場面が映画のシーンのように頭に はっきりと残っている。

『八墓村』  横溝正史:角川書店:1500円

小説のモデルとなった事件を詳しく調べたので、映画も新旧見てはいるけど、あらためて読んで見た。 深く澱のように沈んだ怨恨から鬼と化した実在の犯人と違って、こちらは強暴な狂人の発作になっている ので、直接拝借したのはイメージだけではあるが、土俗的なものと近代化の軋轢、圧迫、共同体というもの の影の部分が、奇想天外なフィクションの中でリアルに捕らえている。戦前の、とくに田舎の人にしてみれば、 このリアルさは生々しすぎて、目をそらすべきものだったが、最近の人にして見ればそれはもうリアルでは なく、大げさなおどろおどろしさ、面白い虚構にしか見えないのでブームになったと聞いた事があるが、 とてもよく分かる。私は決して、現代・都会至上派ではないが、それでも今の報道の、昔の共同体は 人間らしい健康的なユートピアで、現代や都会は非人間的で、凶悪犯罪が増えているという安易な上に、 間違いも多い論調を見ているとかなりうんざりする。

add↑花村萬月が週刊誌の対談で自分の推薦ベスト本のひとつとしてあげ、 筋は知ってても、土俗的なものと現代の葛藤みたいなところで、何度も読ませるんだよなぁ。 と話していて、うんうん、と思った。

『津山三十人殺し』  筑波 昭:草思社:1900円

大分の少年による一家殺傷事件に、この事件を連想させる点がいくつかあったので、あらためて詳しい 資料を探したらこの本にあたった。なかなか在庫がなくて、かなり探した。津山事件とは、昭和13年に一人 のおとなしい秀才青年によって起こされた、一夜にして部落の3分の1を死に至らしめた世界でも珍しい 大量殺人事件。この事件はそう有名ではないが、横溝正史の小説「八墓村」のモデルとなった事件である。30代以上なら、 頭に角のような二本の懐中電灯、胸には大きなライト、両手に猟銃と日本刀を持って疾走する、山崎勉扮 する殺人鬼のイメージを覚えている人は結構いるのではないだろうか。(去年下関で、薬物で錯乱状態に なった男による通り魔事件があった時、目撃者のおじさんが「まるで八墓村のようだった」と語っていた。)

新聞記者だった著者は、正式な調書や報告書、関係者の証言などの膨大な資料を網羅し、生い立ちから犯行 にいたるまでの経過を実に綿密に正確に掘り下げていて、当時の共同体や時代の濃厚な圧迫感もよく 伝わってくる。その時代の農民の暮らしぶりなどの資料としても実によく出来ている。

『臓器交換社会』  レネイ・フォックス+ジュディス・スウェイジー:青木書店:2600円

レポートの課題図書。臓器移植、人工臓器の発達にまつわって生じる光と影。新しいものに対する研究者、 国民全体が抱く熱狂的な期待と、根拠のない楽観性。様々な感情のうずや、制度、組織、マスコミの問題点。 人工心臓の埋め込みの歴史はことに興味深かった。ジャービック7型人工心臓の写真は子供のころ驚異の 思いで見た記憶があるし、その輝かしい未来を夢見ていた世間の雰囲気も覚えているからだ。その陰は知る よしもなかった。また、アメリカならではの文化性、宗教、思想から来る流れのという面にかなり標準を 当てており、アメリカという国の一面や雰囲気がよく伝わってくるとも思った。

でも、なんだかすごく読みにくい。私の理解力のせいもあるだろうが、アメリカ・ジャーナリスティックな 引用の多い、攻撃的な文体がうっとうしいというものあるし、もっと訳文をすっきりしてくれればいいの にとも思った。

『タガメはなぜ卵をこわすのか?』  市川憲平:偕成社:1200円

「虫に関しては小学生ぐらいの知識しかなかった」水族館の職員の著者が、魚のほかに水棲昆虫も一緒に 展示しよう。と企画し、夢中になっているうちに、ついには生物界を驚かすような研究を成し遂げた!その 過程が本当に、楽しく、生き生きと綴られている。読んでいてこっちもワクワク。幸せな気分になった。 小学生から読める、総ルビの本。

子供向け本売り場を見ていると、私の子供の頃にはなかった流れのものが目に付く。「子殺し」「利己的遺伝子」 の本能にまつわるものだ。これが子供向けにどう説明されているか、つい興味深くて覗いてしまう。

