2004.07.25

誤字等No.098

【ギブス】(外誤科)

Google検索結果 2004/07/25 ギブス:35,100件

今回は、「中本」さんからの投稿を元ネタにしています。

骨折などの怪我をしたとき、患部を固定・保護するために包帯を石膏で固める「ギプス」。
私も、かつて一度だけお世話になったことがあります。
あの、痒くても掻けない「もどかしさ」がなんとも…
と、そういう話ではないですね。今回のお題目は、「ギプス」という言葉自体です。

この「ギプス」、「石膏」を意味するドイツ語の「Gips」に由来する言葉です。
つづりを見ればお分かりのように、その読みは「ギプス」です。「ギブス」ではありません。
ところが、これを「ギブス」だと思っている人の、なんと多いことか。
どちらかと言えば、「ギブス」の方が主流にさえ見えます。

ひとつの例として、Googleでの検索件数を比べてみましょう。

ギプス:22,100件
ギブス:35,100件

ご覧のように、「ギブス」の方が多数派です。
もっとも、本来の「ギプス包帯」とは関係のない言葉も混在していますので、これだけで多寡を論じることはできません。
また、使用頻度と正否が直結するわけでもありません。
とは言え、「ギブス」が日本語として十分に通用するだけの土壌を備えていることについては、疑いの余地がありません。
各種の辞書でも、「ギブス」は「訛り」によって生まれた日本語として許容する風潮が見られます。

そういった意味では「ギブス」を「誤字」と断定するには、少なからず抵抗があります。
しかし、「本来の姿」が「ギプス」であることを知っておいて損はないはずですので、ここはあえて「ギブス」を誤字等のひとつとして取り扱うことにします。

前述のように、「ギブス」は「ギプス」が訛って生まれたもの、とする解釈が一般的です。
日本人にとっては、「ギブス」の方が発音しやすいのでしょうか。
あるいは、「ギブス」の方が聞き取りやすいのでしょうか。
私にはそのあたりの違いは感じられないので、なんとも言えません。
あるいは、日本語独自の発音体系に馴染みやすいのが、「ギブス」の方なのかもしれません。

この「ギブス」という言葉を一躍メジャーにした立役者として忘れてはならないのが、漫画・アニメ界に「スポ根」というジャンルを根付かせた往年の名作、「巨人の星」です。
年端もゆかぬ少年が、無骨なバネ仕掛けの器具を身に着けて日夜特訓に明け暮れる姿には、強烈な印象がありました。
この器具の名前が、「大リーグボール養成ギブス」として有名になりました。

私は原作を読んだことがありませんので、作者が実際に「ギブス」と記しているのか、本当は「ギプス」だったのかは確認できていません。
しかし、「巨人の星」を見た人の中で、あの器具の名称を「ギブス」として覚えた人は相当な数にのぼることでしょう。
「TVでそう言っていた」という理由で、「ギブス」が「正しい言葉」であると信じ込んでしまった子供たちがいたとしても、不思議ではありません。

もっとも、冷静に考えてみれば、どこにも「石膏」を使っている様子のないあの器具をなぜ「ギブス」と呼ぶのか、疑問ではありますが…

さて、現在の日本人は、果たして「ギブス」と「ギプス」のどちらが正しいと思っているのでしょうか。
これには、いくつかのパターンが考えられます。

まず、どちらか片方の表記しか知らない人たち。
このような人たちは、何の疑問も抱かずに、平然と自らの知っている表記を使うことでしょう。
「別の表記」があることに思い至らなければ、疑問の持ちようがありませんからね。

次に、どちらか一方が正しく、もう一方が「訛り」だと思っている人たち。
これには、「ギブス」の方が訛りであるという「正解」型と、その逆に「ギプス」の方が訛りだと思っている「勘違い」型がいます。
どちらの型でも、自分では「正しい」と思っている方の表記を使いつつ、さほど違いは気にとめません。
他人がもう一方の表記を使っていることに気づいても、軽く受け流すことでしょう。

それから、どちらか一方が正しく、もう一方が「誤り」だと思っている人たち。
これもまた、「正解」型と「勘違い」型がいる可能性があります。
このような人は、自分が使う表記は確実に統一し、他人が別の表記を使っていれば、それを「間違い」だと感じるでしょう。
場合によっては、間違いを「指摘」することもあるかもしれません。
もしそれが「勘違い」型だとしたら、なんとも気の毒な光景になってしまいます。

そして、両者の違いを全く気にしない人たち。
ギブス」でも「ギプス」でも、どっちでも構わない、という考え方です。
そもそも「どちらが正しいか」という疑問を持つこともなく、両者を「全く同じ言葉」として扱っていることになります。
そのときどきの気まぐれでどちらの表記を使うかが揺れ動くため、ひとつの文章の中で「ギブス」と「ギプス」が混在することもあります。
私の感覚では、このパターンが最も多いのではないかと思います。

一般的には、「ギブス」であろうが「ギプス」であろうが、何の問題もなくコミュニケーションが成立することも多いでしょう。
特に「文字」で表記されていれば、「」と「」の区別自体が付けづらいものとなります。
どちらで書いてあっても、自分が「正しい」と思っている方の表記で、普通に読めてしまうことでしょう。
となれば、「ギブス」を「間違い」だとして、目くじら立てて指弾するほどのことはなさそうです。

ただし、とある人気の歌手が自ら作詞した曲を「ギブス」と名づけているのには、少々あきれてしまいました。
あるいは何か深い理由があるのかもしれませんが、自らの言葉が及ぼす影響力を、もう少し自覚して頂きたいものです。

さて、「ギブス」にもいくつかの亜種がみつかりました。
キプス」や「キブス」などの表記は、それなりの件数となっています。
さすがは、濁音や半濁音に弱い日本人ですね。

[実例]

日本人とは、かくも「外国語の発音」に弱いのでしょうか。
このような「外国語の発音」が原因と思われる誤字等の品種を、「外誤科(がいごか)」と命名しました。

[亜種]

キブス:337件
キプス:103件
ギフス:14件
ギビス:13件

前 目次 次