★トホッチコックの「裏窓」騒動

トホ妻 「(緊迫した声で)もしもし…あ、あのね…仕事中にワルいんだけど…」

 ホホ事件ファイル、今回は冒頭からいきなりサスペンスタッチでございます。先日、ワタクシの会社にトホ妻からやや上ずった声の電話がかかって参りまして、以下にその会話内容を再現したいと存じます。とにかくこの時はトホ妻の声がやたらと緊迫しておりましたので、ワタクシもすぐに「あ、こりゃ何かピンチだな…」とは感じたのでございましたが…。

いわんや「どした?」

トホ妻 「実はね、アタシ、今朝府中の駅前で凍った雪に滑ってさぁ、左足をヒネッたの」

いわんや「(トホホ…と思いつつ)…ヒネッた?」

トホ妻 「午前中は全然痛くなかったんだけど、午後からガゼン痛みだしてきたのよ。ちょっとこれから病院に行ってくる…ネンザじゃないかなぁ…」

いわんや「骨が折れてるわけじゃないんだろ?とにかく医者行っといでよ。で、また電話くれる?」

 の電話があった日の前々日は東京は大雪。2日たってもまだ町のソコカシコに凍った雪がたっぷりと残っているという状態でございましたから、どうやらトホ妻はその凍結した路面に足を取られたようでございます。確かにあの時は相当多くの転倒事故が発生したはずでございますから、自分の身近にもそういう事故が起きても不思議はございませんし、この時はいわんやもまだ比較的冷静でございました。しかし、トホ妻からの2回目の電話になりますと…

トホ妻 「もしもし…?」

いわんや「おお、医者行った?」

トホ妻 「ううう〜、今やアタシはねぇ〜、完全に『裏窓』のジェームズ・スチュアート状態だよ〜」

いわんや!!??

 存知ない方のために申し添えますと、「裏窓」という映画はサスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督が作った名作でございまして、この映画でジェームズ・スチュアートは足をギブスで固定され、歩くこともできないカメラマンを演じております。しかしまぁ、我々の中年オタク夫婦ぶりも、さすがと言うかバカと言うか…自分のケガの症状を説明する時にまで古い映画をタトエに出すトホ妻もトホ妻なら、それだけで意味が通じてしまうワタクシもワタクシ。この妻にしてこの夫あり…ワレ鍋にトジ蓋…いや、そんなことはこの際どうでも良いのでございます。

いわんや「ってことは、アレか?松葉杖ついた状態ってことかよッ?!」

トホ妻 「うん。左足はギブスでガッチリ固められてる。でさ、ワルいんだけど、今日だけちょっとウチの会社来てくれない?帰りの電車乗るのにこの状態じゃ、ちょっとアタシ一人だけだと…」

いわんや「お?おおっ…わ、わかった(←動揺している)。今からだと…30分じゃムリだけど8時前には着くだろうからさ、下のエレベーターホールに着いたらまた電話する」

トホ妻 「うん…ごめん…」

 すがのトホ妻も思わぬ事態にいささかしおれている様子。しかしこういう時に天使の如きやさしさを発揮してこそ良き亭主というもの。ワタクシは後片付けもソコソコに会社を飛び出し、トホ妻の勤務先に急行したのでございます。ちなみに、途中の電車の中でワタクシは何人かの知人に「トホ妻がケガをし、これから迎えに行く」旨のPHSメールを送ったのでございますが、そのメールの標題が自分を国際救助隊になぞらえて「サンダーバード」。この中年オタクぶり、我ながらさすがと言うかバカと言うか…。

 うやくトホ妻の会社に到着し、待つことしばし…降りて参りました。その時のトホ妻の様子は左図のようなもの。まぁ骨折のような重傷でないとは申せ「家族が松葉杖をつく」というのはワタクシにとっても初体験だけに、この姿を見るといささかショックを受けずにはおれませぬ。この時からワタクシは一気に「天使のような夫・いわんや」モード全開でございます。トホ妻が「裏窓」のジェームズ・スチュアートなら、いわんやはさしずめあの映画の中でジェームズ・スチュアートをやさしく看病していたグレース・ケリーへと華麗なる変身を遂げたのだと申せましょう。

 しろ天使のような夫でございますから、帰宅までの駅の階段では常に転落防止用にトホ妻の数段下を歩くやら、電車に乗る際には空席確保のために先に並ぶやら、なかなか大変でございます。ようやく我々が家に帰ってきたのはもう10時近くでございましたが、天使・いわんやはネクタイをはずすのももどかしく急いで夕食の支度〜配膳〜洗い物に至るまでを全てバリバリと精力的にこなしたのでございました。

