スペイントホホ紀行 その6.

闘牛の聖地・マエストランサ闘牛場…のはずだったのに…

 曜日はメリダ、月曜日はカルモナへとそれぞれバスで日帰り観光を楽しんだ我々。メリダでのバスにはコワい思いをしましたが、カルモナへは平穏なバスの旅で、アンダルシアの小さな田舎町の風情にゆっくり浸ってまいりました。そしていよいよ12日火曜日はイスパニア・デーの祝日、スペイン各地で今年最後の闘map6牛が行われる日なのでございます。

 牛の本場・セビリヤにあるマエストランサ闘牛場は、18世紀に建てられた伝統ある闘牛場でございまして、近代闘牛発祥の地・ロンダの闘牛場などと並んで、まさに闘牛の聖地と言える場所。この聖地でシーズン最後の闘牛を見るために我々はセビリヤ滞在を延長したわけで、闘牛を見たあとはそのまま今夜の夜行バスでマドリッドに戻るという予定を立てておりました。もちろん闘牛の前売り券はすでに購入済みですから何の心配もなかったのでございます。

 ころが火曜日はなんと朝から雨。天気の良いアンダルシアでまさか雨とは…。闘牛って雨の場合はどうなるんだろ?野球みたいに中止かな?だとしたら残念だな…などと思っていたのですが、午後にはやや天気も回復し、雨がパラついたかと思うと太陽が顔を出すという、極めて微妙な天候になってきたのでございます。日本のプロ野球であればまず間違いなく試合を行なえる天気。まぁとりあえず闘牛場に行って状況を確認しようと考えた我々は、5時半開始予定のマエストランサ闘牛場に4時半ころ様子を見に行ったのでございました。

 ってみるともうすでに大変な人出で、飲み物を売る屋台などの呼び声も活気に溢れております。これはどう見ても闘牛は開催される様子。チケットを見せたらちゃんと中に入れてくれるからもう大丈夫です。闘牛場の中はいかにも伝統を感じさせるたたずまいで座席なども石造り。しかもマドリッドの闘牛場に比べると観客席と砂場の距離も近く、5000ペセタ(約4000円)の席でもかなりよく見えそうです。下では雨に湿った砂場の整備が着々と進行、徐々に観客席も埋まり始め、聖地・マエストランサ闘牛場は闘牛開始の5時半に向けていよいよ興奮が高まってきたのでございます。

 ころが、ここでまたにわか雨。観客席には一斉に傘の花が咲き始め、再び「ありゃー、こりゃ中止かな」というムードになってまいりました。それが5時頃。その後5時半まで雨は降ったりやんだりを繰返し、闘牛の開催はきわめて微妙な情勢。しかしお客はこんなに入ってしまっているのだし、中止したら興業主は大損。でも砂場が湿っていては闘牛士がイヤがるだろうし、やっぱりダメかなぁ。中止になったら払い戻しはどうなるんだろ?…何しろ今夜の夜行バスでセビリヤを発つわけですから「払い戻しは明日以降」なんてことになったらチケット代5000ペセタ×2枚はムダになります。チヂに乱れる心。5時半が近付いて観客席からは中止するな、始めろという手拍子。さぁ、どうなるのか…

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 っ、闘牛士が出てきた。観客席からは拍手。だが待てよ、これは入場行進じゃない。どうやら闘牛士たちは湿った砂場の状態をチェックしています。それから闘牛士たちの打合わせタイム。足場の状態から、やるかやらないかを相談しているのでしょう。観客からは開催要求の野次。おっ、向こうから何か看板を持ったジジイが場内を一周しているぞ。でも、あんな小さな看板にチョークで書いたものなんて、我々に読めっこないし、大体スペイン語で書かれてりゃ読めても理解できっこない。でも、看板を見た地元の観客たちはワーワー騒いではいるけど帰る様子はない…ってことは、この看板にはさしずめ「ちょっと天気の様子見るから待っててちょうだい」とでも書いてあるのかな?ますます高まる興業主に対する野次の声。聖地・マエストランサ闘牛場、にわかに一触即発のムードになってまいりました。何だか面白くなってきたぞ。

