「…もう決めたの…ごめんね八満、ポン太」
ヴァイスを腕に抱いて、少女はかすかに微笑を浮かべる。
にもかかわらず、その思いつめたような瞳は、少し前に彼女が
八満に向けたものとよく似ていた。
(…ごめん)(あんたを危険かもしれない所へ行かせるわけにいかないの)
こういう目をする時は、周りが何といおうと彼女がその意志を曲げようとは
しないことを、すでに八満は学んでいた。
今回も彼女がその言葉を変えそうにないのを見てとって、八満の心に
怒りに似た感情が浮かぶ。
シアンが大陸に帰るかもしれない、という状況のたび感じていた苛立ちのようなもの。
それは決して彼女に向けてのものではなかったのだけれど、やり場のない感情は
図らずも目の前の少女に向けて暴発してしまった。
「……あーあーあー分かったよッ、どーぞご勝手にッ!!
ポン太は俺に任せて、好きなよーにすりゃいいだろ、バカシアンッ!!!」
それでも心のどこかで、いつものように拳が飛んでくることを期待しながら。
しかし正面から見たその顔は、相変わらずほのかに微笑を浮かべている。
そしてそれは何故か、今にも泣きそうな表情にも見えた。
「……ッ…」
ハッとしたように口を閉ざした八満の顔を一瞬後悔するような表情がよぎり、だが
彼は何も言わずそのまま目をそらす。
居心地の悪い沈黙に、それでもどちらもそれを崩せないまま、数瞬が過ぎた。
「…いけないねェ、素直になれない奴は」
いるはずのない人物の突然の声に仰天して、二人は辺りを見回す。
いつの間にか現れた『彼』は、その場の重い空気にそぐわない明るい口調で続けた。
「大丈夫大丈夫。シアンちゃん、こいつはね、シアンちゃんと離れるのがイヤで
ゴネてるだけだから。これでもけっこうシアンちゃんの事心配してるみたいだからさ、
気にしない気にしない」
ハハハ、と笑いながらひらひらと手のひらを振る。
「…ざけんなバカ清!!あることないことデッチ上げてんじゃね〜ッ!!!」
猛烈な勢いで怒鳴り返す八満にまったく動じることなく、
「…おや、認めない?………ならここで、ドンッ!!!」
清丸はどこからともなく一台のレコーダらしきものを取り出す。
どうしてこんな物が、と怪訝そうな表情の二人を愉しげに見やりながら、
彼は再生ボタンらしきものに指をのばし……
…そして次の瞬間、八満は硬直した。
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『…あいつはさ ポン太の為にいたくもない所に行かされて
ポン太の為にしなくてもいい心配をたくさんして
ポン太の為に俺の近くにいた…
自分の事を考えて行動した事なんてきっと数えるほどしかないハズのシアンが
ポン太の為に今度は身動きのとれない状況にあるわけじゃん
だから 助けてやりたいんだ シアンを』
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再生が終わり、三者三様の理由による沈黙が、しばしその場を支配した。
「…………。」
八満同様に固まったシアンは、目を見開いたまま呆然と地面を見つめている。
「……やっぱ聞いてやがったな、あん時!!!」
心なし顔を紅潮させながら、ようやく立ち直った八満が清丸の背中に食ってかかる。
「僕をあなどるなと言ってるだろう?誤解をとくために使ってやったんだから
むしろ感謝してほしい所なんだけどね」
「『誤解』じゃね〜〜ッつ〜〜の!!!」
八満の反論を軽くいなして、清丸は二人に向き直った。
「…それはさておき。とりあえず、いったん戻ったほうがいいんじゃないかな?
船長さんの船が外で待ってるよ」
そちらの方をさりげなく示し、促すようにする。
「シアンちゃんも、とりあえず…ね?みんな心配したんだから、無事な顔くらい
見せてあげなよ」
それにはとりあえず異論はなく、二人は黙ったまま清丸の後について歩き始めた。
お互いの目線はまだ、合わされなかったけれど。
to be continued …?
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