++ 無題 ++






 噂では聞いていた慶国の乱。そのただ中に祥瓊もいたと聞いて、楽俊は目を見開いた。
「…なんでまた」
「いろいろあったの。本当に、いろいろ」
 乱のこと、やっぱり知ってると思ってた、と祥瓊は笑う。
「楽俊は詳しいものね、そういうこと」
 偶然耳にしただけだ、と耳もとを掻きながら、
「……陽子は大丈夫かな」
 思わずひとりごちると、祥瓊が慌てたように口を開く。
「大丈夫よ、そんなに大変な事にもならなかったし。
…かえって良かったんじゃないかしら。あの乱のおかげで、民も景王を…」
 早口に言って楽俊の顔に目を戻すと、彼は首を傾げて不思議そうに祥瓊を見ていた。
「祥瓊……おいら、祥瓊に景王の名前を言った記憶がねえんだけど」
 あ、と祥瓊が小さく声を上げる。
問いかけるように自分を見つめる黒い目に、咄嗟に誤魔化すこともできず
一瞬言葉に詰まってしまう。
のほほんとした話し方と外見に油断してしまうが、この半獣は随分と聡いのだ。
今の沈黙で、語らずとも大体の事情は伝わってしまったようだった。

 ごめん、陽子。
祥瓊は心の中で友人に詫びながら、乱の顛末をひとくさり楽俊に話すことになった。
陽子がいわゆる大活躍、している場面を極力省略したのは、せめてもの友情の表れであったろうか。それでも肝心の禁軍が出てくるくだりには触れざるを得ず、したがって陽子がもっとも恐れていた、楽俊の渋い顔も防ぐことはできなかったのだが。
「…あ、でもほら、もう無事に終わってるのよ? 陽子も無事だったし」
 そんなに心配しなくても、ととりなすように祥瓊は言う。
「けども、これからの事だってあるだろうに…そんなんじゃ、心配でしょうがねえ」
「…大丈夫、これからはあんまり無茶させないようにする…できるかもしれないし」
 首を傾げる楽俊に、笑って答える。
「陽子がね、鈴…ってさっき話した子だけど、鈴と私に、金波宮で勉強しながら働かないかって。遠甫…松伯を、太師にお迎えするから」
「……それって」
「うん、そういうことみたい」
 へえ、と楽俊は少し目を細め、髭をそよがせる。
「いいことなんじゃねえか? 祥瓊にも陽子にも。……で、祥瓊は」
 どうするつもりだ、と目線で促す。
「そうね、そうできたらいいな…とは思ってるの、本当に。…でも」
 ふっと何か、氷の上に足を踏み出す前のような厳しい表情が祥瓊の顔をよぎる。
「…うん、でも、今すこし考えてることもあるから」
 もしそれがきちんと片付いたら、喜んで陽子の言葉に甘えようと思って、とふたたび笑顔に戻って祥瓊は言う。
「…そうか」
 その言葉に何を察したものか、楽俊も少し複雑そうな表情で呟く。
「まあ、人にはそれぞれ事情ってもんもあるからな。
…でも、陽子にもたぶん祥瓊の助けが必要なんだろうし、その用が済んでからでもいいから傍にいてやってくれな」
 そうね、と祥瓊は悪戯っぽく笑った。
「陽子って、なんだか放っとけないんだもの」

 祥瓊と別れ、戻った自室で楽俊はひとり机に向かっていた。
先刻の、祥瓊の様子を思い浮かべる。初めて出会った時の荒んだ色とはまるで別人のような瞳。
それは、楽俊にもう一人の少女の強い瞳を思い起こさせた。
巧で、柳で。偶然楽俊と知り合った者同士が、さらに別の場所で巡り会う。祥瓊の語り口を思えば、その邂逅は彼女らにとって決して無駄なものではなかったのだろう。
 そうして、その後の彼女の、何かを決意したような表情を思う。
決意の内容は語られはしなかったが、以前の祥瓊の行動と今の彼女とを考え合わせれば、 楽俊には想像がつく気がした。
 そして多分、その勘は外れてはいないだろう。

「……だけどなあ」
 思わず、溜め息が洩れた。
もちろん心配でないと言えば嘘になる。だが、それをあの時自分が言ってはいけない気がした。
彼女が自身で決めた大切なことを、押しとどめる権利は自分にはない。
だからせめて陽子にことよせて、彼女の無事を願う者がたぶん何人もいるであろうことを暗に伝えたかったのだが、果たしてそれは伝わったかどうか。
「…勘弁してやってくれな、祥瓊を」
 誰にともなく、楽俊は呟いた。






とりあえず終。





祥瓊は、こんなにウカツさんじゃないですね。失礼いたしました…。
たぶんホントの祥瓊は陽子との約束は守れたと思うので、実際には
楽俊は『反乱に景王ご降臨』は知らない、と。(…でも、どっかから
バレそうだよねえ……・笑)




戻る?