読  書  日  記  '98

字だけの本は休止中。・・禁断症状が・・・

『女房が宇宙を飛んだ』 :向井万起男:講談社:1600円
『君について行こう』 :向井万起男:講談社:1748円
『ひみつのグ印観光公司』 :グレゴリ青山:講談社:1000円
『旅のぐ』 :グレゴリ青山:旅行人:1500円
『大出産/傾向と対策』 :清水ちなみ:扶桑社:1238円
『イギリスは愉快だ』 :林望:平凡社:1800円
『ムーミンパパの「手帖」』 :東宏治:鳥影社:1800円
『おもちゃの科学B』 :戸田盛和:日本評論社:1957円
『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』 :R・フルガム :河出文庫:570円
『サド侯爵の生涯』 :澁澤龍彦:中公文庫:480円
『クマグスのミナカテラ』 :内田春菊:新潮文庫:743円
『僕が地球で会った愉快な人達』:ピーター・フランクル:講談社:1500円
『心は孤独な数学者』 :藤原正彦:新潮社:1300円
『天才柳沢教授の生活J』 :山下和美:講談社:970円
『ギャラリーフェイクL』 :細野不二彦:小学館:510円
『俳優になろうか』 :笠 智衆:朝日文庫:430円
『ぼくんちB』 :西原理恵子:小学館:970円
『イギリスはおかしい』 :高尾慶子:文藝春秋社:1500円
『ぼくんちA』 :西原理恵子:小学館:970円
『ぢるぢる旅行記−インド編−』:ねこぢる:ぶんか社:680円
『鳥頭紀行−ぜんぶ−』:西原理恵子:朝日新聞社:952円
『私の居場所はどこにあるの?』:藤本由香里:学陽書房:1600円
『ぼくんち@』 :西原理恵子:小学館:970円
『装丁物語』 :和田誠:白水社:1800円
『絶対音感』 :最相葉月:小学館:1600円
『メス化する自然』:デボラ・キャドバリー,古草秀子・訳:集英社:2000円
『赤線跡を歩く/消えゆく夢の街を訪ねて』:木村聡:自由国民社:1700円
『徳川慶喜家の子供部屋』 :榊原喜佐子:草思社:1800円
『草原の少年』:ローラ・インガルス・ワイルダー:講談社文庫:540円
『ビートたけしの結局分かりませんでした』:ビートたけし:集英社:1359円
『できるかな』 :西原理恵子:扶桑社:952円
『性の授業 死の授業』:金森???:???:???円
『鳥頭紀行−ジャングル編−』:西原理恵子/勝谷誠彦:スターツ出版:1000円
『ZERO』上・下:松本大洋:小学館:各918円

『女房が宇宙を飛んだ』 :向井万起男:講談社:1600円
下記の、『君について行こう』の続編。打ち上げ後の様々なトピックス、家族との交信ってこういう風に やるんだ、とかまたまた面白い話がいっぱいだった。また、帰ってきてからの「重力が気になって仕方ない」 という件が特に面白く、いろんな事を考えさせてくれた。他にも楽しい仲間達、2回目の飛行に向けての 様々なエピソードなど、見所満載。

『君について行こう』 :向井万起男:講談社:1748円

宇宙飛行士、向井千秋さんのご主人万起男さんの著。千秋さんとの大学での出会いから結婚、彼女が 宇宙飛行士に選ばれ、ついにスペースシャトルが打ち上げられるまでの物語が実に楽しい筆致で,でも科学者 らしい正確さも持って描かれている。お二人とも実に非凡なキャラクターなのでその組み合わせがまた 何とも楽しい。また、訓練生の生活や、NASAの中の様々なシステムや訓練や技術的なことについての、 詳細な内容もすごく興味深く面白い。子供の頃、NASAに入るんだーなどと夢見ていた私としては特に・・。

