★連続大河小説「トホ妻とカギ」

第一章:「金曜日の憂鬱」

 「自転車のカギがないわ…

 ての発端は、トホ妻のこの短いセリフから始まりました。週末金曜日の夜、その前の土日に買った食料を食い尽くした我々は、会社帰りに待ち合わせて駅前でメシを食い、ついでに夜更かし用のお菓子でも調達して美しく一週間をしめくくるか、といった調子で自転車置場に歩き、そこからコンビニに寄ろうとしたのでございますが、トホ妻が自転車置場で自分の自転車に乗ろうとした時、バッグの中に入れたはずのカギが見つからなかったのでございます。これが長い長〜いカギ地獄の幕開けになろうとは…。

いわんや「カギがない?…って、自転車のカギにはまさかウチのカギもついてるんじゃないだろうな?」

トホ妻 「ついてる。でも大丈夫よ。会社のデスクの引出しの中忘れてきたんだと思う」

 として、妻を信じたい気持はもちろんございますし、妻の言葉に疑いを持つべきではない…とも思います。思いますが、過去、カギに関してワタクシにかけた迷惑という点ではあまりにも輝かしい…うんにゃ、腹立たしい実績を誇るトホ妻の言葉でございますよ?コトこの問題に関しましては「妻を信じる」などという崇高な理念など、ワタクシはトウの昔に悪魔に売りトバシております。いわんやの胸にイヤぁ〜な予感がドス黒い雲となって広がり始めました。あまり露骨に疑って逆ギレされても困るが…とは言え、やはりここは多少なりとも疑念を表明しておかねば…。

いわんや「なぁ、ホントにあるのかよ会社に…。なかったら大変だぜ、オイ」

トホ妻 「あるある。だってバッグになければ会社に置いてきたとしか考えられないもん」

 ッグにないから会社にあるはず、というこの主張からしてすでに極めて論拠薄弱でアブナい感じでございます。まぁ月曜になればハッキリすること。これでもし見つからなかったら…見つからなかったら…誰かがトホ妻のカギを拾ったと考えざるを得ませぬ。「誰かがウチのカギを持っている」なんて不用心な状況は到底堪え難いものでございますから、もしそうなればカギの交換です。オオゴトでございます。ま、とにかく全ては月曜になればハッキリ…

 

第二章:「月曜日の絶望」

 「会社にもないのよ。あちこち探したんだけど…

 …ほら来た。やっぱりそう来たか。月曜日にトホ妻からかかってきた電話でワタクシは全てを察しました。やはりいわんやの悪い予感は当たっていたのでございます。誰かの手にカギが渡ってしまったと思わざるを得ない以上、もうカギ交換しか手はございません。一応警察やら京王線の駅などに遺失物の届け出は出したものの、発見されるとは到底思えませんし、ピッキング泥棒の危険が叫ばれる昨今でございますれば、この際、もっといいカギに交換してしまうのがベストな対応策と申せましょう。

 方ございません。ワタクシは電話帳でカギ屋を捜し、週末の土曜日に出張してもらってカギの交換を致しました。仮にカギを拾ったヤツが空き巣に入ろうとしても、あのカギからこの家の場所を特定するのは時間もかかるだろうということで、この時はそれほどアセることもなく週末のカギ交換の日を迎えたわけでございます。ちなみに、ピッキングしづらく、合鍵も簡単には作れないというタイプのカギに交換するコストは4万円。よんまんえんでございますよ…ヒイ。

 かし土曜のカギ交換が終わってワタクシもようやくホッと致しました。もちろん、トホ妻にはカギの管理を徹底するようにキツく申し渡し、これからはカギをバッグに入れっぱなしにせず、財布の中に入れておくことを約束させたのでございます。こうすればお金の出し入れのたびにカギの存在を確認できますし、ドコにあるか忘れるなどという事態も発生しないはず。今回のカギ騒動も、結果的には安全度の高いカギに交換することも出来たわけですし、災い転じて福、めでたしめでたし…と、お思いになりましょう?ところが…

  

第三章:「一週間後の驚愕」

 ギ交換から約一週間が経過し、順調なカギライフを送っていたワタクシのところにある日トホ妻から一通のメールが届きました。会社から送ったもののようでございます。ナニゲなくそれを開いたワタクシは…いや、ここから先はトホ妻から来たメールをそのまま転載した方がワタクシの受けたショックをより高い臨場感で味わって頂けるかと存じます。個人名は変えておりますが、それ以外はトホ妻が打ったそのままの文章でございます。

 こんなところに・・・ 捜索中のカギ 発見される


12日午前9時10分ごろ 東京都府中市在住いわんやトホ妻さんの
外出用バッグの中から 皮革製キーホルダーに装着した 自転車の
鍵ひとつと 自宅玄関の鍵一つが発見された。 この鍵は8月27日
以来行方不明となり いわんやさんによって捜索願いがだされていた
もので、 無事に発見された事で各方面とも 警戒態勢が解かれた模様。
今後は 同居しているいわんやてるかずさんの対応に注目があつまる
として、 当局は神経を尖らせている。

