天才?ギャンブラー・トホ妻

 て、唐突でございますが、皆様ギャンブルはお好きでございましょうか?ワタクシいわんやは実際のところギャンブルに関しては無知なのでございまして、まぁせいぜいパチンコ屋に足を運び、しばらくすると肩を落として出てくるという程度のトホホなギャンブラーなのでございます。従いまして、競馬・競輪・競艇といった勇壮なカケゴトの経験はゼロに等しかったのでございました。

 トホ妻は、と申しますとこれはもうパチンコ屋にすら入ったことはないはずでございますから、完全な“ギャンブル門外漢”でございまして、つまるところ、ワタクシども夫婦はギャンブルに関しては「夫がパチンコを少し、それ以外はなーんも知らない」状態だったのでございます。

 て、ワタクシどもは95年秋に東京都下の府中市という所に居を移しまして、現在もそこに住み続けているわけでございますが、知る人ぞ知る、府中市というところは実はギャンブル天国なのでございます。言わずと知れた東京競馬場はもちろんのこと、その向こうには多摩川競艇場があり、ちょいと京王電車などに乗って足を伸ばせば京王閣競輪などもあるといった具合にギャンブルの殿堂が集中しておりますから、その道のお好きな方にとっては絶好のロケーションと申せましょう。

 ちろん、ワタクシどもは上述のようにギャンブルに関しては無知な夫婦でございますが、しかしまぁ、せっかく府中市民となったのですから、ユーミンの「中央フリーウェイ」にも♪右に見える競馬場〜♪と唄われた、あの有名な東京競馬場には一度くらい行ってみたいものだ、と話しておったわけでございます。

 れは府中に引っ越した翌年の96年だったと記憶しておりますが、天気もうららかな初夏の日曜日、特に予定もなかったワタクシども夫婦は今日こそ東京競馬場に行ってみようということで話がまとまり、二人して勇躍、自転車に打ちまたがって競馬場に向けてペダルを漕いだのでございます。ちなみに、いわんや家から東京競馬場までは自転車で10分程度の距離でございまして、競馬のお好きな方にしてみればワタクシどもはトテツもなく良い場所に住んでいるということになるのでございましょう。

 て、今でもよく覚えておりますが、その日は「NHKマイルチャンピオンカップ」というレースの開催日でございました。実はワタクシ、家を出る前にひそかに朝日新聞スポーツ欄の競馬予想に目を通し、その日のレースはどうやら「ファビュラスラフィン」というおウマさんが有望であるとの情報を入手済みだったのでございます。そこで「あたし、馬券は買わない」と言うトホ妻を尻目に、生まれて初めてマークシートを記入し、イソイソとファビュラスラフィン号の単勝馬券500円分を購入したのでございました。

 かに競馬場というのは大そう広々として、天気さえ良ければなかなか爽快な場所でございます。しかしいざ「マイルチャンピオンカップ」が終わってみればワタクシが期待を込めて買ったファビュラスラフィン号は惨敗に終わり、確かタイキフォーチュンとかいうおウマさんが勝利を収めたと記憶しております。

 っかく来たのに、これだけでは面白くありません。どうせなら次の最終レースも見て行こうということになったのですが、その最終レースというのは、まぁ有体に申せば「大したことのない」おウマさん達によるひっそりとしたレースだったのではないかと思われます。「何百万下」とかいう意味のわからない名称のレースだったのでございますが…

 れでも一応、ワタクシどもはエラそうにパドックというところに足を運び、次に走るおウマさん達を検分し始めたのでございます。しかし、ワタクシは馬そのものよりもパドック上の電光掲示板に表示されていた出走馬一覧の中にあった「アサクサガゼボー」という馬の名前の方にびっくりしてしまいました。何とまぁ変な名前であることか。アサクサガゼボー…浅草我是坊などと漢字で書いてみると、何となく暴走族のスプレー落書きのようにも思えるではございませんか。この、いかにも暴走しそうな名前にすっかり感心したワタクシが、この馬の単勝馬券を購入しようと心に決めたのは言うまでもございません。