『陰陽五行と日本の民族』  吉野裕子:人文書院:2400円

古代から伝わった中国の陰陽五行の思想が日本の祭りや風俗にどのように現れ、残っているかを、豊富な 例をあげ深く考察していて、非常に面白い。今となっては出所の分からないしきたりや祭りなどの来歴が 鮮やかに解き明かされていく様は、ワクワクする。日本の伝統、固有の日本らしさと 事あるごとに言われ るものの基礎奥深くに深く浸透し、絡み合った外来の思想文化の存在を知るのは、いろいろな意味で 目が開かれて気持ちが良い。

『たのしい科学あそび 生物編』  福島葉子:東洋出版:1500円

おじぎそうのおじぎのメカニズムを詳しく分かりやすく載せている本を探して、大きな本屋で一般向けから 大学レベル以上まで、延々と見て回り、意外とぴったりのが無いなぁ〜と捜索範囲を広げていて、見つけた! 分かりやすく、正確で詳しく、絵もいっぱいで、漢字にはふりがなまで付いてる!つまり小学生用の夏休み の自由研究コーナーにあった本。でも侮るなかれ、生物関係の、簡単に出来るがなかなか深い実験や観察が 満載で、しかもその解説も深くて分かりやすい。専門用語も漢字できちんと記されているが、 全てにふりがながついて、注も細かい。いい本見つけた。

ちなみに、おじぎの起こる仕組みのマクロはこの本にも載っているようによく分かっているが、それが どういう化学物質の介在と連携かという分子レベルは諸説あってまだまだ謎らしい。それでもこれをずっと 専門にやっている慶応の先生が、「お辞儀物質」を発見したとのことで、詳しい解説が「遺伝」という 専門誌の1997年12月号に載ったのをインターネットで発見!大学の書庫の奥で見つけてコピーした。 そこでも解明すべき点は山ほどあると結ばれているので今後もチェック!

『宝石の写真図鑑』  キャリー・ホール:日本ヴォーグ社:1845円

宝石、貴石といわれるものについての小ぶりなオールカラー図鑑。産地の分布や、物理、化学的性質、 結晶というものについて、加工の種類や歴史、技術という全体についてといったページのあと、130種に ついての詳しい項目が続く。硬度や組成、原石の写真、種種のカットによる加工品、ジュエリーとしての 完成品例など、とても内容充実で、写真も美しく、見飽きない。宝飾品を集める趣味はないのだが、 面白い石やきれいな石は大好きで、すぐ拾って帰ったり、めのうの切片標本(確か500円だった)を持って たりする私にはとても楽しい本。

『ピーターラビットの野帳(フィールドノート)』  ビアトリクス・ポター:福音館書店:5700円

日本でもお馴染みのピーターラビットの作者のイギリス女性、ビアトリクス・ポターと、舞台となった湖水 地帯や彼女にまつわる様々な人に付いて詳しく書かれており、資料や彼女のたくさんのスケッチもオール カラー。ボリュームもあり、美しく、楽しい本。彼女に関してはピーターの生い立ちよりも彼女のキノコ の研究に付いてクローズアップしている。目を見張るような素晴らしい精密な水彩スケッチ。その時代の 良家のお嬢様らしく、学校に行かず、屋敷周りの自然の中だけで育った環境は彼女にとって良い事も いっぱいあったが、一方その時代、社会の慣習、道徳、女性であると言う事は、重く暗い、二重三重の鎖と なって絡み付いている。彼女はこよなく自然を愛し、科学者になる事を強く望んでいたのだ。 肩書きは一切無視して、素晴らしい頭脳、才能、見識のある人に深い敬意を寄せ(地元のアマチュア・ ナチュラリストの郵便配達夫、チャーリーの影響は大きい)、貪欲に教えを乞い、その力を伸ばし、 まだ誰も成功していなかった発芽実験に成功し、論文を次々に書く。しかし権威の場に出ると門前払いの 日々。そこにはキュー植物園も登場する。

ピーターラビットの絵は昔から好きだった。ウサギやリスもかわいいが、その周りの植物の一本一本が、 子供ごころにも、これを描いた人って、本当に植物や動物が大好きで大好きで、面白くて、ジーっと 眺めてたんだろうなぁというのがありありと伝わってきて、嬉しくなったものだった。科学者になりたかった と言うのは初めて知ったが、とても腑に落ちた。以前湖水地帯に行ったのだが、その美しさも さる事ながら、日本では夢にも考えられないような、美しい、時の流れすらなかったかのような観光地の 管理の仕方にも、愕然としたものだった。