 事がアバウトなスペインでなぜかこれだけは必ず時間きっかりに始まるという闘牛。確かに2年前のマドリッドでも5時きっかりに始まったのですが、ここセビリヤのマエストランサ闘牛場はすでに開始予定時刻の5時半を10分・20分と過ぎております。しかし、依然として時々小雨がパラつくという微妙な空模様。ややっ、また看板ジジイが出てきた。今度は前よりも観客は激しく騒いでいるぞ。と思ったら楽隊のファンファーレ。ありゃー、観客が帰り始めた…やっぱ中止ぃ?。うーん、残念。おおっと、怒った観客が1個150ペセタの貸しザブトンを砂場に投げ込み始めました。みんな投げる、投げる。まるで番狂わせがあった時の両国国技館みたい。洋の東西を問わず、伝統ある国技にザブトン投げは付き物なのでございましょうか。聖地・マエストランサ闘牛場も今やザブトンまみれのトホホな姿をサラしております。

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 いうワケで闘牛は残念ながら中止。となると次の問題はチケットの払い戻しです。今日中に払い戻してくれないとこちらは困る。でも「払い戻しはどうなるのでしょうか?」なんて超高等スペイン語が喋れるワケありませんから、とりあえずチケット買った窓口に行ってみるか…うひゃー!すでに黒山の人だかり。みんなチケットを手に好き勝手なことを叫んでおります。仕方がないのでワタクシとトホ妻もその人だかりの中に混じってみたのですが、これから後がもう大パニックだったのでございます。

 口に明かりがついて、どうやら払い戻しが始まりそうな気配。人だかりからは歓声と拍手が湧きます。しかしまぁいちいち騒々しい連中だこと。しかし何しろこいつらはスペイン人、いや、アンダルシア人です。自然発生的に行列を作って整然と、なんて殊勝な気持ちはコレッパカシもありません。窓口に向かって殺到する群集、怒号と悲鳴。警官が来て何か叫びながら群集を押し返しますが焼け石に水。もう大混乱でございます。

 々はしばらくその大群衆に混じって押し合いヘシ合いしていたのですが、とにかくいつまでたっても窓口に近付く様子がない。これはちょっと危険かな、と感じたワタクシは二人分の荷物を持たせてトホ妻を脱出させ、ワタクシ一人で二人分のチケットを握りしめてモミ合いの中に残ったのでございます。てやんでい!こちとら東京のラッシュアワーで毎日鍛えた江戸っ子でい!スペイン野郎フゼイに負けてたまるかってんでい!…などと強がる余裕はもちろん全くなく、懐中物をスラれやしないかとポケットに手を突っ込みっぱなしで汗ダクになりながら、大パニックの中で揉まれ続けたのでございます。

 った一つの窓口で確かに払い戻しは始まっている様子。しかし一人が終わるとチケットを握りしめた腕が5〜6本窓口に一斉に殺到し、ドタバタしたあげくにようやく次の番、というスピードですから遅々として進まないのも当然です。ワタクシは上述のように左手をポケットに突っ込んで財布を押さえておりましたから腕時計を見ることもママならなかったのですが、おそらく1時間近くあの大パニックの中で揉まれ続けた挙げ句、ようやく5000ペセタ×2=1万ペセタ(約8000円)の払い戻し金を手にすることが出来たのでございました。ああ…もうその時はいわんや、汗マミレでボロボロ…。

 くところでは、大都会バルセロナのあるカタルーニャ地方の人々などから見ると、セビリヤを初めとするアンダルシア地方の人間は「粗野で、品がなくて…」といったイメージが強いらしく、逆にアンダルシア人から見ればカタルーニャの連中などは「スマして、お高くとまったヤツら」ということになるらしいのですが、まぁこのチケット払い戻しの大パニックなどはスペインだから、と言うよりもアンダルシアだからこそ発生した騒ぎ、と言えるのかも知れません。

 ういうアンダルシア的混沌の大騒ぎ、確かに困ったものではあるのでしょうが、しかしアンダルシア人たちに混じって押し合いヘシ合いしながらもワタクシは「ああ、俺は今、マギレもなくアンダルシアにいるんだ」と、実はけっこう面白がっていたのも事実なのでございます。別にアンダルシアの人々の肩を持つわけではありませんが、「南の人達」の、こういうアケッピロゲな気質というのをワタクシは嫌いじゃないし、大体、払い戻しに際してキチンと整列するセビリヤの人々なんて想像するだに面白くありません。

 いうわけで、闘牛が中止になったのは残念でしたが、この、アンダルシアではさほど珍しくもないであろう大パニックに“参加”できたという稀有な体験もまた、いわんやにとっては今回の旅の忘れ難い思い出になっているのでございました。ああ、しかしスゴかった…(→旅行記その7に続く)

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