 ・・・・・・・どういうこっちゃ、こりゃ…え?バッグの中にあったて、一体どーゆーこっちゃねん!バッグなんて真っ先に捜したんちゃうのか?!警察行ったりカギ屋に電話したり大騒ぎしてる間、カギはバッグの中にずーっとあったちゅーんかッ?!…くっ…失礼致しました。あの時のショックと怒りを思い出すと沈着冷静なワタクシも思わず関西ノリで興奮せずにはおれませぬ。しかしまぁナンというソコツさ!ナンという…くっ…も、もはやワタクシには言葉も見つかりませぬ。この時ワタクシの耳には「几帳面でキチンとした女と結婚しなかった亭主をアザ笑う悪魔の高笑い」が聞こえました。ええ聞こえましたともさ。

 然、ワタクシは帰宅後、厳しくトホ妻から事情聴取を行ったのですが、トホ妻の言い分は「わかりずらいポケットの中に滑り落ちてたから…ここにポケットがあるとは思わなかったんだもん…」という、あまりと言えばあまりにもトホホな供述内容。てっめっえなぁ〜…いやしかし、ここは冷静にならねば。とりあえずカギの交換を行ったこと自体は悪いことではなかったわけでございますし、いずれこの話をHPのネタとして載せて、せめてものウップン晴らしでもするか…と、いわんやは何とか思考を前向きに切り替えたわけでございます。この時点でワタクシも、トホ妻も、そして今これをお読みの読者も「これで今度こそカギ騒動は一件落着」とお思いになりましょう?…ところが…。

  

第四章:「三週間後の地獄」

 「ねぇ…アタシ、今朝電車の中でサイフをスラレたみたいなのよ…カギも入ってたの…

 ぎょ、ぎょえーッ!カギ交換からせいぜい3週間、カギ発見メールからたかだか2週間程度しかたっていないある日、トホ妻からかかってきた電話でワタクシは再びカギ無限地獄に落されたのでございます。しかも今度は極めてヤバい状況でございます!財布の中には住所が特定できるものが入っていたかも知れません。しかもスリだとすれば、そのカギを持ったヤツは今度は確実に「悪いヤツ」のはず…たっ大変だ。

 タクシは5時になるや脱兎の如く会社を出て家に向かいました。不安を募らせながら家に戻ってみると…とりあえず玄関扉は閉まっていますが、ひょっとすると中にまだ空き巣野郎が潜んでいるという可能性もございます。そこでワタクシは緊急時の武器として貧弱なジャンプ傘1本を手にし、順々に部屋の扉やフスマなどを「・・・・ゥガ!!」と開けて回り、無事&無人であることを確認して回ったのでございます。風呂場からトイレに至るまで、空き巣の隠れる可能性のありそうな場所は全てでございます。この巡回点検作業が終わった時点でワタクシの寿命は3年縮み、白髪は30本くらい増えていたと思われます。

 ればかりではございませぬ。部屋巡回点検で寿命を縮めたあとは、またもやカギ屋に電話してカギの交換を依頼せねばなりませぬ。前回と同じカギ屋のオジさんからは「また?!」と呆れられてしまいましたが、まぁ呆れるのが当然でございますね。緊急事態ということで何とか翌日の出張交換を依頼したのはいいとして…とにかく「悪いヤツ」がウチのカギを持っている…ひょっとすると住所も特定されてしまうかも知れない…。内側からかけるカンヌキのようなものがないとなれば、翌日のカギ再交換までの間、我が家は「泥棒サンいつでもオッケー」状態の、極めて危険な家になるわけでございます。

 々は玄関ドアに傘をナナメに立て掛け、扉を開けばそれが倒れて音を発するような仕掛けを施し、それ以外にも様々な緊急時の対処方法を打ち合わせて眠りについたわけでございますが、こんな場合のんびり眠れるものではございませぬ。結局ほとんどロクに眠らぬまま翌朝を迎え、「もったいねぇなぁ!」と嘆くカギ屋さんに午前中に作業してもらったことで、どうにか我が家の安全は回復したわけでございます。この日ワタクシは「家庭の事情」ということで会社も急遽休み、しかも当然のことながらカギ交換代としてまた4万円が…泣きたくなるような話でございます…。

 の駄文をお読みの独身者の皆様、もし将来、アナタ様に結婚したいと思う相手が見つかったら、悪いことは申しません、とにかく、相手の異性に対してこの質問だけはするべきでございます。その質問とは…もう申すまでもございませんね。「今までに部屋のカギなくしたことある?」という単純な問いかけでございます。もし「あははー、カギなんてしょっちゅうなくしてるよー」などと相手の方がお答えになるようでしたら…今一度、考え直す余地が残っているのではないかと…いや、もちろん、アナタ様にそれを受け入れる用意があればよろしいのですが。あるいは受け入れるのが無理でもせめてワタクシのように「あきらめる」とか…。

   

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