『長崎ぶらぶら節』  なかにし礼:文藝春秋:1524円

明治、大正、昭和。長崎の貧しい村、華やかな花柳界、明治女たちのきりりとした美しさ、忘れられた 古い歌を探す学者と、彼に一途な愛を捧げた主人公の芸者。細やかな表現力に、読みやすい面白さ。登場 人物はみな生き生きとしていて、肌のぬくもりや息遣いが伝わってくるよう。私にとっては小さなころから 馴染んだ九州なまりも懐かしい。引き込まれて一気に読んだ。が、

でもね〜読んで一抹の寂しさと言うかむなしさを覚えました。主人公の芸者の恋人の学者の男は、確かに 魅力的ではあるが、にこやかでかわいらしく、子供をいっぱい産んで家を守って、夫の遊びにも学問にも 理解の深い、女神のような奥さんと、あくまで分をわきまえながらも情熱的で献身的な研究の協力者でも ある愛人とに囲まれて、好きなだけ研究して遊んだらそりゃー結構でしょう。滅私で尽くす女の崇高さ 美しさを書かせたらやっぱり男性作家は水を得た魚ですね・・

『笑い/その異常と正常』  志水 彰:けい草書房:2400円
(出版社名の「けい」の漢字が出ない。剄のつくりが'力'になっている字)

精神科医である著者が「笑い」というこの不思議なものについてその系統発生、個体発生の歴史、起源や メカニズム、その認識の仕方や種類、精神を病んだ時の異常な笑いの本質に付いて、また文化の差や、 日本人独特の笑いの構造と多岐に渡って解説。どの項目もとても興味深く、図や写真も多くて読みやすく 面白い!演技者によるいろいろな笑いの質の写真が載っているのだが、「躁状態の患者の高揚した表情」の 写真が足裏診断の人にすごーく似ていた・・。

『分子レベルで見た薬の働き』  平山令明:講談社ブルーバックス:780円:860円

薬はどうやって効いているのか?経験則による長い長い歴史のある薬学の、そういう面が本当にわかって きたのはつい最近。物理、化学、生物、医学、の粋を尽くした研究がいまも進められている。分子の巧妙な 立体構成と、そのパズルの連続による相互作用は、薬学以前に生き物というシステム自体に感動する。 薬学の研究って言うのも楽しそうだなぁ〜と思ってしまった。

『右利き・左利きの科学』  前原勝矢:講談社ブルーバックス:860円

利き手についてのメカニズム、現在分かっている事、様々な統計や実験結果などが満載で、かつ非常に 分かりやすく系統だって解説してあり、とても面白かった。左利きの天才や、鏡像文字についてのデータや 考察も多い。この問題を考えると脳の機能の分布や連携の仕組みなどに深く入りこんで行き、発生時の いろいろな問題、ホルモンの影響、先天的後天的な性質と、生物の不思議から、左右って?という世界の 不思議、社会的な立場や多数派の反応、タブーの発生、と行った社会心理学的な問題にまで入って行って、 とても楽しい。

『「男らしさ」の心理学』  関 智子:裳華房:1400円

犯罪の性差について調べていたので読んでみた。読みやすいが、今一つまどろっこしい。社会的な刷り込みや プレッシャーが形成する、後天的なものの大きさはもちろん非常に重要だとは思うのだが、仰々しい アンケート取らなくてもこれって周知の事なんじゃないかとか思ってしまうことが随所にあったり、 生物学的な要素がやけにあっさりとしか触れられていなかったりとか、なぜそうなるのかのメカニズムを もっと生命の神秘にまで迫ってしまうぐらいがんがん掘り下げて教えて欲しい。文化、社会的なものの 形成に根には、生物としての特性や、メカニズムはもっと深くかかわっていると思うんだけど・・・ と素人ながら隔靴掻痒な感を持った。

『スキンケアの科学』  服部道廣:裳華房:1545円

皮膚というのはどういうものか、その構造や生理学を非常に詳しく分かりやすく解説し、スキンケアや 化粧品の働きにも詳しく触れている。なんか皮膚ってすごいなぁ〜と感動してしまった。 それとともに、なんとなく聞き流していたきれいな化粧品のCMにでてくる「ジンクピリジオン配合」、 だの「天然保湿成分配合」といった文句の裏には、こんなすごい研究開発の蓄積があったのかぁと 改めて目からうろこだった。