『ひみつのグ印観光公司』 :グレゴリ青山:講談社:1000円

週刊モーニングに連載中から愛読。旅や映画やその他諸々のルポルタージュ(?)絵日記風漫画。 アジアの旅行のレポートは詳しくて面白くて登場人物達の個性が豊かで笑える。 古い映画の話、横溝正史の話題、針仕事にはまった日々の話は、相通づるものが多くて思わずにっこり。 うんうんと深くうなずいてしまう。インドの映画についてはこの連載で初めて知ったのだが、しばらく して日本でも盛んに紹介されたり上映されたりするようになった。アジア系へ旅行する人が増えたから 興味を持つ層が増えたって事かな?

『旅のぐ』 :グレゴリ青山:旅行人:1500円

週刊モーニングに連載していた作品『ひみつのグ印観光公司』が面白かったので 買ってみた。主にアジアの旅行記イラストエッセイで面白いが、こっちの方が初単行本なので、この後 描かれた前述の連載の方がよりパワーアップしている。

『大出産/傾向と対策』 :清水ちなみ:扶桑社:1238円

「OL委員会」による妊娠・出産・その後やその周辺に関する大量のアンケート編集。情報量の多さ だけでなく随所で笑える。リアル・詳細・具体的・バラエティー豊か。何よりこの種の雑誌によくある 方向性の「偏り」が無いところが、読んでて気持ち悪くならない最大の理由。 実は私も参加。2カ所に出てました。

『イギリスは愉快だ』 :林望:平凡社:1800円

今やすっかり有名な林氏の軽妙なイギリスエッセイ。羊飼い競技、ハナのかみ方の考察、クリスマスの 恐るべき甘味攻撃など、どれもとても楽しく読めるが、なかでも下宿した(何と1120年に作られた!) マナーハウスと、その主のルーシー・マリア・ボストン女史(実は世界的に有名な作家)にまつわる話が とても魅力的。この老婦人がとにかく魅力的な温かい人柄で、読んでいるこっちまで幸せな気持ちになる。 それにしても上流のいわば特権的な人達(必ずしもお金持ち、とは限らない)から見るイギリスと、 せっぱ詰まった労働者から見たイギリスと、何と違うことか。文化の明暗に対する考え方も、 サッチャーに対する見方一つとってもすごく違っていて、 『イギリスはおかしい』と読み比べると色々考えてしまう。

『ムーミンパパの「手帖」』 :東宏治:鳥影社:1800円

私がムーミンシリーズの原作に「はまった」のは二十歳頃、妹の夏休みの宿題の英文和訳を代わりに やったのがきっかけだった。子供の頃から、テレビのアニメーションでちょっと不思議な雰囲気のかわいい 物語として良く知ってはいたが、原作はこんなに深くて独特のものだったのかと次々に取り寄せて夢中になった。 そういうファンにはすごく面白い一冊。登場人物やストーリーの考察や、トーベ・ヤンソンの伝記的作品 から、その人となりや、それが作品に与えた影響などを色々な角度から述べていて実に興味深い。

『おもちゃの科学B』 :戸田盛和:日本評論社:1957円

著者はおもちゃの好きな物理学者。様々なおもちゃが何故そう動くのかを力学的に解説していて とても面白い。そしてごく身近な動きでもまだまだ説明が付いていないことがとても多いのにも驚く。 私も一応物理を教えたことがあり、そしてそういう身近な不思議が物理で解き明かされるのがとても 楽しくて、それをなんとか伝えたいとあれこれ頭をひねるのも大好きだったので、これは正にツボを 突く一冊。最近は子供が赤ん坊の頃からビンの丸いふたがクワン、クワン、カタカタカタ・・と回り ながら倒れる動きにとても注意を向けるのを見て、やはりこれは普段見慣れてる(無意識に自分の中で ストックしている物理現象)と違うものが含まれるから認知刺激があるのかなあ等と思っていたのだが この点もとても詳しく論じていて面白かった。その他,私も不思議でたまらないので買い込んでいた 逆立ちゴマ、いまはやりの輪を回す遊びなど、自分もおもちゃにいかにチェックを入れまくって考えて いたか再認識できた。その他見たこともない素朴で面白い動きの外国のおもちゃなど、欲しくなって しまうものが満載。

