昨晩の大雪が嘘のように晴れている朝。八満とポン太は陽射しの眩しさで目を覚ました。
「んげっ!眩しい!!」
「みううっ!」
そこにはカーテンを開けてはしゃいでいるシアンとヴァイスがいた。
「起きて!八満、ヴァイス!凄いよ!地面が真っ白!!」
八満はまだ眠いらしく布団の中から出ようとしない。
「んなの昨日の降り具合から想像つくっての!俺まだ寝るからポン太とヴァイスとで遊んでこいよ。」
と、布団の中に潜り込んでしまった。
「いーもん。ポン太、ヴァイス、行こっ!!」
三人(?)は庭で遊び始めた。
(ったく、何が悲しくてせっかくの日曜に早起きして雪遊びするもんかね。)
布団の中で八満はそう思っていたが、
(…でもシアンにとって雪は珍しくてたまんないもんなんだよな…。仕方ねーな、遊ぶとするか。)
と、布団から出て着替え出したその時、
「ドンッッッ!!!」
という音とシアンの
「ヴァイスッッッッ!!!!」
という声が八満の耳に飛び込んできた。
「なっ、何だぁ!?」
急いで駆けつけた八満が見たのはパニクってるポン太と手で雪を掻き分けているシアンの姿だった。
「おい、どうしたんだよ!?」
「あ、八満…」
申し訳なさそうに八満を見るシアンに戸惑った八満。
「…一体何があったんだよ。」
「ヴァイスが…この雪の下に埋っちゃってるの…」
作業を続けながら八満に説明するシアン。
「まじで?でも何で…」
「ヴァイス、屋根に積もってた雪で遊んでたの。そしたらその雪ごとヴァイスも落ちちゃって。ヴァイスが雪の下敷きになっちゃったの…」
「でも屋根に積もってた雪なんてたかが知れてるだろ?」
「それが…運悪くポン太が雪を溶かしちゃった所に落ちちゃって…」
「みぅ……」
「ポン太は悪くないのよっ、私の不注意なんだからっ!」
「そうだぜ、お前等のせいじゃない。んな事より早く助けようぜ。」
とっさに八満は複数形にしたのだがシアンは気付かなかった。
八満は雪を掘ろうとした。だが、
「ヴァイスは私が助けるから八満はポン太に温かい物を飲ませてあげてっ!」
と、シアンに手を遮られた。
「何言ってんだよ?!お前こそ少し休めば…」
「こんな事になったのは私のせいなの!だから私がヴァイスを助ける!それにポン太もかなり冷えちゃってるの。」
「でもなぁ、お前ッ…」
「お願いッ、八満ッ!」
せがまれて何も言えなくなり
「……わかったよッ!ポン太休ませたら俺も手伝うからなッ!文句なしだぞッ!」
と言ってポン太を部屋の中に連れて行った。
「ありがとッ、八満。」
八満が去ってから数分後、ヴァイスの足が見えた。
「ヴァイスッ!!」
急いで掘り出し抱きかかえた。
「ヴァイスッ、ヴァイスッ、しっかりしてッ!」
シアンが必死で呼びかけるとヴァイスがうっすらと目を開けた。
急いで家の中に入り八満にタオルを用意してと頼んだ。その後のシアンの懸命な看護のかいあって多少ヴァイスは元気を取り戻した。
翌朝、少し遅めに起きた八満は異変に気付いた。
(あれ?いつもならこの時間にはシアンが起こしにくるはずだよな…)
少しむなしさを感じつつ、寝坊だろうと思いそのまま下に降りて行った。
だが、なかなか起きてこないのでシアンの部屋に向かいドアをノックし、
「おい、シアン、いつまで寝てんだよ。遅刻するぜ。」
応答はなかった。
「…入るぞ?」
するとそこにはベットで寝ているヴァイスとその横で顔を真っ赤にして倒れているシアンがいた。
「お、おいッ!大丈夫か!?」
シアンの熱は40度を超えていた。シアンはそのまま学校を休んだ。八満も休もうとしたが母親に送り出されてしまった。
教室に着いた八満達の異変にクラスメート達が気付かないわけなかった。
「あれー?シアンちゃんはー?」
「どーせまた喧嘩でもしたんだろー。」
「八満最悪ぅー。」
押し寄せる罵声と質問にイラつきつつ、無言でそのまま席に着いた。
「なぁ、まじでシアンちゃんどーしたんだよ?」
三太と岡本が同時に聞いた。
(こいつらに言うと見舞いに行くとか言ってうるさそうだよな…)
そう考えた八満はとっさに、