『ボタニカル・ライフ』  いとうせいこう:紀伊国屋書店:1800円

下のセミプロガーデニング愛好家とは違い、土はいじりたいが都会生活は楽しみたい、そんな自分を 「ベランダー」と命名し、てきとーに楽しむ。時には過剰な愛情を注ぎすぎて裏目に出、世話が面倒なとき の手抜きで手遅れになり、枯れたのを認めるのがイヤで見ないフリをして数ヶ月過ごしたりもする。 知識はあるけど面倒なので土作りをしない。箱に入れ、肥料を混ぜて使いまわす古い土につけた名前、 「死者の土」にウケました。

しかし研究をし、せっせと手を入れ、報われたときの喜びに浸り、こんなの変だと思いながらも、 わがままな恋人に気を使うように振り回されるのを楽しんだり、ついでに買った金魚などの動物にまで 振り回され・・・という日々が実にうまい面白い文章でつづられている。さすが、いとうせいこう。 仕事の依頼ではなく、書きたくて勝手に書いてはHPに載せていた文章とのこと。講談社エッセイ賞を 取ったのでけっこう話題になった本でもある。

『ガーデニングってヤツは』  田島みるく:PHP研究所:1250円

作者のガーデニング奮闘マンガエッセイ。楽しいあけすけなギャグの作風はよく知っていたが、へぇ庭仕事も 好きなのかーと何気なく手にとったら、とっても面白かった。彼女はなんと農学部出身。てきとーに楽しむの が信条とは言っているが、私から見ればセミプロだ〜。いつもマンガに登場する愉快なだんなさんの実家が 園芸農家ってのも発見。楽しんでいるのがいっぱいに伝わる、ギャグタッチのマンガも面白くて読みやすく それでいて知識もいっぱい。農学部時代の話も面白かった。いつもやりたいなーと思いながら場所が無くて 出来ない焼土(殺菌のために土を焼いて再生する)の様子も載っていて笑えた。

『アザラシは食べ物の王様』  佐藤英明:青春文庫:543円

フィールドカメラマンの著者が極寒の地で体験したイヌイット達の食生活。ただしここでも、文明化が 着々と進んでいるので、中にはすでに珍しいものになっているものもあるが、それでもすごい。食材豊富な 南とはまったく違う厳しさ、たくましさ。寒いところ独特の生食も多い。そういう厳しい状態で夢見たような リッチな状態に浸っていると、またそういう食の原点に触れたくなるのが人間の性なんだろうなぁ、と このての本を見るたび思う。そんな状態に戻されたら絶対いやになるってのが分かっていても。

『光・目・視覚 絵のように見るということ』  水野有武:産業図書:1700円

目とはなにか、その構造、働き、発生、進化の歴史、見えるということはどういうことか、脳はどのように その情報を処理しているか。すっご〜〜く面白い!!最近習った第3の目やホルモン、また子供の頃からの 「なんで見えるの?どうやって頭はそれを解析しているの??」といった疑問にたくさんヒットしていて嬉しい。 小さな頃に母に仕込まれた、絵を描くときの明暗の強調の仕方などの基本が、脳の図形処理にもとても マッチした手法であることを知ったのがまた面白かった。

『たれづくし』  小学館:1350円

人気キャラクター「たれぱんだ」の本第2弾。グッズ紹介カタログ他,作者のインタビューや誕生秘話、 作画の作業の様子など。大ファンとか集めているとか言うわけではないのだが、このキャラクターが ひっそりとマイナーな店の片隅に現れたとき「ややっ!これはっっ!」と一目で「目が合って」しまった。 でもこれはいわばマイナー向けと思っていたのに、こんなに広がり広がり,グッズが増えて一大ブームに なるとは思わなくてびっくり。実際、これを見たときの反応って、すごく人によって違ってて面白い。 新聞、雑誌等で様々に「分析」されていたりするのを見ては、我が子の成長を見守る気分で見てました。

『清水ミチコの顔真似塾』  清水ミチコ:宝島社:900円

しょーもないけど読んで読んでー!と妹に無理やり貸しつけられ、え〜私忙しいんだけどぉ、と渋々 受け取ってちょっと開いたら、ウケてしまって思わず全部読んだ。清水ミチコが様々な有名人に扮した 顔真似・変装写真とそのコメント。ほんと観察力あるなぁ〜とその本質を突く真似の仕方と、 デフォルメに受けつつも、ある時期の有名人のピックアップ集って、なんてその時代を映し出して るんだろうとほんの数年前の世相にノスタルジーをしみじみ感じてしまった。