『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』 :R・フルガム :河出文庫:570円

楽しく温かくパワフルで陽気なエッセー。やはり白眉は題にもなっている、幼稚園の砂場で学んだことを 並べた作者の「クレド」(信条)の章。これが作者の息子の学校のプリントから父兄の目に留まり、 出版社に繋がり全米に広がって、ついにはこれを描いた紙を冷蔵庫や壁に掲げるのが流行したというのは よくわかる。(殊にあのアメリカなら)暮らしていて身の回りの何気ないことを深く考えるのが大好きと いう作者の気持ちは大変共感できる。

『サド侯爵の生涯』 :澁澤龍彦:中公文庫:480円

サディズムの語源になったサド侯爵の事件や人となりは断片的な知識しかなく、一度通して 偏りのないものを見たいが、それなら澁澤龍彦だろうかと思っていたせいか、図書館でこの本と目があった。 とても綿密な考証で背景や流れが分かりやすく興味深かった。貴族の奇行という類のものは、そのもの自体 は特異な人間のそれでは決してないが、エスカレートの仕方を見ると、自力で手に入れられる以上のものを 過剰に与えられてしまう環境下の人間の欲望の収支のゆがみの発生という点で、人間は一体どのようなもの なのかという問題の深さを感じて興味が尽きない。 (もっとも騒ぎの大きさも時代の道徳の判断によるものなので、もっとひどいのは沢山いた) さらに今現在のような文明環境は等しく昔の貴族並みに自らの力以上のものが過剰に手に入る時代だと いう事を考え合わせると、そこで発生している様々な出来事に繋がっていくのも合点がいく。

『クマグスのミナカテラ』 :内田春菊:新潮文庫:743円

南方熊楠を中心に明治の志士、文士達の青春群像が描かれる。内田春菊には珍しいと思ったら、 初めて挑戦した原作付き歴史物だそうだが,私にはとても面白かった。熊楠は好きで結構予備知識が あったというのと、明治の志士達はみんな有名で割と馴染みがある人ばかりなので、一層読みやすいと いうのもある。登場人物が多くてちょっと顔が分からなくなって苦労したりしたが。 「担当編集者とケンカしたから」未完になっているのが勿体ない! きっと話題になって,どこかで続きが書かれることを期待している。

『僕が地球で会った愉快な人達』:ピーター・フランクル:講談社:1500円

日本でもすっかりお馴染みの大道芸人&数学者のピーターフランクルが世界中であった色々な人や生活を 綴ったもの。本人も言っているが、とても面白く、かつ読みやすい。もともとの頭のデキが凡人とは全く 違うとはいえ、想像を絶するような過酷な状況をくぐり抜け,明るく温かみのある人柄で色々な世界の色々 なものを吸収している筆者はすごいと思うと共に、自分もまた、もっともっと色んな事を学びたくなってしまう。

『心は孤独な数学者』 :藤原正彦:新潮社:1300円

ニュートン(イギリス)、ハミルトン(アイルランド)、ラマヌジャン(インド)という 3人の天才数学者達の生涯を辿る紀行エッセイ。その天才ぶりや激しい情熱、そのマイナス面も含めた人間 性はとても興味深い。そしてその背景にある時代や国、文化というものの影響の大きさというのを改めて 感じた。また学問的真と「美」というものの非常に深いところでも関連性についての話を、 たまたま最近聞いて、ここんとこずっとそのことを考えていたのだが、 この本でもその育った風土にある「美」が培った感覚というものを色々考察していて、そこもとても 面白かった。

