★トホ妻の夏・日本の夏

 でございます。暑うございます。しかし夏の暑さに対する“抵抗力”にはかなり個人差があるのも事実でございまして、世の中には猛烈に暑がりでクーラーなしではいられない方もいれば、冷え性でクーラー嫌いの方もいらっしゃいます。ただ、このように体質が大幅に異なる男女が何かの間違いで夫婦になったり致しますと、今の季節ともなれば「クーラーつけろ!」「クーラー消して!」という果てしなき暗闘が夫婦間で繰り広げられるわけでございまして、些細な問題のように思える「暑さ抵抗力の差」も当事者にとってはけっこうタイヘンな問題なのでございます。

 が家の場合、ワタクシは比較的新陳代謝が旺盛で大変な暑がり・汗っかきのわりに食欲も衰えず、あまり夏バテもしないというタイプ。それに対してトホ妻には体温調節機能というものがほとんどございませんで、冬はたちまち冷え、夏はたちまち熱されるという、まるで車のボンネットのような体質。真夏ともなれば、体温調節機能の乏しいトホ妻はアッという間に“加熱”されて夏バテするのでございます。

 のことは夫であるワタクシはもちろんのこと、トホ妻の勤務先でもすでに周知の事実となっておりまして、「いわんやサンがダメになる」という言葉はトホ妻の同僚たちの間ではほとんど“夏の季語”として通用するほどなのでございます。従いまして「拝啓 いわんやサンがダメになる頃になって参りましたが、貴下におかれましては益々御清栄のことと…」という書きだしの手紙でも、トホ妻の勤務先ではしみじみとした夏の季節感を詠み込んだビジネスレターとして立派に通用するはずでございます。

 日の昼間はお互いクーラーの効いた会社にいることが多いからまだ良いのですが、問題となるのは一日中家で過ごす土日。ビンボないわんや家ではクソ暑い昼間にクーラーを回すのは電気代のコストパフォーマンスが悪いという理由で、原則として昼間はクーラーはつけません。クーラーをつけない夏の日の週末、夏バテして外に出たがらないトホ妻を家に残したままワタクシ一人でどこかに出かけるようなことがございますと、ワタクシが家に戻って来た時に目にする光景はそれはもう酸鼻を極めたものでございます。

 ず家の中が外よりも暑い。異様な熱気の中、トホ妻はソファの上や、時には完全に床の上にブッ倒れております。いやむしろ「死んでいる」と表現したくなるような倒れっぷりでございまして、床に倒れた女…テーブルの陰からのぞくムクんだ2本の脚…ブ〜ンと音をたてて辺りを飛び交うハエ…思わずハンカチで鼻を押さえて「すぐに鑑識を呼べ!」と言いたくなるような光景が目の前に展開しているのでございます。

 のようなトホ妻でございますから、例年ですとこの季節の週末は我々二人でどこか冷房の効いた場所に“避暑”に出かけるのを常としておりまして、駅前のデパートだの本屋だの喫茶店だの、まぁそういったところで一番暑い時間帯をやりすごしてから家に戻るという行動パターンを取るのでございます。従いまして、7〜8月の土日になると「今日はどこに避難するか?」ということが我々夫婦の間では毎週重要なテーマとなるのでございます。

 ころが、今年になって府中にフィットネスクラブと健康ランドを合体させたような施設がオープンしてからというもの、若干事情が変わって参りました。ここに行けばトレーニングでたっぷり汗をかいたあとプールでひと泳ぎし、最後は巨大風呂で身体を洗うというコースでゆっくり過ごすことができるのでございまして、デパートやパチンコ屋で時間をつぶすより健康的なのはもちろん、金銭的ダメージも少なくて済むのでございます。今年の夏は週末に二人そろってこの施設に行くケースが増えたのも当然の成り行きと申せましょう。

 だでさえ暑いところにトレーニング施設やサウナ等々で滝のように汗をかくわけでございますから、出てきた時の喉の乾きというのはこれはもう尋常ではございません。特に汗っかきのワタクシなどは家に戻ったトタンに水飲みオバケと化して冷蔵庫の中の麦茶・牛乳・ビール等々を手当たり次第にゴブゴブと飲むのでございまして、おそらくワタクシはフィットネスクラブと健康ランドにいる間に1.5リットルくらいの汗をかき、家に帰ってきてから数時間のうちに再び1.5リットルくらいの水分を文字通り鯨飲しているはずなのでございます。

 て、日の猛烈に暑い日曜日もこのように我々は昼間はヘルシーにスポーツと風呂で汗を流して過ごしたわけでございますが、問題はその翌朝。月曜日でございますから、当然我々は二人とも会社に行かなければなりません。行かなくて済めばどんなに幸福になれることか…そのためにはサマージャンボが…いや、余談でございました。とにかく、いつものようにダルい身支度を始めたのでございます。