『田宮模型の仕事』  田宮俊作:文春文庫:524円

小さな木製模型会社から世界のタミヤになるまでのドキドキワクワクの一代記。次々に襲い掛かる経営の危機、 時代の変化、数々の失敗や挫折、その苦難は計り知れないのに、はじからはじまで、とにかく模型が好きで 好きでたまらない田宮社長の幸せな気持ちが満ちている。決して妥協を許さない模型への愛情の深さと こだわりを、コストや経営を考えた力配分や戦略、人の使い方と見事に両立させているのがすごい。

取材に行った先々では、誰もがあまりのその熱心さにあきれかえり、世界中の模型好きをうならせ、狂喜 させていく様子がとても楽しい。はじめてアメリカのプラスティック・モデルを見たときの驚きや、世界中 での取材行脚、ホンダのF1との幸せな歩みや、データを取るために買ってしまったポルシェをよってたかって バラバラにしてしまい、呼ばれた整備員が仰天した話など、どれも読んでいてにっこりしてしまう。

私が小学生のころクラスの男の子がこぞって夢中になっていた、箱庭の戦場、「ジオラマ」作りの生まれた いきさつや、ミニ四駈のブームの様子なども、こういうことだったのかぁと面白かった。

『多重人格探偵サイコ 異常心理解析書』  大沼孝次:フットワーク出版社:1400円

最近立て続けに少年の猟奇殺人が続いて、マスコミでもあーだこーだといろいろ記事にしているが『多重人格 探偵サイコ』ってやたらグロな殺人や死体を嬉しそうにいじりまわす筋が延々と続くマンガがすごく人気 だっていうのは、ぜんぜん気にならないのか知らないのか取り上げてるのをあまり見ませんね・・・。

それはともかく、そのコミックの筋をいろいろ解析したり、設定に無理や矛盾があるとか難癖つけたりと いった解説とともに、猟奇殺人の心理や、傾向についての考察。実際の猟奇殺人者のケースのリストと考察が 興味深かった。この手の犯罪はほとんどが男であるといった犯罪の性差の構造は昔から興味あるので けっこうケースを集めているのだ。(スプラッターは大の苦手なのに・・・)

ただやたら断定的なプロファイリングとか、女性ならここはこう反応すべきと言ったオヤジの思いこみ 押し付けまがいのとことか、ちょっと薄っぺらいようなとこが気にはなった。

『だからあなたも生き抜いて』  大平光代:講談社:円

いじめによる登校拒否から非行、極道の妻、離婚、ホステスとどん底をさまよっていた著者が、理解し、 支えてくれる人の力を得、ついには司法試験に一発合格するまでも様子を綴った半世紀。 「元気をくれる本」といったキャッチフレーズはいまいち好きではないが、読みやすく、面白い。 家のことをしながらの受験勉強の様子なんかは私にはかなり懐かしいとこもあった。(この人の集中力と 根性には遠く及ばないが・・)自分を貶めるような復讐や意地の張り方をしても何もならない、という 叔父さんの言葉が、作者も今となっては深く身にしみているというのが、すごく分かるけど、そこまで 頭が回らないのが幼さってもんだよなぁとしみじみ思った。

『日本のゴーギャン 田中一村伝』  南日本新聞社編:小学館文庫:533円

近年注目された亜熱帯を描いた日本画家の伝記。幼少の頃から圧倒的な才能で天才の名を欲しいままにし、 芸大にも何の心配もなくすんなり合格した一村(同期に東山魁夷など)。しかし生活苦に加えて、絵への 情熱の激しさと、一切の妥協を許さない完璧主義、全く世に媚びることをしない不器用な性格と、それで いて人にはあくまで誠実という、浮き世に生きて行くにはあまりにも不利な人となりで不遇の生涯を送る。 晩年は奄美の熱帯の動植物に魅せられて、そこに住み、生活苦の中で素晴らしい作品群を書いた。 才能というものの凄まじさと、彼を支援した様々な人物達、一生結婚もせず、底なしの愛と信頼で支え 続けた美しい姉、時代の流れ、奄美の風俗、たくさんのものが凝縮した伝記である。

私がこの絵を初めて見たのは新聞の特集のカラーページ。ぎょっとして目が釘付けになった。その絵が あまりにも精密で美しく迫力があるというだけでなく、自分が初めて奄美の島(だんなの故郷)に行った時に、 そこで受けた感じと心象風景にあまりに酷似していたので。この感覚は、南国ではないところで育って、大人に なってからそれに接した人の物だと確信したが、もしこの作者が奄美出身の人だとしたら、自分の中の 理解を大幅に修正する必要があるなと思って調べてみた。すると田中一村は東京、千葉の在で暮らしていた 人で、埼玉の田舎で育った私としては大変納得した。

