恐怖と戦慄!「並んで眠る」のがコワい!

 タクシが大学1年生だった時、心理学の授業か何かで学生全員が「結婚」という言葉から連想するイメージを紙に書かされたことがございます。その時ワタクシは「並んで眠る」と書きまして、隣に座っていた同級生の女のコはそれを見て笑ったものでございました。

 かし考えてもごらん下さいまし。眠るというのは人間の最も無防備かつ無意識な状態でございまして、こういう状態を毎晩他人の隣で赤裸々にサラすという状況は、当時自分の部屋で一人で眠るのが当たり前だったワタクシにとっては想像することすら難しい状況でございまして、それはすべての独身者とて同じ思いでございましょう。その意味ではこの「並んで眠る」という短い言葉には、結婚生活のある種の本質が込められているのではないかと、ワタクシいわんやは今でも時々そう思うのでございます。

 っている人間は起きている時には思いもよらぬ姿を見せるものでございますが、並んで眠ることになれば、この「思いもよらぬ姿」というのは、並んで眠る相手であるところの配偶者に遅かれ早かれ知られてしまうのは避けられません。例えばワタクシの友人にも実例がございますが、見た目は大層お美しく、話をすれば実に聰明なある奥様が睡眠後、かなり力強いイビキをかいて御主人を驚かせる、といった例はよく聞く話でございます。

 ぁ、大体このテの話はイビキ、寝言、歯ギシリ、あるいは非常に悪い寝相、といったあたりがテーマになるものでございまして、例えばワタクシ自身の場合では「非常に悪い寝相」が当てはまります。寝返りを打つ際に、腕を布団上空に持ち上げて大きく回転させ、妻の顔などに落下させるという事故はすでにたびたび起こしておりまして、特にこの腕が首あたりを直撃しようものならトホ妻はあたかもギロチンかウエスタン・ラリアートを食らったようなもので、相当なダメージがあるようでございます。

 末が悪いのは眠っている間に何をしようとも本人には記憶がないということでございまして、この「深夜のギロチン」に対してトホ妻がどんなに文句を言ってもワタクシとしてはどうしようもございません。しかし、大体こういうものは「お互いさま」というのが世間の通り相場でございまして、トホ妻とても本人の知らぬところで眠っている間にはいろいろワタクシに迷惑をかけているのでございます。これがイビキやちょっとした寝言程度であればまぁ良しと致しましょう。しかし時として彼女がすることはワタクシに激しい恐怖を与え、あまりの恐怖にワタクシはそのあとしばらく「並んで眠る」ことができなくなってしまうほどなのでございます。

 刻は深夜の2時とか3時頃、たまたま目が冴えて眠れないワタクシが「困ったなぁ、電気つけて本でも読もうかなぁ…」などと考えております時、隣の寝床から突然「フフフッ…クックックッ…フフフ…」というトホ妻の笑い声が聞こえることがあるのでございます。では彼女も実は起きていたのか?いいえ、トホ妻には眠ったまま笑う“寝笑い”という、血も凍るような無意識の必殺技があることをワタクシは結婚後、知ったのでございます。確かに客観的に考えれば、おそらくトホ妻は何か夢を見ていて、寝言と同じようなノリで笑い声をたてている、と考えて納得すべきものなのでございましょうが、こちらはそれどころではございません。

 にかくもう不気味・気持悪い・恐ろしいの一言でございますよ。深夜にどこからともなく聞こえてくる女の忍び笑いというのは怪談話にはつきものでございますが、実際に聞くとあのブキミさはたとえようがございません。恐怖のあまり眠るどころではなくなったワタクシに出来ることと言えばフラフラと寝床から這い出し、階下に降りて缶ビールなど飲んで気持を落ち着かせること程度なのでございます。

 タクシ、トホ妻と「並んで眠る」ことになって以来、今までに彼女の“寝笑い”を2度聞かされております。特に2回目の時などは、恐怖に硬直したワタクシが思わずトホ妻の寝顔を見てしまったのですが、これがいけませんでした。暗くてよく見えない顔が小刻みに揺れながら今まさに寝たまま笑っているという光景を見てしまったのでございますよ!もはやブキミなどというレベルを超えております。ワタクシは笑い声だけ聞いた時をはるかに上回る恐怖に打ちのめされ、深夜3時過ぎではございましたが、逃げるように寝床を出て、またもや缶ビールに逃避するしかなかったのでございました。

 ういう経験を重ねていると、何となく自分がツルと夫婦になってしまった与ひょう、あるいは雪女を妻にしてしまった巳之吉か何かのように思えてきてしまうのでございますが、ここで落ち着いて考えてみると、たまたまワタクシが深夜眠れない時に2度、トホ妻の「寝笑い」を聞いたということは、確率から言って普段ワタクシが眠っている晩にも時々トホ妻は寝ながら笑っていると考えるのが妥当というものでございまして、闇に包まれた部屋にこだまするトホ妻の忍び笑い…それに気付くことなく隣でぐっすり眠っているワタクシ…ああああ…考えただけで恐ろしすぎる状況でございます。

 かし、このままではいずれワタクシが3度目、4度目の「寝笑い」を聞いてしまう、あるいは見てしまうのは避けられぬ運命でございまして、これを避ける方法はトホ妻よりも先にワタクシが眠ってしまうというのが一番なのでございましょうが、往々にして、人は眠ろうとアセるほど眠れないものでございます。しかも今夜もまた、こんなトホホなホームページなど作っているためにトホ妻よりも眠るのが遅くなってしまうワタクシでございまして…「今夜は“寝笑い”がありそうだ」という予感が働いた日には、ワタクシは早目に浴びるほど缶ビールでも飲んで泥酔→泥眠というコースをたどって自己防衛するしかなさそうなのでございます。ああ…

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