「あー、何か上で行事があるとか言って行っちまったよ。」
と、嘘をついた。それに納得した三太達はしぶしぶ八満の席を離れた。
学校が終わると八満は即帰った。クラブに出たら悲惨な目にあう事はわかりきってたし、それより何よりシアンが心配だった。家に着くと真っ先にシアンの部屋に向かった。
「あら、八満。早かったわね。」
母親がシアンをずっと看病してくれていたのだ。
「具合…どう?」
「それがね…全然熱が下がらないのよ……」
その言葉に一瞬青ざめたが、
「ッまぁ、風邪は一日くらいじゃ良くならないさッ。大丈夫だろッ、コイツ体力ありそうだしッ。」
そう自分にも言い聞かせた。
ところが、次の日も、その次の日も熱が下がることはなかった。
シアンが熱を出してから4日目。さすがに八満は学校に行く心境ではなくなり休んで看病していた。
「…まさかこのまま…って事はないよな…シアン…」
シアンが消えてしまいそうな衝動にかられ思わずシアンの手を握り締めた。
「頼むから早く元気になってくれよ…じゃないとポン太もヴァイスも…俺も…」
そう八満がシアンに囁いたその瞬間、何かが空から降り立った。
「だッ、誰だッ!?」
驚いた八満が窓を開けるとそこには…
「シェ、シェンナ?!…と、ホーウィか。」
「お久し振りです、八満様。」
「ちょっと、何で私には間があったのよッ!」
八満はホーウィを気にせず
「お前無事だったんだな。んだよッ、チャートの野郎ッ!」
シェンナは微笑んで
「チャート様のお陰でこの通り元気です。ご心配かけて申し訳ありませんでした。」
「し、心配してたのはシアンだぜッ。でも今シアンは…」
「今日参りましたのはその事でなのです。」
「シアン様のパパ上様を押さえつけるのには苦労したわよ。自分が行くって言ってきかないんだわよ」
「それで我々が参ったという訳です。」
「…つー事はシアンを治しにきたのか?治せるのか?こんなに熱あるし下がんないのに。」
「それは当たり前です。」
「はあっ?!何でだよ!」
シェンナにあっさり言われ八満は反論する。
「シアン様は地上の人間ではありません。すなわち、地上の病原菌に対する免疫力もありません。なかなか治らないのは当然です。」
八満は自分の無知に愕然とした。
「それに困った事に上ではまだ地上の病原菌に対する薬が開発されていません。」
「なら、うちにある薬使えばいーんじゃねぇの?バファ〇ンとかよ。」
「シアン様のお体に合うとはかぎりません。」
「じゃ、じゃあ一体どーすんだよッ!」
その時、チャイムが鳴った。
「…誰か来たのよッ、早く出るのよッ!」
「八満様…出てください。」
と言われ渋々八満は一階に降りて行った。
「……すいません、八満様…。」
「悪く思わないでほしいのよッ。」
ようやく保険の勧誘を断った八満は急いで二階に向かった。
「ったく、こーゆー時に限ってしつけぇんだから…」
そしてドアを開けると
「…あれ?シェンナ?ホーウィ?シアンまでいねぇ……。」
八満はわけがわからず立ち尽くしていたがしばらくして自分の置かれている状況に気付き、
「あああッッッッ!!やられたッ!連れて行かれたッッ!!」
と、憤慨したが
(ここで俺が無理矢理連れ戻してもシアンを助けてやれない…俺にはどうする事もできないんだッ…)
八満はシェンナ達に任せようと思った。
そしてそのままシアンは一週間帰ってこなかった。八満のイライラは募るばかりだった。
シアンが連れて行かれてから二週間が過ぎようとしていたある日、八満は例のごとくにクラブをさぼり早くに帰宅し寝そべっていた。その時、いきなりホーウィが現れた。
「お久しぶッ!グワッッ!」
話し終わらないうちに八満がホーウィの首を絞めていた。
「おいッ、鳥ッ!シアンはどーなったんだよッ!治ったのか!?」
「くッ、くッ…」
「何だよ!はっきり言えよ!!」
「くッ、苦しいのよッ!手、手を離すのよッッ!!」
「手?…あッ!わ、悪ィ。」
首を絞めている事に気付いた八満はすぐに手を離した。
「グワーッッ!!死ぬかと思ったのよッ!」
「悪かったって。で…シアンは…?」