『私たちは繁殖しているB』  内田春菊:ぶんか社:1000円 

もはや大御所感さえ出てきた異色の育児コミック。2人目の妹が加わりますます快調。この本を貸してくれた 妹が「この人、お姉ちゃんに似てるよね〜」私もよくそう思う。顔とか色気とか男遍歴とかじゃなくて、 (その辺は全然似てない)物の感じ方や考え方の系統がね。育児本は読んでて気色悪くなることが多くて、 ほとんど持ってないがこれは例外。

<追記>というわけで、彼女の世間でどう言われているかとは関係無しに、それはどういうことなのか (ものなのか)の本質を見ようとしてる、って感じが好きだったし面白かったのだが、最近どうも失速して いる感じが著しくて結構悲しい。

『できるかなリターンズ』  西原理恵子:扶桑社:952円 

楽しみにしていた西原ドキュメンタリー(?)漫画の続編。ロボットコンテスト出場、自衛隊体験入隊 タイやカンボジアの話、インドネシアの暴動、相変わらずの絶対正当路線にならない面白さ&鋭さ!満喫。

『21世紀こども人物館』  小学館:4998円 

子供に買ってあげるとかなんとか言いつつ、自分が欲しくて買った本。科学者、政治家、芸術家、発明家、 冒険家、子供向けに伝記が出版されているような諸々の著名人+αの人物辞典。オールカラー見開きごとに 一人、生い立ちや業績や色々な資料が、写真、図たっぷりで解説されており、見ていて飽きない。ほんとに、 みんななんてすごいんだろう〜と、素直に感動してしまう。関連の人物の資料もたくさん挿入されており、 さらに後ろの索引には、書ききれなかった人物についても沢山載っていて値段だけの価値は十分ある。 見開き156人、総人物項目850人。総ルビの漢字表記がまた良い!

『西洋事物起源(一)』  ヨハン・ベックマン著 特許庁内技術史研究会訳:岩波文庫:900円

19世紀初頭の科学史、技術史の草分けとも言うべき膨大な著作。なおかつ軽い読み物としても読めるよう、 注釈を大量に入れて本文を読みやすくまとめていてとても面白い。複式簿記から、チューリップ、様々な 道具、薬品、技術、保険といった制度、・・今では当然のように手にしている様々な物を完成させるのに どれだけの時間と沢山の人々の知恵と努力と試行錯誤が費やされたかという事実に圧倒されると共に、 各時代の社会的背景、科学の発展のプロセスなどもからんでワクワク。また、今のようにはっきりと 分けられていない、物理学、化学、生物学、薬学、医学、天文学・・・といったものが、泥臭くダイナミックな 力で作り上げられていく様がとても面白い。

17世紀にヨーロッパ中を巻き込んだ有名なチューリップのバブルの様子を説明している章では、その過程と いい、人々の言動といい、世の動きといい、読んでて笑っちゃうぐらい、つい最近の日本のバブルとそっくり。 また、この本が極めて重要で世に出すべきと長きに渡る大変な努力で訳に当たった、特許庁の事務官達と ラテン語等で協力した専門家達の情熱に拍手!!

『病院建築のルネッサンス』  INAXギャラリー:INAX BOOKLET Vol.11 NO.2:1200円

聖路加病院の建築を通して、病院建築の歴史、築地、明石町という町のシンボルとしての歴史や町の歴史、 文芸に見える当時の様子、ヨーロッパの修道院に遡る病院というものそのものの歴史とその変遷、日本に おける大学病院の構造の歴史やその背景となる時代ごとの医学の流派の流れなどを、各方面の専門家が 寄稿しており(論文をそのまま載せたのもあるので、やたら詳しい)、大変充実した本。美しい写真、 古い貴重な写真、また色々な国や時代、また日本各地の帝大の設計図面も沢山載っていて面白い。

日本の大学病院の独特な封建制、徒弟制が形成されていく歴史とその変遷なども、なるほどーと思う ところが多かった。ナースとの、パートナーシップの考え方も根本的に違う。流派が混在していた時代の、 医師が受けた教育の流派の見分ける方法。手術中に使用済みのガーゼなどをナースの差し出すトレイに 丁寧に入れていくのが米式、トレイを無視して床に投げ捨て、後で片づけさせるのが独式・・・だったそうだ。