『天才柳沢教授の生活J』 :山下和美:講談社:970円

私はこんなに優秀でも高潔でもないのだが、でも教授の性向には大変共感できる。 飽くなき研究心と、人間に対する深い深い好奇心と愛着。いつも読み終わると、 もっともっと色んな事を知りたい!という気持ちで一杯になってしまう一冊。

『ギャラリーフェイクL』 :細野不二彦:小学館:510円

美術品を巡る悪徳(?)画商と美術界にまつわるかなり派手なオハナシ。 筋書きは結構破天荒なところもあるが,とにかくその知識の広さ深さにはいつも瞠目する。 そしてマニアックな知識を広げるだけじゃなくて、そこに登場する人物が皆とても個性的で生き生き していてセクシーなところがとっても好き。人というもの「美」というものに対する真摯さも共感できる。

『俳優になろうか』 :笠 智衆:朝日文庫:430円

日経新聞の「私の履歴書」に連載していた俳優,笠智衆の半生記。日本の映画界の歴史そのものと重なる 本人にまつわる話はもちろん,その周りの蒼々たる登場人物達や時代の移り変わりが大変面白く、 淡々とした語り口がいかにも笠智衆らしい。
ところで、笠智衆は私の母方の祖父の従兄弟にあたる。 生まれるずっと前に祖父を亡くした私は、テレビに映る「祖父の従兄弟」をいつも「おじいちゃん」の ように思いながら見ていた。田舎での親戚のつながりはとても強く、どう繋がっているのかよく分からない ような人までひとまとめに親戚としてつきあうが、そのため「どこの誰が,いつどうした」というような 話は耳にたこができるほど聞かされている。智衆さんの若かりし頃の話に登場する寺や親戚筋の話は、 私にも大変聞き覚えのある人ばかりで、わたしには何だか懐かしくて一層面白いのだ。

『ぼくんちB』:西原理恵子:小学館:970円

『ぼくんち@』、『ぼくんちA』完結。 後生に残る代表作になったと思った。
この人の絵は精巧な技巧派ではなく、シンプルに整った、というのでもなく、センスが勝負のへたうまでも なく,つまりはかなり大ざっぱな絵なのだが、最後のコマなんかもう映画のようで、ただもう切なくて, 船のエンジンの音と、顔に当たる風と、潮の匂いがわっと押し寄せてくるような感覚にとらわれた。 この人によくある気分による出来映えのムラも、この作品にはない。エピソードの多くは今までの作品や 近況、思い出し漫画などで習作にあたるような物がかなり散見するので,この人の中でいっぱいたまって 熟したものなんだろうなあと思った。

『イギリスはおかしい』:高尾慶子:文藝春秋社:1500円

イギリスでハウスキーパーをしていた女性のイギリス記。昨今特にガーデニングの国、紅茶の国、 経済効率の亡者とは違う,美しくゆとりある暮らしの国として持ち上げまくっている一連のイギリス 関連の本の中では異色かつ大変リアルで面白い本。単にゆとりのために効率を進んで犠牲にしたなどと 言うことでは済まない、政策の失敗や腐敗の構造に一労働者として悪戦苦闘した視点から、深く、しかし 愛情深くイギリスを紹介している。

サッチャー政権は金持ち優遇だとか福祉がひどいことになったとか、断片的には聞いているけど実際??? と思っていたことが色々分かって非常に面白かった。筆者がハウスキーパーをしていた上流階級の生活も また日本人の想像を絶していて大変面白い。エイリアンやブレードランナー,ブラックレイン等を撮った 映画監督リドリー・スコット氏の潔癖性の徹底ぶりと屋敷の豪勢さなども面白い。もっとも私はこういう 上流階級になりたいとは全然思わないけど。 ところでハウスキーパーと言ってもこれは日本で言うところの家政婦さんではなく、使用人の総監督であり、 最上階フラットにバス・トイレ・キッチン付き4部屋全てを与えられていて週休は1日半、年休は一ヶ月、 休憩2時間の7時間労働である。