と、その時、空から一人の女の子が舞い降りた。それは紛れもなく、八満の目の錯覚でもなく、
「…ッシ、シアンッッ?!」
唖然とする八満は他に言葉が出てこなかった。そのかわりホーウィが横から驚きながら言った。
「な、何故ここに?!なのよ。パパ上様はッ?!」
「シェンナに会いに行くって言って抜け出してきちゃった。」
「何て事をッ!なのよ。病み上がりなのよッ?!」
「病み上がりじゃないわよ。とっくに治ってたのにパパが外に出させてくれなかっただけよ。」
やっと状況を理解した八満が口を開いた。
「…シアン…お前マジでもう大丈夫なのか…?」
「うん、もう平気。ごめんね、迷惑かけて…」
「迷惑なんかじゃねぇけど…どーやって治ったんだ?」
「え?チャート様が配合してくださった薬飲んだだけよ。」
「はッ?!そんな簡単に?…まてよ…つー事は…」
「そ、それじゃ私はパパ上様にご報告を…」
逃げようとしたホーウィの首を八満は再びつかんで絞めた。
「待て、くそ鳥!てめぇシェンナと一緒に俺をハメやがったなッ!!」
「グワッ!し、仕方なかったのよッ!シアン様のパパ上様のご命令だったのよッ!」
「シアンのあのクソ親父の!?」
「そんくらい追い詰めてやんなきゃ気がすまんッて、なのよ。」
「ぁんのクソ野郎ッ!!今度合った時覚えてやがれッ!!」
何故八満が怒っているのかシアンには全くわからなかった。しばらくしてホーウィは八満にシアンがここに来ている事をシアン父には内緒にしておけと強制され帰って行った。
その晩笠置家はシアンの回復祝いで大いに(八満父母のみが)盛り上がった。夜も更け寝ようとしていた八満は一人縁側に座っているシアンを見つけた。そして横に座り話し掛けた。
「こんなとこで、そんな薄着で何してんだよ。また風邪引くぞ。」
「あ…ごめん。もう寝るよ。」
「今回風邪引いたのだって薄着で遊んでたからだろ。それにお前の事だから一晩中ヴァイスの看病してたんだろ?」
「うん…そのせいもあると思うんだけど、最近寝るのが遅かったせいもあると思うの…。」
「何で寝るの遅かったんだよ?」
「あのね…」
シアンは横に置いてあった紙袋から何かを取り出した。
「見て見て、ポン太とヴァイスのマフラー。初めて作ったからあんまりうまくできなかったんだけど」
「良くできてんじゃん?あいつらはお前が作ったのなら何でも喜ぶだろ。」
「そうかな?八満が言うならそうかもね。良かったぁ。」
「…?あれ?これ何だよ、シアン。」
八満は紙袋の中にもう一つ何かが入っているのに気がついた。
「あ…見つかっちゃったか…。」
八満は紙袋の中の物を取り出した。それは人間のサイズのマフラーだった。
「これは…?」
「…ほらッ、やっぱ神獣の親であるあんたに風邪引かれたら困るしッ。」
「…もしかしてこれに一番時間かかったんじゃないのか?」
「…うん。大きいし、慣れてないし。あ、ごめんね、ヘタクソで。」
照れ笑いするシアンの顔に胸が締め付けられそうになった八満は思わずシアンを抱きしめた。
「ッ、八満ッ?!」
「…いー加減にしろよな、お前ッ!」
「えッ?」
「俺達の事より自分の体気をつけろよッ!自分の事もっと大事にしろよなッ!」
「八満…」
「お前は自分の事どーでもいーとか思ってるかもしんねぇけどポン太やヴァイスや…俺とかはそんな風になんか考えらんないんだからなッ!今回の事だってどんだけ心配したかッ…」
「うん…ごめんね…。」
「それにさ、ここには俺の父さんや母さんが…俺がいるんだからもっと人に頼っていーんだぜ。」
「うん…。」
「つーかさ、頼りないかもしんねぇけど…俺に頼れよ…。」
「うん…ありがと、ありがとね…。」
二人の後ろでは中に割って入ろうとしているヴァイスとそれを必死に抑えているポン太の姿があった。
二人がそんな二匹の事も上でシアン大捜索をし続けているシアン父の事にも気付くはずはなかった。
八満にとって久しぶりに安らかな気持ちでいれた夜だった。

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