冒頭の建築家と、前院長,施設課次長の対談がとても面白かったが、この院長先生は随分建築にも 造詣の深い人だな〜と感心していたら、少年時代は建築家になりたかっとのこと。あっこういう人がいる〜 と、大昔、建築学科を受けた私はちょっと嬉しかった。(←早稲田の建築を受けて落ちた。)

『移植医療の最新科学』  坪田一男:講談社ブルーバックス:800円

角膜移植手術の第一人者である著者が、心臓、肺、肝臓・・・と言った各臓器の移植について、免疫の不思議、 発生、分化の妙,倫理的な問題、感染、クローン、移植医療の組織やビジネスの現状、将来の展望などを 分かりやすく説明している。近頃ニュースで騒がれた肝臓移植が、こんなにややこしい手術だったのかとか、 免疫って何てすごいんだろうとか、文化や、倫理の問題は難しいなぁとか、各章ごとに驚いたり 考え込んだりの、とても面白い本だった。こういう手術もカエルだったら楽なのかな、じゃあちょっと やってみたいなぁ等と思う度に、悪いことでも考えたような気がしてしまうのがジレンマか。

精神状態と免疫の強さの相関が強いことはよく言われるが、この中で紹介されていた角膜移植をした女性の 話もとても興味深かった。拒絶反応がどうしても収まらず、医師達も苦労していたがある日を境に急に良く なって、何だかよく分からないけど、まあ良かった良かったと退院させた。後日、その患者から手紙が 来て言うには、実は他人の目が入っているのがとても気持ち悪くてイヤで、でもそんなことを考える自分を 責めていたというのだ。ある日夢にドナーが出てきて、折角の目をダメにして申し訳ないと謝ったら、 その人は優しく許してくれて、夢の中でずっと泣いていた。目を覚ますと気持ち悪いという気持ちが すっかり消え、感謝と共に受け入れる心境になっていて、その日から急に拒絶反応が消えていったらしい。 「非科学的と怒られるかも知れないが、なるほどと思った」と著者は紹介している。

『トイスラー小伝』  中村徳吉:聖路加国際病院:500円

聖路加国際病院の創設者であるミッション・ドクター(宣教医師)のトイスラーの伝記を、共に病院創設に 尽力した同僚医師がまとめた本。エネルギッシュで冒険好きで、ろくに知られてもいず、教会事務所からも ここはやめた方がいいと言われた明治初期の東京の「ほとんど小屋」の診療所にやって来たトイスラー。 医師としての情熱のみならず、並外れた政治力、フットワーク、人望、宗教的な熱意、当時の時代背景が 大きく後押ししたアメリカとの良い関係、ゼロから始めた資金集め、看護婦教育への多大な功績、戦争、 震災をのりこえた病院スタッフの素晴らしい働き、きら星のような各界の要人との交流と、一大歴史 スペクタクル映画か大河ドラマを見ているような伝記。非常に面白かった。(本屋にはない。病院の売店 に置いてある。)

『左ききの人の本』  斉藤茂太:(株)ガイア:1100円

精神科医である著者が、思い出深い左利きの銀幕のヒロインや、文化による違い、日常に意外とたくさん ある左利きの人には不便なこと、スポーツや芸術に強い人が多いといわれる説について、兄弟と左利きから 見た精神分析など、脳の仕組みなどはについては専門外ですが、と謙遜しつつも、左利きについて幅広く 分かりやすく語った本。とても暖かく優しい口調で、一貫して、「この本で、少しでも多くの右ききの人 たちが、あなたの隣りの、愛すべき左ききの人たちを見つめ直してくれたらと思います。そしてもちろん、 左ききの人達が誇らしげに自分のきき腕を差し上げてくれたら、私としては望外の喜びです。」という あの世代としては珍しい姿勢で貫かれていて気持ちがあったかくなった。(私は右利きだが)

『Q.E.D 六歌仙の暗号』 高田崇史:講談社:980円

古典文学&民俗・言語学好きなあなたに絶対お奨め!と友人が推してくれた本。七福神とは何か?そこに 込めれた呪いの譜系とは?六歌仙につながるその因縁とは・・という大胆な日本の古い歴史解釈を軸に 展開する連続殺人事件。最近薬学部の人の書く推理小説多いようなとか、出てくる主人公って露骨に本人の 投影っぽいなぁとか、医薬専門用語を並べて会話するのが好きだなぁとか、出てくる女の人って主役から 端役に至るまで必要以上に美人ばっかり、とかこの辺あの辺結構強引なのではという様なことはともかく、 この軸の知識の豊富さとその大胆で興味深い解釈が非常に面白くて、最後までワクワク読んでしまう一冊。

