★超極秘ジミ婚へのツラく険しい道

「ねぇ…誰にも言っちゃダメよ。あのね、アタシ…12月に営業2課のトホ山君と結婚するの。ウフッ。」

「うっそ〜!!きゃ〜ッ!ねぇねぇねぇねぇ、どうやってトホ山君のことゲットしたのよ?」

「ウフッ。ほら〜、去年デコ村部長の送別会の時さぁ〜、偶然隣に座ってさぁ〜、それから…ウフッ。」

「きゃ〜ッ!で?で?式は洋装?和装?式場どこ?披露宴にはドジョ子とかフナ子とかも呼ぶの?もちろんアタシのことは招待してくれるんでしょう?うわ〜ん何着てこうかなぁ〜。キャッキャッ。」  

 …え?読んでるだけでアタマが痛くなる?実はワタクシも書いててアタマが痛くなって参りました。しかし客観的に考えますと、上に掲げましたような若いOL同志の会話というのは、おそらく今日も日本中のオフィスの給湯室・更衣室・女子洗面所・屋上・非常階段等々で繰り広げられているはず。自分の結婚を「どのように周囲に告知するか」はその女性によって様々でございましょうが、通常は結婚というのは「ハッピーで」「嬉しい」こととされておりますから、まぁ感じとしては「ニジみ出る幸せを隠しきれずに…」といった形でカミングアウトするケースが多いのでございませんでしょうか?

 て、トホ妻も御存知のように結婚しております。もちろん相手はワタクシでございます。お互いになぜそのように狂気の選択をしたのかという問題はさておきまして、彼女もある時点から「独身であるワタシ」から「既婚者であるワタシ」へと移行した時があったわけでございます。当然、親や親戚はもちろんのこと、友人や会社の同僚その他にもその「移行」を告知したわけでございますが、しかし何せ性格ヒン曲がり女のトホ妻でございますから、その告知に際してとった方法もかなりヒン曲がったものであったことは皆様もある程度は御想像がつくかと思いますが…

 の基本方針は「とにかく極秘。最低限の人間にしか知らせない」という、まるでキムタクと工藤静香の結婚を思わせるような厳しい情報統制でございます。御存知の方もおられるでしょうが、我々夫婦は結婚に際して披露宴はおろか結婚式すら挙行せず、区役所への婚姻届提出だけで万事を済ませるという超ジミ婚を実行したわけでございまして、上述のような情報統制を敷いた背景には「式も披露宴もやらないなどと事前に公表すると周りがうるさい。全部済んでしまってから言えばいい」ということが大きな理由の一つになっていたわけでございます。

 は言え、さすがに親には知らせるのが当然。いくら性格ヒン曲がり同志とはいえ、さすがにこれを省略するわけには参りません。まず本人が自分の親に結婚する旨を知らせ、しかるのち結婚相手を連れて来て親に紹介…というのがおそらく一般的なパターンのはずでございます。しかし相手は何せトホ妻。この「結婚相手を親に紹介」というプロセスも著しく変則的なスタイルで遂行したのでございます。

 ずトホ妻が最初にしたこと。それは我々二人が合唱団のメンバーとして同じ舞台に立ったサントリーホールでの第九演奏会に自分の両親を招き、その際に「男性最後列にいる、背のデカい、メガネをかけてオデコの広い(当時まだヒゲはない)ヤツと結婚する」と告げることでございます。何という告知の仕方!こんなカワイゲのない娘を持った御両親も大変でございます。しかしコトは娘の結婚。御両親はわざわざサントリーホールまでワタクシのバカ面を見にきたわけでございまして、これでトホ妻御両親は一応「いわんやの顔を覚えた」ことになります。ここまでがトホ妻の打った、いわばまぁ「布石」というわけでございます。

 にトホ妻が打った手は「両親への挨拶」に際しての信じ難いスタイルでございまして、それは「当日アタシは同席しないから、アナタ一人だけでウチの親に会いに行って」というもの。なぜそうしなければならないのか?実はこれは未だによくわからないのですが、とにかくトホ妻は「その方がいい」と強硬に主張。結婚相手の御両親と初めて会うとなれば、いくら軽薄&バカが売り物のいわんやと言えども人並みに緊張致します。それを娘が同席せずに一人だけでぇ…?

