イスタンブールトホホ紀行その6. 

●下僕ないし牧羊犬としてのいわんや

 て、イスタンブール滞在最後の朝でございます。朝食の時、ワタクシは厳かに両親とトホ妻に「本日はお父さんの希望通りにテオドシウスの城塞を見に行く。我にお任せアレ」と宣言し、昨夜ベッドの上で綿密に練った計画通り、ちょいと遠くまで路面電車に乗ってちゃーんとオヤジの希望をかなえたのでございます。え?テオドシウスの城塞ってどんなにスゴいのかって?いやこれがですね、修復が進んでいる場所を見るとそれなりにスゴいのですが、ただしそれは修復したから。修復されていない部分は単なる石の壁の廃虚のようなところですが、修復されたモノより、こういう廃虚の方がワタクシは好きですけどね。

かつて不落を誇った堅固な城塞も今や廃虚に…。

 野七生の「コンスタンティノープル陥落」という本の影響もハナハダシい我がオヤジは昨日のクサリと今日の城塞跡を観たことで一応満足の様子。はぁ〜…城塞跡からまた路面電車に乗って、残った時間はイスラム・トルコ美術館でイスラム古美術などを観賞ということに致しました。イスタンブールの旅も残す所あと数時間。あとはホテルに戻って車で空港に行くだけで、いわんやも気楽なもの…?とーんでもございません。こういう美術館、ミュージアム系の施設を観に行くと、それはそれでまたワタクシの気苦労は激増するのでございます。

 くあるケースですが、美術館などで作品を見るペースが早い人と遅い人がいます。今回の場合で言えば両親はすごく早く、トホ妻はすごく遅い。この極端に時間差のある連中の間を行ったり来たりして「トホ妻は時間がかかるから先に行ってドコソコで待ってて」だの「二人が待ってるから早めに切り上げて●時までにドコソコに来てくれ」だのと、“群れ”が散逸しないようにワタクシは気を使わなければならないわけでございまして、これってまるで羊の群れをまとめる、あの牧羊犬ではございませんか!ハグレそうになった羊のトコに走っていって吠えたてるあの牧羊犬。こういう状況でございますから、ワタクシ自身の観賞なんかオチオチ楽しむどころではございませぬ。

 えばヤソフィアを見に行った時も、父親を1階に“放牧”している間に残りの3人が2階の宗教壁画を観て廻ったのですが、母親がスタスタ歩くのに対してトホ妻はジッ…クリと宗教壁画鑑賞を堪能しておりまして、たちまち“群れ”はバラバラ。しかも本人たちはその状況を意識すらしておりません。旅行先、ましてや海外で誰かがハグれたりするとあとで探すのは大変。その上1階にいるオヤジがまたフラフラとどこかに行ってしまわないかも気掛かりです。こうして牧羊犬いわんやはアヤソフィアでも「ちょっと待って」「ほら早く」などとワンワン吠えながら行ったり来たりしなければならないわけで、あーもうこうして思い出しているだけで腹が立ってまいりますッ!!プンスカッ!!

 タクシの努めは群れをまとめる牧羊犬だけにとどまりません。たとえば「明日は4人でハマムに行ってみよう」という話になったと致します。他の3人は明日を待てばいいのですが、下僕はそうはいきませぬ。前日の夕方、観光帰りのひと休み中にワタクシだけは地図を片手にそのハマムまで歩いていって場所を確認。と同時にそのハマムまでの行程がちょいと足の悪いオヤジでも歩ける道か、急坂があるかどうかといったことを先回りチェックし、「ああ、この坂はちょっとキツい。明日はハマムまではタクシーだ」などと事前に計画しておくのでございますよ?いくら“野生の老人”とは申せ、そこは78才と76才。バカ息子と言えどもそのくらいは気を使わなければならないのでございます。

 とえば広大な軍事博物館の前でタクシーを降りて、さて、チケット売り場はどこなんだろう?といった時も下僕の出番。両親とトホ妻を日陰に待たせ、ワタクシが「チケット売り場探しの旅」に出るわけでございまして、アッチまで歩いてもそれらしい入り口がないので、今度は逆の方に歩いて入り口があるから聞いてみたらそこは通用門で、チケット売り場は「それらしい入り口がないと思った、そのまたもっとずっと向こう」だと教えられてまた戻って来て…といった具合に一人で走り回り、彼らには極力無理をさせないようにしていたのでございます。まぁそうやって右往左往するのが下僕、ないし牧羊犬の勤めとは言え、そりゃもう気疲れも致しますって。ぜいぜい…。