『ぼくんちA』:西原理恵子:小学館:970円

『ぼくんち@』での感想につきるが、大人になりかかった一太をはじめとして、 切ない味わいが一層深まった気もする。

『ぢるぢる旅行記−インド編−』:ねこぢる:ぶんか社:680円

妹がくれた本。作者とそのだんなとのインド旅行記。インドの様子は大変よく分かる面白い本なのだが, この作者の特異性をなんと表現すればよいのやら。絵柄はかわいくて見やすくてうまい。でも中身は ラブリーな感動旅行記なんかでは全然無い。やたら感動したり感情移入しない。冷たいのとも違う。 そして感性は鋭く深い。どの話も同じぐらい面白かったが、不可触賤民の女の子の奇行を眺めてる話、 ぼろ食堂で「日本はよくあんなにみんなきちんとしてるよね。みんな逃げ出したり反抗したりしない のかなー」と話しながらふと見上げたテレビに霞ヶ関駅の負傷者の山とガスマスクの集団を見つけて 呆気にとられている話が印象的。マリファナ他薬物の詳細レポートも多。

   ↑ねこぢるさん、5月10日に首吊り自殺したそうです。続編見たかったのに・・・。合掌。

『鳥頭紀行−ぜんぶ−』:西原理恵子:朝日新聞社:952円

マルコポーロ、オズマガジン、UNO!を渡り歩いた連載旅行記「鳥頭紀行」の『鳥頭紀行− ジャングル編−』以外のものをまとめて収録。ジャングル編よりずっと小さい旅行で、下ネタが 炸裂しているのと日記色が濃いので好みが分かれると思うが、ファンには大変楽しい一冊。いつも思うが この人は内戦状態とか政情不安とかやばい状態の国や地域や団体の危険なネタが多い。装丁は 「共産党風で気に入ってる」らしい。そ、そう??

『私の居場所はどこにあるの?』:藤本由香里:学陽書房:1600円

今月ちょっと買いすぎたしと近所の本屋で三日がかりで立ち読み。(本屋の敵^^;)時代を追って 少女漫画が求めてきたものを実に深く掘り下げていてすごく面白かった。少女漫画に限らず、一つ一つの 出来がどうこうを越えた、流れの中での時代を写す鏡としての群像としての観察は目を開かれる思いがする。 漫画評というより、産み出されたものを通して社会と時代の変遷を追った鋭いノンフィクションという感じ。

『ぼくんち@』:西原理恵子:小学館:970円

スピリッツに連載中から愛読。山と海のある田舎町を舞台に、腹違いの兄弟、一太、二太、そしてねえちゃん のたくましい生活。ハードな生活の中から人間を活写する作家は沢山いるし、生き生きとした子供を描ける 作家も、かわいい絵を描ける漫画家も沢山いるけど、こんな作品を書ける人は他に絶対いない。 ところで,ここにも装丁つぶしの最悪白抜きバーコード。(下の『装丁物語』参照)

『装丁物語』:和田誠:白水社:1800円

イラストレーターとしても有名な和田氏の装丁の仕事についての本。私は子供の頃、星新一のシリーズで あの絵本のようなシンプルでほわんとした画風と馴染みになった。私は本は内容と共に装丁もかなり 気にする方だが、これを読むと改めてプロは装丁をする上で、これだけ読んで、解釈して、色々深く 掘り下げて形にして行くんだなあと感銘を受けた。一つ一つ、この作品はこういう解釈でこういう工夫を してこのような形を取って、という解説もどれもとても面白いし、出版界の内情に随所で触れているところ も興味深かった。