 日はさすがに会社を休んだトホ妻でございますが、何せ決算だ監査だと忙しい時期でございますからネンザの翌々日には会社に行かねばならぬと言い始めました。いやしかし、松葉杖をついて朝のラッシュはいくら何でも…となればワタクシが“付き添いボランティア”となってせめて新宿まで一緒に行かねばなりますまい。

トホ妻 「大丈夫よひとりで。朝早〜い電車に乗れば座って行けるでしょ」

いわんや「朝早〜い電車って、何時頃のハナシなのさ?」

トホ妻 「6時とか、6時半とかさ」

いわんや「…………」

 かに、調べてみると朝6時台には府中始発の電車も何本かあるようでございまして、人ゴミを避けて確実に座っていくためにはコレに乗るのが得策。朝起きるのが苦手なワタクシにとっては6時起きというのは過酷な試練でございますが、しかし松葉杖をつくトホ妻を一人で出勤させ、自分はグウグウ寝ているようでは「天使のような夫」などとはとても申せません。仕方なくワタクシは翌日必死に6時起きし、新宿までトホ妻に付き添ったのでございました。天使もなかなかハードワークでございます。

 ちろん夜は夜で乗るべき電車を待ち合わせ、20分前からホームに並んで席を確保したあと、トホ妻にソコを譲るという美しくも涙ぐましいオコナイに励むいわんや。この献身的な介護が効いたのか、数日の間にトホ妻もギブスをはめつつも松葉杖なしで歩いても痛くない状態まで持ち直して参りました。松葉杖なしなら駅まで歩くよりも自転車に乗ったほうがむしろラクであると主張したトホ妻は翌日からは一人で自転車通勤も再開。どうやら順調な回復ぶりでワタクシもホッとしたのでございましたが…

 ホ妻単独自転車通勤再開の日、ワタクシが遅れて朝出勤しようとして靴箱を見ると、むかしニューヨークで買って来たスニーカーが消えております。どうやらギブスをはめて膨らんだ足用にトホ妻が履いて出たらしゅうございます。まぁそれはいい。それはいいのですが、何せアレはアメリカ人用でございますから、ワタクシが履いてもつま先が余るくらいのデカいスニーカー…あんなデカいクツ履いて出たのか?と思っていると、午後になってまたもや会社にトホ妻から電話がかかって参りました。

いわんや「なぁ、今日オレの靴はいて出ただろう?」

トホ妻 「(緊迫した声で)そんなコトよりさ…あのねぇ…あのねぇ…」

いわんや「(声の調子でロクなことではないと判断しつつ)…どうした?」

トホ妻 「…二次災害が起きた…」

いわんや「なに?」

トホ妻 「ヒザをすりむいた。ちょっところんだの…」

いわんやええ?!

トホ妻 「大丈夫よ。別にヒドい怪我じゃないから。今日は一人で帰れるわよ」

いわんや「ダメだ!今日もオレが付き添いボランティアだ!…ったくもう」

 ホ妻の証言によると、二次災害のテンマツというのは自転車通勤を再開したその日の朝に「あそこの十字路のとこでアッチから来た自転車とぶつかりそうになって自転車ごと倒れた」というもの。まったく開いた口がふさがらぬとはこのことでございます。

トホ妻 「アタシはね、ちゃんと一瞬のうちに左足首に負担をかけないような倒れ方を頭にイメージしてバタッと倒れたのよ、すごいでしょう」

いわんや「…あのさぁ、倒れ方に気をつける前に、そもそも他の自転車とぶつからないように気をつけるべきじゃないか?」

 れに加えてワタクシのトホホ気分を倍増させたのがその日のトホ妻の格好でございます(図.2参照)。ロングスカートを着用した上に、ワタクシ(足長27cm)ですら先ッチョが余るデカいスニーカーを履いてヨボヨボと歩くトホ妻の姿と来た日には…。

いわんや「…なんか身体に較べて異様に靴がデカくて…すんげーヘンだぜ(笑)」

トホ妻 「しょうがないじゃないのよ。でもこれデカ過ぎてさ、脱げないように気を付けながら歩いてると余計疲れてくるのよねぇ」

いわんや「ロングスカートにデカい靴って…なんかポパイに出てたオリーブをタテに圧縮したみたいに見えるけどな…」

トホ妻 「ハハハ、なるほど。でもオリーブはもっと靴のさきの方がボコンと膨らんでたわよ」

 足ネンザ、それに加えて自転車転倒事故で両ヒザにアザ&スリムキという怪我をしながらも昔のアニメ話に興じる中年オタク夫婦。さすがと言うかバカと言うか…まぁバカとしか言いようがございませんですね、ハイ…。ちなみに、今ではトホ妻はギブスも取れ、ほぼ完全に回復しております。トホ妻帝国関係者の方々からいろいろお見舞いの言葉を頂戴致しましたこと、この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。

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