トホ妻テロリズム

 タクシの思うところでは、人間は他の生き物に対して相性の良い人と悪い人とに大別されるのではないかと存じます。例えば猫の好きな人と嫌いな人、なぜか犬になつかれる人といつも吠えられる人、ペットを飼っても早く死なせてしまう人と長生きさせる人…等々の相性でございます。この法則は植物についても当てはまるというのがワタクシの考えでございまして、植物と相性の良い人は鉢植えなど購入しましても大抵グングンと成長させるのに対しまして、相性の悪い人はなぜかいつも枯らしてしまうといったことが皆様の周囲にもございませんでしょうか。

 のように植物と相性の良い人、その人の手にかかるとなぜか植物は失敗なく成長していくような人のことを英語ではGreen Thumbを持つ…つまり「みどりの親指を持つ」などと申しまして、ガーデニングの盛んな英国あたりでは「あなたはグリーン・サムの持ち主」というのはこの上ない賞賛の言葉にあたるとされております。おお、トホホ妻帝国は何とアカデミックなホームページなのでございましょうか。

 が家の場合、たまたまワタクシが「グリーン・サムの持ち主」であるのに対してトホ妻は完全な「植物と相性の悪いヒト」だったのでございます。このように植物との相性が夫婦の間で極端に差がある場合、相性が悪い方は「いつも自分は植物を枯らしてしまう」という忸怩たる思いを抱くのに加え、同じ家の中にいる「グリーン・サムの持ち主」に対して、そしてグングンと成長する植物そのものに対して嫉妬を覚えてしまうこともあるはずでございます。おそらくトホ妻は自分が枯らしたポトスを見ながら、ワタクシがウチの小さな庭で育て、順調な成長を続けている植木の数々に対してドス黒い嫉妬の炎を燃やしていたのでございましょう。

 タクシが小さなヘボ庭で育てている植物の中で特に目をかけているものにアジサイがございます。このアジサイは実は近所のマンションの工事現場に生えていたもので、工事の進捗によっては明日にも抜かれてしまいそうだったチンケなアジサイをワタクシが夜中に掘り返してきたものでございます。そのように出生が不幸なアジサイではございましたが、そこはグリーン・サムを持つワタクシに救助されたのですから、その後は我が家のヘボ庭で1年以上にわたって順調に伸び続け、今年はいよいよ花芽がついて梅雨時には花を咲かせそうなところまで来たのでございました。

 ス黒い嫉妬の炎に燃えるトホ妻にすればアジサイの枝の1本も折ってやり、ワタクシにダメージを与えることで「植物枯らし女」としての溜飲を下げたいとさぞや思ったことでございましょう。しかし彼女はあからさまな破壊工作などをする女ではございません。自らに決して罪科を負わせぬ完全な手口を考案し、その上でとうとうアジサイに対するテロ行為を実行したのでございました。

 様は誰かが大事にしている植物の枝を折るとすればどのような手口を思いつかれるでしょうか。相手の目を盗んで手で折る?ハサミでチョン切る?いずれにしても基本は「相手の目を盗む」という方法をとることになろうと存じます。では事故を装うとしたらどのような方法が最適かとっさに思いつかれますか?トホ妻のアジサイに対するテロ行為はまさに事故を装いつつ、こちらの盲点をつく思ってもみなかった手口で白昼堂々と実行されたのでございます。

 の手口とは干していた布団を2階のベランダからアジサイの上に落とすという、実に単純な、しかし考え抜かれた方法でございます。この、完全に事故であったと言い抜けられる手口でトホ妻は見事にアジサイ破壊工作に成功し、無残にもアジサイはせっかく伸ばした花芽の数本を折られてしまったのでございます。ああ…ワタクシの受けた精神的ダメージはそれは深いものでございました。もちろんトホ妻は「あれは事故だった」と申しておりますが、しかしその後彼女がワタクシを脅迫する際には「またフトン落としてやる」などと恐ろしいテロ行為の再犯予告をチラつかせるのも事実なのでございます。

 しかに、考えようによってはアジサイの枝数本程度で済んだのだからどうということもない、と申すこともできましょう。植物はまた伸びるものだと思えば立ち直ることも容易でございます。しかし世の中にはもっと恐ろしいトホ妻テロ行為によって御自分の大事にしていたものを永久に失ってしまわれた妻帯者も多いことと存じまして、そのような方はどうぞこの「トホホ妻の帝国」を悲しみのはけ口とお思いになって事の顛末を御報告頂きたいと存じます。

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