 ころが通常ですとワタクシより早く家を出るはずのトホ妻がこの日に限って起きる様子がございません。そればかりか「体調悪い…夏バテ…」などと苦しげな声でウナッておりまして、どうやらこのところの暑さでまたもや「いわんやサンがダメになった」ようでございます。「会社やすむ…」などと言っているくらいでございますから、今日の“バテ”はかなりヘビーであることが伺え、まぁこういう時は休むしかありますまい。

 かし、事態はこれだけではすまなかったのでございます。いざ出かけようとしてワタクシが玄関でモソモソと靴をはいていると、深刻な顔をしたトホ妻が「マズい…マズいよ…」などとブツブツ言いながら廊下をこちらに歩いて来るではございませんか。

いわんや「どしたのさ?」

トホ妻 「…………」

いわんや「何がマズいんだよ?」

トホ妻 「……血尿が出た…」

いわんやケッ!!……

トホ妻 「やっぱ会社休むわ…行ってらっしゃい…」

いわんや「ちょっ…ちょっと待て。行ってらっしゃはいいけど…どどどどうすんだよ?」

トホ妻 「う〜ん、もしあんまり体調悪いようだったら医者いくわ…」

 バテで血尿?…こんな話聞いたこともありませんし、ワタクシ自身、どんなに体調が悪かろうが生まれてから血尿なんて出たことなど一度もございません。しかし、トホ妻は以前にもやはり体調を悪くした時に同じ症状が出たことがございまして、要するにまぁ「出やすい体質」なのかも知れませぬ。いずれにしてもこうなるとただの夏バテでは話が済まなくなって参ります。クーラーを効かせて寝てろと言い渡してとりあえずワタクシは会社には行ったものの、どうも心配なので昼頃に様子を確かめるためにウチに電話をしてみたのでございます。

いわんや「もしもし?」

トホ妻 「……もし…もし…?」

いわんや「大丈夫か?体調どう?」

トホ妻 「…暑いね…」

いわんやクーラーつけてないのかよ?!

トホ妻 「……どっか避難する…」

いわんや「冷房つけるか、冷房の効いたトコに避難するか、どっちかにしてくれ…いや、それよりまず医者に行け、医者にぃ!」

 ったくもう冗談ではございません。血尿が出るほど夏バテのくせにクーラーもつけずに蒸しブロのような家にこもっているとは…!このままではワタクシが家に帰るころには本当に「鑑識を呼べ!」になってしまいかねません。この日は早々に帰宅したワタクシ。駅に着いたところで若干の不安にさいなまれながらもう一度家に電話をかけてみたのでございます。

いわんや「もしもし?」

トホ妻 「はい」

いわんや「おお、身体、どうだ?」

トホ妻 「治った」

いわんや「な、治った?…いきなり何だ?医者行ったのかよ」

トホ妻 「行かなかった。麦茶いっぱい飲んだら治った」

いわんや「……なに?……」

 ホ妻の説明によると、どうやら体調不良も血尿もこれすべて昨日のスポーツクラブ+健康ランドでの汗のかきすぎに起因する「脱水症状」のなせるワザらしく、麦茶を大量に飲んだらたちまち体調は回復し、元気を取り戻したと言うのでございますが…一体全体、冷えた飲み物のタップリある自分のウチの中にいながら、血尿が出るほどの脱水症状になる人間がこの世のどこにおりましょうや?しかし麦茶を飲んで治ったと言っているトホ妻が、朝とは見違えるように元気になっているのも事実なのでございます。

いわんや「水ぐらいサッサと飲みゃいいじゃんかよ!」

トホ妻 「とにかくダルくてさぁ、面倒臭くて水飲む気にもなれなかったのよねぇ…」

いわんや「水飲むのが面倒臭くて脱水症状なんて聞いたこともない!」

トホ妻 「いや〜、今朝はホントに身体のフシブシが痛くてさ、ありゃ考えてみたら脱水症状の典型的な症状だったワケだ」

いわんや「…………」

トホ妻 「やっぱ夏はたっぷりと水分補給しないとダメだねぇ、うん…」

いわんや「…………」

 の中いろいろな人がいるものでございます。冒頭申し上げたように、中には暑さにカラキシ弱く、夏バテしやすい体質の人もおりましょう…が、「喉が乾いたら面倒臭がらずに水を飲む」程度のことは、これは体質の問題と言うより本能の問題。しかし、トホ妻の中では生物としての基本的な本能よりも「面倒臭い」というキモチの方が勝るようなのでございまして、こういう配偶者と一緒に暮らしていると、いつの日か帰宅してみると干からびたトホ妻がブッ倒れていて本当に「鑑識を呼べ!」などという事態が…いや、麦茶を飲ませれば治るのでございましたね…トホホ。

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