 後のイスラム・トルコ美術館でも鑑賞スピードの差があまりに大きいために両親を相当待たせた挙げ句に「もっとゆっくり観たかったワ」などとホザきつつトホ妻がやっとこさ合流。もう牧羊犬・いわんやは疲れ果てました。え?まだホテルに帰るには少し早い?あーもうこうなったらビールだビール!もう真っ昼間からビール飲むぞ飲ませろオレに!というわけで、半分キレかかった牧羊犬はカフェテラスでビールを飲んでひと休みすることを要求。あとはこの群れを連れてホテルに帰り、車に乗せて空港に行けば牧羊犬としての努めも終わるんだ。はぁ〜…グビグビ…げふぅ。というわけで、無事空港に到着し、飛行機に乗り込んで、あとはもう成田まで寝て帰るだけとなった時はワタクシもホッとする…はずだったのですが…。

 後の最後にトルコ航空がやってくれました。イスタンブールを離陸して約4時間。機内でビールを飲み、メシを食い、1本目の映画がそろそろ終わりそうという時になって突然「機体に不具合があるのでイスタンブールに引き返す」という信じがたいアナウンス。すでに我々はカスピ海を越えてカザフスタンかウズベキスタンか、はたまたホニャララスタンあたりを飛んでいたのですが、せっかくここまで来ながらUターン?!もう見ることもないと思っていたイスタンブールの夜景をもう一度飛行機から見られるなんて、うわぁラッキー…って、冗談じゃございませんッ!!

今となっては懐かしい夕映えのイスタンブール新市街

 初は「一体いつ日本に帰れるんだ?」「月曜から会社なのに…」と考えていたのですが、いや待て。それ以前に「不具合のある機体」でイスタンブール空港にチャンと着陸してくれるんだろうな?しかも夜間着陸。大丈夫なのか?遥かトルコの地で両親に息子にその嫁まで、いわんや一族の散華になったりして…「金婚式旅行、親孝行ドロボウヒゲ息子の悲劇!」などという新聞見出しまで頭の中を去来し、再着陸の時はもう相当緊張致しましたが、近年トミに飛行機恐怖症の症状が強まっているトホ妻の緊張ぶりたるや、もう大変なモノでございました。

 地時刻夕方6時に離陸し、様々な思い出と共に別れを告げたはずのイスタンブールに、こうして我々は夜中の2時頃またもや戻ってくるハメになったのでございまして、そこで約2時間待たされてようやく再度出発。こ、今度は大丈夫だろうな?さすがに疲れ果てていた下僕は機内では半分近く眠っておりましたが、飛行機が中国上空あたりに来た時は「よし、これでまた機体に不具合が発生しても今度はイスタンブールに引き返すより成田まで飛んじまった方が早い!」などと思ったものでございました。

 局、成田着陸は当初の予定時刻より9時間遅れた夜の8時半過ぎ。いやしかし、全員病気もせずケガもせず無事に成田に着陸した時は本当に、心底、全身の力が抜けるくらいホッと致しました。ようやくワタクシも下僕・牧羊犬・ツアーコンダクターの役目から解放されるわけですよ、ううう…。「もうここから先はわかる(そりゃそうだ)。我々は荷物を待たにゃならんから、オマエらは遠いんだし早く帰れ」と言われ、両親との挨拶もソコソコに到着ロビーに出て、調布までのシャトルバス最終便に間に合ったのは幸運でございました。こうして7月31日夜の11時過ぎに、我々はボロワタのように疲れ果てて府中の家に戻ってきたというわけでございます。

 ぁはぁ…こうして振り返ってるだけであの時の気疲れがウリウリと体内に甦ってくるような気分でございます。しかし、ワタクシも牧羊犬だ下僕だとブウブウ言っておりますが、自分の両親が金婚式を迎える程度に長生きしてくれて、しかもイスタンブールに行きたいと言い張る程度に意欲と好奇心を持っていてくれて、しかも現地で1日に2万歩も歩いてしまうくらい元気でいてくれているというのは、息子としては本当に恵まれているのも確かでございますよね。やはり感謝しないといけません。誰に感謝するかと言えば…両親?一緒に来てくれたトホ妻?いやいや、ここはやはり「アラーの神」に感謝しておくのがよろしいのではないかと…。

さ〜らば〜 イスタンブ〜ル  

イスタンブールトホホ紀行INDEXに戻る     イスタンブール美味図鑑を見る