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ACT-1 暗闇からの使者

 男は鎖で壁に張り付けられていた。その身体には、全長5cm程度の半透明のヒルに似た生物が無数にまとわりついている。
 生物の身体に赤い筋が見える。男の血を吸っているのである。
 男は苦痛を感じているようであるが、うめき声ひとつ聞こえない。目は閉じられ、ときおり身体がピクンと動く。
 男の名は如月干城。かつて、吹抜と大道寺を窮地に陥れた男である。
 地獄谷で御前と呼ばれる男に使えていたが、吹抜と御前を同時に葬りさるために核爆弾で地獄谷を文字どおり廃墟と化した男である。その男が、光もろくにささない部屋に縛りつけられている。
 男のそばには女が立っていた。修道女の格好をしているため髮は見えぬが顔立ちは端正である。この女に迫られたらカトリック教の神父ですら理性を失い襲いかかるであろう。そのような妖艶な雰囲気を漂わしている女である。
 女は如月の苦痛に耐える姿に笑みをうかべ、グラスに注がれているワインを如月の顔にかけた。
 ワインをかけられた如月が目をあける。
「さすがだね。これだけのヒルコに血を吸われて声をあげないとはね」
 女が感心するのも当然である。このヒルコに血を吸われるときは天国だが、血と交換に体内に送られる体液は神経毒を含み激痛を呼ぶ。通常の人間ならば、5分ともたないうちに、苦痛で発狂してしまうほどの激痛である。そのヒルコにまとわりつかれた状態ですでに1週間がたとうとしているのに如月の目には正気が残っていた。
「シスター、お許し下さい」
 如月の口から慈悲を乞う声がこぼれる。
「お前は、自らの失敗の償いをしなければいけないよ。地獄谷の御前を葬ったのはいいが、肝心のものを手にいれられなかったのだからね」
「もう一度チャンスを」
「『ルルドの聖母』は失敗は許さないのは知っているね。我等の組織に無能なものはいらぬ。だが、今回は地獄谷の御前を葬った功績に免じてヒルコの刑でお前の罪を浄化するだけで許してあげよう」
 シスターと呼ばれる女が手をあげると、男を縛りつけていた鎖がはずれた。
 同時にあれほどまとわりついていた無数のヒルコが壁のすきまに消えていった。
「まあ、核爆弾程度ではラピスの力には勝てぬだろうよ。あやつらから、ラピスを奪うのにこの3人をつかうがいいよ」
 女の後ろにはいつの間にか3人の影がある。如月にはその気配がそれまでつかめていなかった。今ですら、本当にいるのかどうかすら確信が持てない。それほどまでに目の前にいる者たちは気配を感じさせない。
「お前も、闇の世界で生きる男なら聞いたことがあるだろう。『○○3兄弟』の名をね」
「『○○3兄弟』」
 如月は女の口からこぼれた言葉に驚愕した。闇の世界で生きるものならば、誰でも知っている。かつて闇の世界で最大の武鬪派組織と呼ばれた暗殺集団『ルシフェルの爪』の悲惨な最後を。

 『ルシフェルの爪』。かつて大陸西部を拠点に世界を震え上がらせた暗殺集団であった。世界各地で特種な能力を持つ子供をあつめ、暗殺技術を身に付けさせ、組織の力を伸ばしていた。3000人を超える構成員の各人が常人とは異なる能力を持ち、敵となる組織はすべて壊滅させ、この世の春を謳歌していた。
 ある日、組織につれられてきた3人の兄弟は、生来の残虐さに磨きをかけられ、優秀な成績で暗殺スクールを卒業した。ボスは卒業したばかりの3人に能力を見せるように命じた。
「断る。我等が力を見せた時、周りに生き残れる者はいない」
 3人の一人がそう断ったとき、ボスは酔っていた。
「かまわん、わしの命令は絶対だ」
ボスのその一言がその後の惨劇を引き起こした。またそれが、暗殺集団『ルシフェルの爪』の最後であった。
 およそ3分の間に行なわれた虐殺は一方的なものであった。
 その現場に足を踏み入れたものは嘔吐せずにはいられなかった。あるものは、内臓が口からすべて出ており、またあるものは巨大なアイロンに潰されたがごとく床に紙のようにはりついていた。一人生き残っていたボスの愛人も、現場を訪れた捜査官にこの惨状が『○○3兄弟』によって行なわれたことを話した後、全身の穴という穴からうじがわきはじめたちまち白骨化して絶命した。
 これ以後『○○3兄弟』が歴史に現われたことはない。
 だが、その恐ろしさは闇の世界では伝説として語られている。

「まさか、『○○3兄弟』が実在していたとは」
 如月は目の前にいる者たちに戦慄を覚えていた。かつて、吹抜と対峙したときにも恐怖を感じたが、それとは異質のものであることを認識していた。
 シスターと呼ばれる女は如月の驚きを尻目に命じた。
「いいですね如月、なんとしてもラピスを手に入れるのですよ。私に失望を感じさせないでおくれ。入手できない場合は死をもって償っていただきますよ」
「ありがとうございますシスター。私に名誉の回復の機会をいただきまして。必ずやラピスの所有者を葬り、ラピスを入手して参ります」
 そう言うと、如月と『○○3兄弟』はその場を離れ、ラピスを入手するために日本へと向かった。

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