もっとも氏も言っているとおり、この人はろくに読まずに描いたんじゃ・・?と思う挿し絵などが大手の 雑誌や新聞にでも結構あることは確かで、私もたまにすごく気になることがあるのだが、それだけに これだけしっかり解釈して愛情かけて形にしてくれたら作者もほんとに嬉しいだろうなあと、読んでいる こちらも嬉しくなった。割とさらりと進む全編に比べてかなり熱くなっているのが最後の章のバーコード について。『メス化する自然』の装丁の感想でも触れたが、私も最近特に気になる 案件。業界の物事を決定するやり方がすごく腹立たしい。それでも、孤軍奮闘でも信念を持って ねばり強く話し合いを続けようとする氏の姿勢に拍手。

『絶対音感』:最相葉月:小学館:1600円

聞いただけで基準なしに音の高さが正確にわかる「絶対音感」と呼ばれる感覚に迫る。昔から「彼には 絶対音感がある」という言い回しが気になっていたのと、そこら中の書評で面白い面白いとあったので 是非読もうと探した一冊。(出回ってないんじゃなくて近所ではどこも売り切れちゃてて探し回った。) 面白い面白い。音楽家達のそれぞれのドラマ、プロといもののすごさや大変さ。といった人文部分も すごく面白いし、音の認識のメカニズムや、先天的、後天的な耳や神経細胞といった器質的、いわばハード の変化や、脳による情報の認知、取捨選択、圧縮、再現のメカニズムといったソフトについて, まだまだ分からないことを含め科学的アプローチがまた、わくわくする面白さ。

特に「自分で音を作らなければならない弦楽器奏者」について書かれているところも多いが、私自身、 わずか三年だが毎回毎回調弦から始まる琴を大勢でやっていた頃に身に染みた、師匠のおそろしいほどの 耳の良さ、ヘルツを正確に合わせただけではぴたっと会わない加減の不思議、きれいに共鳴したときの 音の膨らみが引き起こす官能といったものを思い出した。

『メス化する自然』 :デボラ・キャドバリー,古草秀子・訳:集英社:2000円

今話題の環境ホルモンについての本。イギリスの辣腕科学ジャーナリストと言うだけあって質、量、 構成に感心しきり。(写真を見たらエレガントな女性でまたびっくり)もはや取り締まれないほどの 多種多様な合成化学物質がホルモン類似作用をすることで、ジワジワと全ての生物を終末に導いている 気配がはっきり感じられて、未来への展望がずっしり暗くなる。世間のヒステリックな反応や、政府や 世論や業界の圧力の中で、流れに惑わされることなく敢然と冷静に着実に情熱的に真実を追究していく 科学者達の姿勢がまた爽快。バラバラに行われていた、しかし実はいずれも一つの事実を示していた、 各分野での研究をまとめ上げる会議を実現し、今もオピニオンリーダーとなっている科学者が、 子供を育て上げ、羊飼いをしていた後、なんと51才で大学に入った女性と言うところも驚き。 アメリカらしいバイタリティー。

論文や資料を探すのも、やり取りも、殆どもっぱらインターネットであることにも新鮮な驚きを感じた。 訳者もインターネットの力を改めて思い知ったという記述をしている。各国の情報の扱い方や科学界事情の 違いもほの見えて面白い。イギリスの貴族院に手こずるところなどは近代の話のように感じた。また、 もっとドラマチックなシナリオにしろだの、何年も調べないと分からないことを、とにかく今の段階で白か 黒か言えだのといった、情報の勝手なピックアップや操作をするマスコミに悩まされている様子が一番 大変そうにも見えた。それにしても,重く暗い大地の裂け目から手をさしのべているかの様に伸びる小枝、 という装丁なのに、裏側ではぱっかーん!とでっかい白抜き、バーコード。デザインだいなし。