 「大丈夫。ウチの親はこないだサントリーホールでアナタの顔は覚えてるから」などと丸め込まれたワタクシ。仕方ございません、行きましたですよ一人で。事前に父上に電話をして日時を決め、文明堂のフルーツケーキを手土産にトホ妻の実家に。ちなみに、この日は当然日曜日でございましたが、ワタクシは新調したスーツに身を固め…るようなことは全くせず、皮ジャン&Gパンスタイルでバイクに乗って(ああヒドい…)トホ妻実家を訪問し、一方トホ妻は「会社で仕事がある」などと見え透いた理由で外出しておったのでございます。

 ぁワタクシにしても結婚するのはこの時が初めてでございますから、「一人で行くのぉ?しょうがねぇなぁ…」などと思いながらワケもわからぬまま訪問したというのが実情でございましたが、後年この話を聞いたヒトは例外なくビックリするのでございまして、やはり相当珍しいようでございます。ワタクシ自身、あの時の緊張や心労を思い出すと、そのような精神的負担をワタクシに課したトホ妻に対する恨みがフツフツと湧いてくる気分でございます。なお御参考までに、トホ妻をいわんや両親に紹介する時どういう方法をとったかと申しますと、チャンと息子であるワタクシ同席のうえで、4人で有楽町でメシを食ったのでございます。ごくオーソドックスでございましょう?

 うしてどうにか「両親への告知問題」を処理した我々、次は「会社」でございます。お互いの会社の上司・同僚等々に対していかに極秘のうちにコトを運ぶかが問題。しかしその前に、なぜそこまで会社に秘密にしなければならないのかを御説明しなければなりますまい。トホ妻の場合は「女子社員はじめ周りからアレコレ言われるのがイヤだ」という理由でございますが、ワタクシの場合はちょっと異なります。ワタクシが結婚当時勤務していた会社は他人のゴシップや噂を吹聴するのが死ぬ程好きなゲス野郎・ゲス女ばかりの会社でございまして、そういう連中からアレコレ言われるのがイヤでイヤで…え?トホ妻の理由と同じではないか?そうとも言えますですね…。

 タクシの当時の勤務先は社員の誰かが結婚致しますと「○○課の××さんが来る△月△日にめでたく御結婚なさいます。会場はドコソコで披露宴は○時から…」などという回覧板が社内に回るシステム。これではゲス連中にとって格好の噂のネタがわざわざ回覧されてくるようなものでございますし、そこには何となく「祝電くらいは送れ」という押し付けがましさも感じられるのでございます。自分の結婚が同じように回覧され、ゲス連中の好奇と噂のネタになるのはワタクシとしては受け入れ難い屈辱。そこで一切会社には知らせず入籍・引っ越しまで済ませてしまえば、後から回覧板を回すことも出来まいと考えたのでございます。

 パート捜しや引っ越しが終わり、会社の昼休みに抜け出して千代田区役所で入籍を済ませ、「コトが全て済んだ」と言える状態になって、ようやくワタクシは会社の総務に結婚や住所変更等の書類を提出して公表したのでございます。この時点でワタクシは「結婚するヒト」ではなく、もう「結婚したヒト」なのでございますから、今さら回覧板も回せまい…と思っていると、何とその日のうちに例の忌わしい回覧板がワタクシの所にも回ってまいりました。その時の文面は今でもよく覚えております。

 「○○部のいわんやさんがこのたび御結婚なさいました。内々にてお祝いを済ませ、すでに御入籍済みですが、皆様こぞってお祝いしましょう」

 あああ!あの時の恥辱感は今でも忘れ難いものでございます。しかも回覧板に「内々に…」「すでに入籍済み」といった文言があるために(まぁ間違いではないのですが)、社内のゲス連中の間では「何かヒトに言えない事情があるのかも…」「いわんやはずっと内縁関係にあったオクサンとようやく入籍したらしい」などという噂まで立つ有り様。全くもう…あんな会社は早くツブれてしまえば良いのです。

 方、トホ妻の方は「会社告知」をどうしたかと申しますと…彼女の会社は外資系で、ボスも外国の方でございます。トホ妻は入籍を済ませた翌日、朝イチでその外国人ボスのデスクに赴き、「お早うございます。私は昨日結婚しました」と報告したそうでございます。こんなカワイゲのない部下を持ったボスも大変ですが、しかしそこはウィット溢れる会話に慣れた外国人上司。最初の驚きからすぐに体制を立て直して「ほほう…で?キミと結婚したその幸運なオトコはどんなヤツだね?」などとソツのない対応で、それなりにナゴヤかに結婚の報告は済んだそうでございます。

 かしこうして会社に知らせた以上、結婚の噂に関してはピラニアのように貪欲な女性社員の耳にもやがて届くのは当然でございまして、昼頃にもなりますと女性同僚の間でも「○○サン(トホ妻の旧姓)が結婚したらしい」という噂が流れ始めます。そこで、コトの真偽を確かめるために勇気ある女性社員が昼休みにオドオドとトホ妻に近付いてきて質問すると…

女性同僚「あの…○○サン(トホ妻の旧姓)、実はさっき噂で聞いたんですけどぉ…」

トホ妻 「(極めて事務的な口調で)あ、その件でしたら、噂じゃなくて、事実ですから」

女性同僚「・・・・・・・・・・」

 …どうやらトホ妻の結婚に際して一番大変だったのはワタクシで、その次に大変だったのは、こんなカワイゲのない同僚を持ってしまったトホ妻の会社の女性社員たちだったような気がして参ります…。

  

   

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