『脳の中の幽霊』  V.S.ラマチャンドラン サンドラ・ブレイクスリー:角川書店:2000円

切断し、もうないはずの足が痛くてたまらない・・昔から不思議な現象として知られていた「幻肢」。 そのメカニズムを解明していく上で様々に語られていく脳の知覚や情報処理の仕組みの面白さったらない。 深く、面白く、読みやすく、ユーモアもたっぷりで分厚いながらも途中で休めない!

『陰陽師H』  岡野玲子:小学館 

安倍清明のいた平安世界とその精神世界の、見事なイメージ化は相変わらず。細かい小道具や欄外のセリフ に垣間見られる知識の奥深さの面白さもますます好調。

『グリコ・森永事件 最重要参考人M』  宮崎学 大谷昭宏:幻冬社:1500円

この事件が起こったのは私が高校生の時。その頃の様々なことは今もはっきりと臨場感を持って思い出せる。 宮崎学が狐目の男の参考人だったと知ったのはほんの一年ぐらい前。続々と特集される記事を読んで面白い なぁ〜と思っていたので待望の一冊。これだけ限りなく黒に近い灰色はないというぐらいの膨大な状況証拠に、 似顔絵に似てるというよりは、うり二つな顔!その本人と、これをずっと追ってきた、そして彼とは旧知の 間柄でもある記者の共著という異色の作り。事件の大胆さ、綿密さ、時代的、社会的、地理的背景。 株の仕手操作、強力な力を持つアンダーグラウンドな団体と、その手口。関西独特の様々な気風。 警察内での(映画「踊る大走査線」さながらの)組織的軋轢とその変遷。マスコミ、 新聞記者というものについて。いずれも非常にエキサイティングな内容。

『猛毒動物の百科』  今泉忠明:データハウス:2000円

虫から哺乳類まで、「毒」を持つ動物達の百科。写真が美しく、添えられたエピソードも興味深く、 生き物の多様性の面白さが堪能できる。

『ハイテク・ダイヤモンド』  志村史夫:講談社ブルーバックス:680円

ダイヤの人文的、科学的歴史からその性質、人造ダイヤの歴史、最新の同素体「フラーレン」についてまで、 とても面白くて、読みやすく、知識満載。ちょうど知りたいと関心を寄せていたところとヒットした部分も 多く一気に読めた。また、関わってくる科学者達の好奇心や柔軟性,行動力といった面に触れた部分も、 とても生き生きとしていて楽しい。

『明治の人物誌』  星新一:新潮文庫:629円

有名な人、殆ど無名な人、そのラインナップのつながりは星氏の父にまつわる人物だという点。他にも 氏の父に関する本はいくつもあるが、いずれも愛情と共感と、理不尽な運命に翻弄された父の生涯への 無念の思い満ちていながらも、いずれも冷静に距離を保ち、読みやすく、爽やかなタッチで綴られている。 中でも今の私には道徳の教科書風とは趣が全く違う、野口英世の生々しさと天才ぶりが非常に面白くて ワクワクした。

『アジア人留学生の壁』  栖原 暁:日本放送出版会:900円

日本に国費・私費で留学した沢山のアジア人留学生と、それを支援する日本人達から見た日本。読んで 悲し〜い気持ちになる。それだけにそこに潜む沢山の問題の根の深さや、体制はもとより個人個人のなかに もある、目をそらしてきた沢山の問題に直面し、考えるきっかけになる非常に有意義な本だと思う。

『アルジャーノンに花束を』 ダニエル・キイス:

言わずとしれた名作で、そこら中で書評を見たので粗筋は知っていたが、それでも、途中で本を閉じることが 出来なかった。知恵遅れの主人公がある日、脳の手術を受け知性が開花していく・・。全てが主人公の日記の 形を取っているが、その目に映る世界の描写のリアルさがすごい。世界中の読者が主人公を自らになぞらえて いるのに驚いたと作者は書いていたが、この物心が付いた頃の幼児の目から少年の目、そして大人の目から・・ と移ろう周りの景色は、全ての人が辿ってきたその道を痛いほどに思い出させ,せつなくさせる。 「愛を与えたり、受け取ったりする能力がなければ、知性には価値はない」という作者の言葉がストレートに 響いてくる。


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