『赤線跡を歩く/消えゆく夢の街を訪ねて』:木村聡:自由国民社:1700円

遊郭の建築は,ピンからキリまで独特なものが多いので,前から気になっていたため手にした本。
都内などで,場所からして金持ちの家が建つところじゃないし、豪華な店があったとも思えないし、
建材もそう良いわけでは無さそうだけど、屋根飾りやファザード、壁面の装飾、窓枠,柱,天井飾り、
等の細かい意匠が妙に凝っていて,これは,凝り性の商店主だったのか、近世のモダン建築かしら?と
不思議に思って眺めた建物のいくつかは,この手のものだったのではと言う気がしてきた。
しばしば引用される当時の「全国女性街ガイド」の文章が当時の雰囲気をとてもよく伝えていて
映画を観ているような気分になったりする。映画と言えば後書きに赤線地帯を舞台とした
映画の一覧と解説が載っていてこれも面白い。

『徳川慶喜家の子供部屋』:榊原喜佐子:草思社:1800円

最後の将軍徳川慶喜の孫のお嬢さんの小石川の屋敷での子供時代から嫁いだ後,終戦までの日記を 元にした半生記。当時の上流階級や使用人達の生活の様子のとても興味深い資料であることは勿論、 籠の鳥のお嬢さん方の大変なおてんばぶりや、日記帳に鉛筆で書き付けた,今の小学生が書いたと 言っても通るようなあどけない挿し絵の数々も生き生きとした息吹を感じて楽しい。 緋の地にめでたく可憐な玩具の古典柄を配したちりめん地をあしらった装丁がまたぴったり。 明治生まれで,たくさんの使用人のいる大きな寺に育ったお嬢さん育ちの私の祖母の昔話を懐かしく 思い出してしまう様な箇所も多くて,個人的にも感慨深かった。

『草原の少年』:ローラ・インガルス・ワイルダー:講談社文庫:540円

NHKの「大草原の小さな家」の原作のシリーズのうちの一つ。主人公はローラではなくローラの夫 となる人の少年時代。移動続きで生活もやたら苦しいローラの家と違って,定住の豪農なので,また 違う暮らしぶりが見られるが,豊かとは言え,その衣・食・住,そして環境と人間との関わりの濃さ と生きていく事に対する真剣さ,確かさ,力強さは何度読み返しても感銘を受ける。 さらに読むたびにこっちも歳を取り,目線が変わるので前回読んだときは全く見えていなかったもの が浮かび上がって来て新たな発見がある。いつも,心身に力をもらったような気持ちになる。

『ビートたけしの結局分かりませんでした』:ビートたけし:集英社:1359円

ビートたけしと主に理系各界の専門家との対談集。松井孝典(地球惑星学)、養老孟司(解剖学)、 本川達夫(動物生理学)、荒川秀樹(歯科)、ピーターフランクル(数学)、荒俣宏(今回は風水学)、 中原秀臣(進化論)、森幹彦(航空工学)、上野正彦(法医学)。

昔から素人として子供のような質問をしても,すごく本質を突いた鋭い着眼をする人なので専門家の話も 面白い上に、全くの素人にも読みやすい面白さがあって好著だと思うけどあまり世間では話題にならなかっ たような気がする。理科の面白い入門書としても高水準なのに子供には勧められない下ネタが多いせいか? 勿体ない。事故前の勢いのいい頃からそうだが、この人はどんなに悪ふざけしても、どの分野であれ何かを 極めた人というものに対して自分が理解できるかどうかに関わらず、とても敬意を払って接しているのが わかる。また素人の質問とはいっても沢山本を読んでいるのは分かるし、自分はここまでは知ってるんだけど、 これが分からない、とはっきり整理されているので質問もキレが良い。

一方、きっと話題のポイントを用意したり、逸れないように修正したり大変だったんだろうとは思うものの、 対談の中の編集者の部分がじゃまに感じられることが多かった。後書きの中で「おいらのバカみたいな 質問を、本質をついていると思ってくれた人がいるのなら」、それはその各分野の学問や成果を通じて 人生を考える材料にしているからであり、学問の本質は物事や世界を理解していく、それぞれの切り口で あるといったくだりとか、学問に限らない専門性というものが、人間の教養としてフィードバックして いくところを切り捨てた結果、本質を忘れて各論だけを進めて生じるパラドックスが大笑いだとか、 相変わらずの舌鋒ぶりが気持ちいい。

