★トホ妻の室内装飾哲学とは?

 を隠そう、トホ妻はシックで地味なものが好きな女でございます。これは裏返せばカワイくてファンシーなものが嫌いということでございまして、結婚以来、いやそのずっと前からトホ妻はカワイくてファンシーなものなど片っ端から排斥する人生を送ってきたはず。この趣味志向はもはやトホ妻の世界観の一部となっておりまして、現在でもいかんなく発揮されておりますが、特にそのポリシーが端的に現われているのが我が家の室内装飾なのでございます。

 い起こせば10年前…我々も一応は新婚カップルでございました。一般に新婚世帯においては、夢多き新妻の趣味を反映して「ファンシーな壁掛け時計」や「かわいい花柄のカーテン」などといった品々がハバを利かせるものらしゅうございます。しかし、我々の新婚当時のアパートは“ファンシー嫌いのトホ新妻”のポリシーを反映してまるでビジネスホテルのように可愛気のない室内でございまして、絵に描いたような新婚世帯を想像して我が家を訪れた親類縁者などは驚いていたものでございます。

 ホ妻の主張によれば「アパートはしょせん借り物、飾りたてても仕方がない。自分達の家に住むようになったら考えましょ」ということだったのですが、一応「自分たちの家」に住んでいる現在でも、トホ妻の「ファンシー嫌い」のポリシーは相変らず我が家の室内装飾コンセプトを全面的に支配し、いわんや家は依然として実に可愛気のない、無愛想な家なのでございます。

 かに我が家には壁かけ時計も、カーテンも、クッションもチャンとあるのでございますが、そこには「シックで地味」志向の強いトホ妻の室内装飾哲学が濃厚に投影されておりまして、キティちゃんなどのキャラクターデザインはおろか、普通の花柄といったデザインすら採用されることは全くございませんし、色使いも実に地味なのでございます。同様にティッシュカバーとか、テレフォンカバーとか、どこの御家庭にもありそうなコマゴマした“お飾り”がいわんや家の部屋を飾ることもたぶん永久にないのでございます。

 ればかりか、トホ妻はすでに存在しているちょっとした室内装飾物も排斥しようと致します。例えば我が家の入口に敷かれていた玄関マット(織り柄だけのベージュの無地)。いわんや家に存在した数少ない装飾物であったこの玄関マット、いつの間にか姿が見えなくなくなりました。まさかトホ妻が捨てたとも思えませんが、おそらく掃除か何かのついでにどこかに片付け、そのまま行方不明になったのだと考えられるのでございます。

 そらく家中捜せばどこかに玄関マットはあるのでしょうが、トホ妻の室内装飾哲学に照らせば玄関マットなどはしょせん“お飾り”であって必要不可欠なものではございませんから、行方不明になっても真面目に捜索しようなどとは致しません。ワタクシにとってもまぁ玄関マットなどは特に“なきゃ困る”というほどのモノでもございませんから、「まぁいいや」といった調子でやはり捜そうとは致しません。こうして哀れな玄関マットはロクに捜してもらえないままいわんや家から消え失せ、我が家はまた一歩「可愛気のない家」に近付くというわけでございます。

 ころで、皆様のお宅でもし洋式トイレをお使いであれば、「ふたカバー・便座カバー・トイレマット」といういわゆる「トイレ3点セット」も御使用になってはおられませんでしょうか?ワタクシが他人様のお宅でトイレをお借りした経験では洋式トイレを使う御家庭のほとんどでコレが導入されているようでございまして、日本の洋式トイレにおいてはごくありふれたものと申せましょう。の3点セット、共通の色柄でコーディネートされるケースが多いようでございまして、大体水色とかピンクとか、パステル系のファンシーな色使いのものが多く見受けられるようでございます。これに同じ色調のスリッパでも加えればもう立派に「愛想のいい」トイレと申せましょう。

 かし何しろファンシー嫌いのトホ妻。トイレ3点セットなどという“お飾り”を導入する可能性などあろうはずもございません。従いましてワタクシは結婚以来ずっと、前のアパートでも現在の家でも、ただスリッパ(それも病院スリッパのようなベージュのビニール製)だけが無愛想に置かれたトイレを利用し続けたのでございます。ワタクシとて別にピンクのトイレマットやふたカバーなどちっとも欲しくはございませんが、しかし便座カバーだけは…冬の日に、便座カバーのない洋式トイレに座った時の、あの尻に伝わる冷たさは全く以て、つくづく、シミジミと冷たいのでございます。

 タクシ、寒い冬の夜などにソコに座るときは極力そぉ〜っと座るようにしているのですが、ソッと座ろうがパッと座ろうが便座の温度が変わるわけではございませんから、結局は尻から全身を貫く冷たさに「うっ……」と顔を歪めるのでございます。確かに「冷たい便座」の効能というのもないわけではございません。冬の朝に寝ぼけまなこでソコに座った時などは、その冷たさに身震いしてたちまちパッチリと目が覚めるといった効果があるのは認めぬわけにはまいりませんが、しかし「便座の冷たさで目覚める朝」というのを、ワタクシ今ひとつ好きになれないのでございます。

 ころが以前のアパートに住んでいたある年の冬、我が家に客人を招くことになり、さすがにこの冷たい便座では…ということが懸念されたため、ついにトホ妻も便座カバーを購入してまいりました(これもなぜかベージュ色)。この決断はおそらく彼女の室内装飾哲学には著しく反したものだったのでしょうが、いくら何でも客人にあの冷たさを味わわせるワケには参りません。かくして、いわんや家もようやく便座カバーを導入、ワタクシもとうとうあの「冷たい便座」と縁を切ることができ、めでたしめでたし…のはずでございました。

 かし、皆様はもうお気付きでございましょう。玄関マットがいつの間にか我が家から消え失せたのに続き、今度はワタクシの尻を暖かく受け止めてくれていたあの愛しい便座カバーまでもが、なぜか今年の冬は我が家から消えてしまったのでございます。もちろん、今度ばかりはワタクシもその事でトホ妻に文句を言ったのでございますが、「ああ、あれ…洗濯した後どっか行っちゃった」などと涼しい顔でホザくではございませんか。

 便座カバーの所在にもっと注意しておくべきだった…と後悔してもあとの祭り。もちろん、この家の中のどこかにはあるのでしょうが、そんな“お飾り”など必要ないと思っているトホ妻が便座カバーを真面目に捜すワケがないのは知れたこと。ワタクシ単独での便座カバー捜索活動も試みたものの発見はかなわず、玄関マット同様、便座カバーもまたいわんや家から消え失せてしまったのでございます。かくしてワタクシがやっと縁を切ったと思っていた「冷たい便座」との忌まわしい旧交はまたもや復活…ああ…。

 関マット、便座カバー…我が家の数少ない装飾物はこうして次々に行方不明となり、いわんや家は着実に「より可愛気のない家」に向けて変貌を遂げていくのでございます。このままトホ妻の装飾排斥運動が続いていったら、我々がジジババになる頃はこの家はどうなってしまうのか…恐ろしくてあまりそのことは考えたくないワタクシでございます。 

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