++ Make a compromise (2)++






「八満……となり、いい?」


「……シアン」
目線で促され、シアンはマストの根元、八満の隣に腰を下ろした。

「…目が覚めて、誰もいないとこの子泣くから……。昔のポン太と一緒」
腕の中で眠るヴァイスを見やりながら、八満にとも自分にとも
つかない口調で言う。


はるか下に街の灯りを望んで、船は静かに夜空に浮かんでいる。


シアンはそのまましばらく逡巡するそぶりを見せたが、
ようやくためらいがちに口を開いた。

「ありがとう、助けに来てくれて……。嬉しかった」

「…お前は、本当にいいのかよ、それで」
シアンの方を見るでもなく、固い表情で正面を見据えたまま
八満がようやく口を開く。
となりで、微かにうなずく気配がした。

「私が選んだ事だから。………八満は、やさしいね」
はあ?というように、八満は眉根を寄せ、目を見開いてシアンの方を見る。
地上にともる灯りを見るともなく見つめたまま、彼女は言葉を続けた。
「私は、何も考えずに八満に親の役目を押し付けたのに」

「……別に押し付けたワケじゃねーだろ」

「八満が思っててくれたような事じゃないの。
ポン太をちゃんと育てなきゃ…っていうのはポン太の為じゃなくて、
私がそう思ってただけで」

抱えた膝に、こつん、と額を当てる。

「本当は、私のためだったのかも。私はいつもうるさく
言うばっかりで、実際は何もしてないもの」

「お前はちゃんと『親』してたよ、俺なんかよりよっぽどな。
…だからポン太だって、お前がいない間淋しそうにしてたんだろーし」

再び目線をそらし前を向いた八満の表情は、シアンからは窺えなかった。
それでも、その言葉には彼なりの真摯さが込められているように思えて、
彼女もまた素直にその言葉を口に出すことができた。

「……ありがとう」


普段では言えないような言葉が交わされて、だからこそ
ずっと変わらないと思っていた今までの日常が、本当に失われようと
しているという実感が、ようやく胸に迫った。


「…どーしても、残るのか?」

「うん……。ヴァイスにはそれが必要だと思うの。
1000年もひとりで頑張って来たんだもん」
「…んで?今度はそいつのために自分の生活ギセイにすんのか」
あの調子じゃずっとだぞ、と苦々しげに八満は呟く。

「…いつまでも二人でべったり一緒にいるのが、こいつの為に
なるワケじゃねーって、もう分かってんだろ」

答えはなかった。
表情を横目で探ろうとこっそり目をやると、シアンは正面にじっと
目を据えて闇を見つめている。


そうね、とようやく隣から呟く声がした。

「私たちだって、ずっとポン太やヴァイスと一緒にいられると
決まったわけじゃないものね…。いつかは一人立ちして、
ほかの人たちとも仲良く暮らしていけるようにならないと…」

八満が、シアンの腕の中のヴァイスを覗き込む。
「しっかし、ポン太やこいつが『独立』ねぇ……想像できねーなァ。
…まあ、さっさと一人前になってくれた方が俺としちゃ助かるけどな」
ポン太やヴァイスと『独立』という言葉が、今はまだ似合わない気がして、
ふたりはひっそりと苦笑した。

そしてまた、ぽっかりと沈黙が落ちる。
それは奇妙な時間だったが、決して居心地の悪いものではなかった。


「…あのな」
「…あのね」

「…なんだよ」
「うん……」
何かを決意したように、しかし少し不安そうな表情でシアンが口を開く。

「…あのね、やっぱり私…ヴァイスと一緒にいてあげたいと思う」

「……!」
何か言いかける八満を制するように言葉を続ける。

「しばらくふたりでいて……ヴァイスがもう少し落ち着いたら……」
シアンの真紅の瞳が、正面から八満の瞳を捉えた。

「……帰っても、いい? 八満の家に」

一瞬、豆鉄砲を喰らったようだった八満の顔が、ふいと逸らされる。

「ここまできたらいいも悪いもねーだろーが」
ほのかに東の空が朝の色に変わり始めていた。その光に染まった横顔で、
「……さっさと戻ってこいよ」
ポン太と父さんたちが寂しがるからな、と早口で付けたして。

「……うん」
シアンは、極上の笑顔で微笑んだ。







とりあえずFin





例によって、唐突に始まって唐突に終わってます(爆)
八満とシアンって、絶対(普段は)相手には言いそうもないですが
実は無意識には結構お互いのこと評価してるんじゃないのかな…と。
50話見た時八満のあのセリフ、意外ではあったけどイイ感じだな〜、
と思って…。何らかのカタチで、今度は逆にシアンの側からの八満への
感謝とか評価とか、よっぽどの時でなきゃ言わないようなこと、最終回で
聞けたらイイな〜、とか思いつつデッチ上げ。…たらしいです。
シアンが別人(笑)なのは、前編で八満のあのセリフ(笑)を聞いたから
……って事にしといて下さい(倒)
…前編もですが、この頃まだヴァイスがミニチャート様(笑)から
本来の姿に戻れるか分からなかったのでその辺ゴマカシてます (^_^;)
後半、気に入らなくてずっとお蔵入りしてましたが、直しようがなかった
のでもうこのままアップしてまえ〜(文書くのは苦手だやっぱ…)トホホ。

…でも原作で、二人がちゃんと一緒にいられて、良かったよ… (^_^*)




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