『できるかな』:西原理恵子:扶桑社:952円

ますます好調な西原ワールド。私にはとてつもなくツボにはまるこのお方。色んな科学施設や乗り物、 お祭りのリポートやタイでの生活記など。とにかく笑える上に、あくまでマジ路線をはずしつつも、 この核心の突き方。上品さを強硬にはずしつつ,自分のせこさだの利己主義だの下品だのをさんざん 吹聴しながらも常にほの見える本質的な暖かさ。希有の人だといつも思う。

『性の授業 死の授業』:金森???:???:???円

宿泊した長野のペンション・れりーふの廊下の本棚にあった本。何気なく手に取ったのだが,みんな 寝静まった夜中に止まらなくなり,毛布にくるまったホームレス状態で廊下にうずくまって読破。 もも引き姿でトイレに起きてきた隣室のおじさんはその姿を見て「どーしたの?!」とびびっていた。 とても実践的で魅力的な地方の小学校の教師の話。私は全く知らなかったが,もしかすると「金森学級」と いうのは関係者には有名なのかも知れない?

クラスの妊娠中のお母さんを呼んでの授業、末期のガン患者を呼んでの授業,いずれも一時的なイベントに 終わらせない、深く長い活動と挑戦,逡巡、人間への愛着や洞察で読ませる。招かれてきたある人の, この子達はよく耕されていると言う言葉が印象的。仕込まれている,でも教育されている,でもなく 「耕されている」。「それぞれの」芽を出し,根を張り,養分を吸い込める地を作るという本質を言い得て妙。

『鳥頭紀行−ジャングル編−』:西原理恵子/勝谷誠彦:スターツ出版:1000円

アマゾン、サンパウロ、ベトナム,台湾紀行。どうして全頁こんなに細かく鋭い観察と笑えるエピソードで ツボを突いてくれるんだろう。正統派ガイドではないし、絵もテーマも緻密な作風とは対極なのにも 関わらず,芯を捉えてる感じ。反エコロギャグを繰り返しているけど、人間を含む自然のダイナミズムへの 愛をいっぱい感じる。この人が嫌いなのはエコロや地球愛に託した思い上がりや勘違いなのだけど、 的をはずした「こういう発言は良くないと思います」的な苦情をわざわざ挑発し続けているところが らしい。「恨みシュラン」連載時も、子供が嫌いとか踏み殺したいというセリフを巡って週刊朝日上で さんざんそういうやり取りがあったのを記憶している。他の著作をきちんと読めば、これだけリアルで 切ない子供を描けるって事はどういう事なのか、分かるはずなんだけど。この本に限らず、ペアで仕事を している作品は、別人が書いた「文」の方はどうでも良くなってしまう事が多い。この本も、文ははっきり 言って私には無くても十分。

『ZERO』上・下:松本大洋:小学館:各918円

スポーツものとか、格闘技は特に好きではないし、痛いのも嫌いなのに,連載時からどうしようもなく 惹かれてしまった作品。無敵で冷徹な孤独のボクサーと宿敵とのファイトという設定だけ言うと あまりにもありがちだが、ジャンプ的なものとはまるで別世界の異色な雰囲気。

登場人物は一人一人フィクションとは思えないぐらい生きていて魅力的。脇役主役達は勿論、脇役がすごく 味があるのがいい映画のよう。在日のキムさんがいい。各人の思いに深く深く入り込んでいき、その想いの 交錯も緻密でリアル。極限の戦闘状態でむき出しになっていく深淵への畏怖というのは,人とはどんな 存在かという事ともつながっていくと思っているが,その深淵には入り得ない者と、入らざるを得ない者の 交感が後半その独特の絵の力と共にすごい迫力で絡まっていって圧巻。花のエピソードと、その繰り返す フラッシュバックがまた絶妙。


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