 方、トホ妻は「せっかくだから次はあたしも馬券買う」と言ってパドックのおウマさんたちを観察していたのでございますが、やがて「あの馬の尻尾の振り方がカワイイ」というすごい理由によって「コマノボーイ」というおウマさんに白羽の矢を立て、やはり単勝馬券500円分を購入致しました。コマノボーイ…アサクサガゼボーに比べると名前に濁点も少なく、いかにも弱そうな名前でございますが、まぁしょせん競馬場訪問記念に買った馬券でございますから何だって良いのでございます。

 てレース結果はと申しますと、ワタクシが名前の異様さだけで選んだアサクサガゼボーは二着、トホ妻が尻尾の振り方だけで選んだコマノボーイは信じ難いことに一着だったのでございます。いやぁ、競馬なんてデタラメやっても当たる時は当たるものなのでございますねぇ。とは言え、単勝馬券を買った以上、二着でもワタクシは配当金ゼロだったのに対しまして、トホ妻はあの時たしか500円馬券1枚で7〜8000円もの大金を手にしやがったのでございます。ワタクシどもは生まれて初めて訪れた競馬場で生まれて初めて現金の払い戻し機まで使う機会に恵まれたわけでございまして、あの時のトホ妻の“尻尾選び”のカンはスゴいものだったと言わざるを得ません。

 ろしいことに、これと同じような出来事はその後も起きております。その次の年でしたか、やはり府中の競馬場で「ジャパンカップ」という大レースが開催されるというので、面白そうだからワタクシは行ってみようと思ったのですが、トホ妻は「寒い」という理由で家に残りたがったため、ワタクシ一人でまたもや自転車を駆って初冬の東京競馬場に乗り付けたわけでございます。

 の時、ワタクシの出発直前に競馬中継を見ておりましたトホ妻は「へぇ、ジングシュピールなんて馬が走るんだ。あたしだったらこれ買うなぁ」と申しておったのでございます。ちなみに、「ジングシュピール」とはドイツ語で音楽劇のことでございまして、モーツァルトの「魔笛」などがその一例でございます。クラシック音楽好きのトホ妻はたまたまその名を目にして親近感を持ったのでございましょう。

 て、結果は…と申しますと、競馬好きの方はご記憶かもしれませんが、何とジングシュピール号が一着でゴールしたのでございました。いくら偶然とは言え、恐るべきトホ妻の競馬カン。ただし、実際に東京競馬場のスタンドからそのレースを見ていたワタクシは、トホ妻御推奨のジングシュピール号の馬券は買わなかったのでございますが…

 は、その日ワタクシが買った馬券は何だったのか?うふふ…実は前回のマイルチャンピオンカップで煮え湯を飲まされた「ファビュラスラフィン」の単勝を懲りずに買っていたのでございます。しかも、恐ろしいのはそのジャパンカップのレースでファビュラスラフィン号がハナ差の2着だったという事実でございまして、一着馬を当てる異常なカンを持ったトホ妻と、二着馬を当てるカンに優れたワタクシの予想を合体させていれば今度もまた馬番連勝がバッチリだったわけでございます。これだけの二人の才能を埋もれさせるのは日本競馬界の損失というもの。せっかく地の利の良い府中に住んだことでもございますし、そのうち夫婦で競馬の予想屋でも開業しようかと、その時は一瞬思ってしまったワタクシでございました。

 サクサガゼボーもコマノボーイも、よくは分かりませんがおそらく“競走馬業界”ではさほど名の通ったおウマさんではなく、まぁ野球に例えて申せば日本ハムの控え選手程度の位置付けなのではないかと想像されるのでございます。だがしかし、その後ほとんど競馬をやらないワタクシどもにとってはこの2頭のおウマさんの名前はハイセイコーやシンボリルドルフなどよりも遥かに深く心に刻印されておるのでございまして、トホホ妻帝国のホームページがある限り、「永遠の名馬」として語り継がれていくのでございます、はい。

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